第3話
そして翌朝。
目を覚ましてすぐに、ドアの下から差し込まれている手紙に気づいた。
ユズキからだった。
女の子特有の丸っこい文字が並んでいる。
『昨夜はお手紙ありがとう。
とても嬉しかったし、勇気をもらえました』
タツキはベッドに腰かけて、手紙の続きを読んだ。
『ですが、お金を受け取ることはできません。
お兄ちゃんがバイトで汗水たらして稼いだ2,000円だからです。
私にはもったいないです。
お兄ちゃんの好きなことに充ててください。
気になる小説を買ったり、友人と食事にいったり、ステキな女の子とデートしたり……。
代わりといっては何ですが、おつかいをお願いしたいです。
以下、私が欲しい物リストです。
のど飴(
ゆず味のジュース
ミックスナッツ
ミルクチョコ
…………
……』
2,000円が4,000円になって返ってきた。
バカだな、俺は。
ユズキはほとんど家から出ない。
月々のお小遣いとか、お年玉とか、手付かずのまま残っているはず。
お金を必要としない人間にお金を渡してどうする。
自分のバカさ加減というやつに、少し驚いてしまった。
とりあえず買い物にいこう。
今日は土曜日。
近所のスーパーが8時から営業している。
「あら? もう出かけるの?」
「ちょっと買い物。ユズキのためにね」
母に頼まれて、牛乳と卵も買うことになった。
よくユズキと2人で買い物に出かけたスーパーだ。
パン屋とかクリーニング屋の前を通るたびに、懐かしい記憶がよみがえってくる。
タツキは歯医者の前で足を止めた。
そういやユズキは昔から歯医者が大の苦手だったな。
子どもの歯を抜歯しないといけなくなったとき、怖くて怖くて、隣でタツキが手をつないであげたっけ。
あれから10年以上経つのか。
時とももに変わるものもある。
身長とか、肩書きとか、趣味とか。
反面、この街並みのように、あまり変わらないものも存在する。
「ただいま〜」
買い物から戻ってきて、手を洗おうとしたとき、起き抜けのユズキと鉢合わせになった。
「おはよう、ユズキ」
ツヤのある黒髪が跳ね放題になっている。
アンテナみたいに立ったぴょん毛なんか芸術的だ。
「あっ……うぅ……」
「ほら、買ってきたぞ。お急ぎ便だ」
なぜか赤面しているユズキの胸に袋の一つを押しつけた。
「ジュースは冷蔵庫に入れておくから」
「あ……ありがとう」
「眠そうだね。昨夜は遅かったの?」
「まあまあかな」
やっぱりユズキは赤面している。
熱でもあるのかと思い、おでこに手を当ててみた。
「風邪ではなさそうだな」
「うっ……本当に大丈夫……」
ユズキはぷいっと顔を背ける。
今日も拒絶されたか。
手紙をやり取りした感じだと、以前みたいに会話できると期待したのだが。
「私はこれから予備校のオンライン講義だから」
「そうか。がんばって」
「うん……」
一人残されたタツキはやるせない気持ちになる。
「どうしたの、タツキ、そんなところに突っ立って」
「いや、ユズキに避けられている気がして。なかなか目を合わせてくれないんだ」
「気にしすぎよ。受験が近いからピリピリしているだけ」
「そうかな?」
「そうよ」
母は心配ないというけれども、納得しかねるのも事実だった。
受験のせいか。
タツキの顔を見るたびに、失敗した過去がよみがえるのか。
だとしたら完全にユズキの問題。
タツキにできることは、陰からエールを送るだけ。
部屋に戻って読みかけの小説を開いた。
残念ながら、まったく内容が頭に入ってこない。
ユズキ、ユズキ、ユズキ……。
脳裏をよぎるのは、少し怒ったような、少し照れたような、かわいい義妹の横顔ばかり。
タツキもどうかしていた。
いきなり額に触れるなんて。
ユズキも立派なレディだから、嫌がるに決まっているのに。
無神経すぎた。
あれは反省しないと。
時刻をチェックするため携帯を手にしたとき、リマインダー通知がきた。
『30分後に涼風ナギサのライブ配信が開始されます』
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