第29話
自動車学校で過ごす時間は、いくつかの点で、大学の講義よりも楽しかった。
まずテンポが良かった。
向こうは商売でやっているから、テストに出る要点をサクッと解説してくれた。
あと、教員のモチベーションが高かった。
タツキの地元には2つの自動車学校があり、互いに負けないよう、スタッフの育成には力を注いでいるようだった。
さらに、知識が実用的だった。
安全に運転できるようになるため、という明確な目標があるから、役に立つか分からない(というより、たぶん役に立たない)大学の講義より頭に入りやすかった。
休み時間になったので、自販機までペットボトルのお茶を買いにいく。
席まで戻ってくるとき、横の男子のスマホが気になった。
VTuberを観ている。
天使ネムリのアーカイブ動画だ。
涼風ナギサもゲストとして参加していたから、タツキも内容は知っている。
やっているのは人狼ゲーム。
プロ級のムーブで、ネムリが次々と村人をやっつけていく。
「ネムリン、おもしろいですよね」
うっかり声をかけてから後悔する。
向こうはイヤホンを付けているのだ。
聞こえるはずがない、と思いきや……。
「君もVTuberを観るの?」
こころよく応じてくれた。
「はい、その配信、観ました。別窓でしたが。涼風ナギサの視点から」
「へぇ〜」
「ネムリンが無双した回なので、よく覚えています」
会話してみると、タメだと判明した。
学部は違うけれども、同じ大学に在籍している。
高校だって近いから、もしかしたら共通の知り合いがいるかもしれない。
「こんなところでVTuberが好きな人間に会うなんて
「俺もだよ。やっぱり、ネムリンが好きなの?」
「そうそう。
恥ずかしそうにしているけれども、語りたい欲求が勝っているのは明らかだった。
「俺はサブカルチャー研究部に入っている。そこにはVTuber好きの先輩がたくさんいる」
「ああ、サブ研か。そういや、大学祭のとき、VTuberのイラストをビラに描いていたな」
「よく知っているな。あれは先輩が描いた。二子神タマキのことを、病的なまでに応援している先輩がいる。あと、鬼竜ヨミの根強いファンがいる」
配信中に時々出てくる『ガオガエンGX』というリスナーを知っているか質問してみた。
知っている、と即答された。
「よくニコちゃんのライブ配信に張りついているリスナーだろう」
「あれがうちの先輩。二子神タマキのことをデビュー直後から応援している」
「そうなんだ。ガオガエンGXが、うちの学生だったとは驚きだ」
「VTuberについて語り出したら3日くらい止まらない人だよ」
「それは熱いな。燃え上がるパッションだ」
「炎タイプの人だから」
10年前からの友人みたいに、すっかり意気投合してしまった。
「涼風ナギサといったら、この前のコラボ配信で、寝坊して遅刻していたな。俺はネムリンの窓から観ていた。おもしろかった」
「あった、あった。遅刻するのは初回だったから、ナギサのファンは激しく動揺していた」
「だろうな」
タツキは知らなかったが、あの日『涼風ナギサ 初寝坊』がSNSの国内トレンドランキングに載っていたらしい。
「それだけ有名になったという証拠だろう。やっぱり、人気のVTuberはアクティブな人が多い。涼風ナギサのアクティブさは大したものだ」
推しのVTuberを
タツキ自身が褒められるより3倍くらい嬉しい。
「でも、ネムリンの寝落ち芸はすごい。この前、ゲームをやっている最中に寝ちゃって、寝言を垂れ流していただろう」
「あれは
VTuberはすごい。
初対面の人間とここまで会話が弾むなんて。
教室のドアが開いた。
50歳くらいの教官がやってきて、時計をチラチラ気にする。
「春休みが明けたら、うちの部活に来いよ。とてもユルいから、2年生から参加しても違和感がないし、他のサークルと掛け持ちしている人も多い」
「わかった。前向きに考えてみる。それに、ガオガエンGXの中の人には興味がある」
チャイムが鳴ったので、会話はいったん打ち切りとなった。
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