第7話
RPGのボス戦が近づいてきた。
キャラクターを回復させて、装備を見直して、所持アイテムの残量をチェック。
『挑む前に、ちょっとドリンク休憩しますね〜』
ナギサが何かを飲んでいる。
『ん? いま飲んでいるジュースですか? ゆずジュースです! おいしいですよ!』
ん? ゆず?
そういやユズキもゆずジュースが大好きだな。
『この季節、喉が痛くなりがちですからね〜。柑橘系がほしくなりますよね〜。それじゃ、いってみます! レッツゴー!』
いざ、戦闘開始。
ボス戦らしく、アップテンポのBGMが流れはじめる。
『私は主人公なのじゃ〜! 勝つと決まっておるのじゃ〜!』
ナギサの迷言(?)に対して、
『たしかに!』
『ド正論すぎて草』
『ナギサちゃん、がんばれ〜』
大量の応援コメントが送られてくる。
今回のバトルでもナギサの知性が光った。
的確にボスの弱点をついてダメージを蓄積させていく。
『ナギサは知っとるんじゃ〜! お前、残りHPが3分の1を切ったら、行動パターンが変わる人でしょう!』
その通りだった。
ボスが全体攻撃を連発してきたけれども、ナギサは冷静に対処していく。
『うまい!』
『ガチガチに対策してんの草』
『これは勝ち確定』
『ボス涙目ww』
けっきょく、危なっかしいシーンは一度もなく勝利のファンファーレが鳴った。
ナギサが、いぇ〜い! と喜んでバンザイしている。
『すみませんね〜。ナギサ、空気を読んでわざと負けるとか、やらない主義なんで! 完・全・勝・利! 勝つべくして勝つって気持ちいいね!』
パチパチパチ。
タツキも拍手のコメントを送っておく。
不思議だな。
自分がプレイしているわけじゃないのに。
他人が攻略するのを、こうして眺めるのは、スポーツ観戦に似た楽しさがある。
朝のゲーム配信はいったん終わり。
夜に別のVTuberとコラボ配信するらしい。
『後輩の
常連のリスナーたちが、
『ユメミちゃんはプロ級』
『一緒にお絵描きとか、たしかに拷問だな』
『でも、ナギサちゃんも十分上手い』
『楽しみに待ってます!』
つらつらとエールを送る。
タツキはウィンドウを閉じた。
さっきの配信で1時間ちょっとか。
楽しかったから、あっという間だったな。
「あれ? ユズキ?」
お手洗いにいこうとしとき、ちょうどユズキも部屋から出てきた。
「うっ……」
ユズキはセーターの胸元を引っ張り上げた。
顔を隠しちゃったから、生えかけのタケノコみたいになっている。
「ユズキ……ヒンヌーじゃないもん」
「おい、急にどうした?」
「ううん、忘れて」
なんだろう。
また顔が赤くなっていたような。
勉強をがんばるのはいい。
けれども、無理して風邪を引かないか心配だな。
「大丈夫か、ユズキ。疲れていないか?」
「え〜と、これは……ゲホッ! ゲホッ!」
ユズキはセーターをずり下げると、
「しゃべりすぎて、喉が少しイガイガしただけ」
壁に向かって話しかけた。
やっぱり、タツキの方は見てくれない。
「オンライン講義なのに? しゃべるの?」
「声に出して……覚える……」
「ああ、記憶の定着ね」
「うん」
ユズキなりに工夫しているのだな。
昔の親密さがあれば、頭をナデナデして褒めてあげるのに。
くそっ……。
微妙な距離感がもどかしい。
「お兄ちゃんは、部屋で何やってたの?」
「俺か? 俺はそうだな……動画配信サービスのやつで、古代ローマ帝国のドキュメンタリー番組を見ていたな」
「へぇ〜、けっこう難しそうだね」
「いや、普通におもしろい」
とっさに嘘をついたのは、
『リアル兄は超マジメ』
『ニュースとかをチェックする人』
というナギサの言葉を思い出したからだ。
自分の趣味がVTuberだと、かわいい義妹に知られたくない。
ちっぽけな虚栄心が、タツキに出まかせを言わせた。
「受験が終わったら、ユズキも観よっかな、古代ローマ帝国」
「あ、でも流血シーンが多いかも」
「うっ……」
「なんか、ごめん」
「いや、私の方こそ、ごめん」
「ユズキにもおすすめできるやつ、探しておくよ」
「うん、ありがとう」
バカだな。
涼風ナギサとユズキは、まったくの別人物なのに。
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