第6話

『それ、気になる!』

『たしか実家暮らしだっけ?』

『リアル兄もこの配信を観ていたりするの?』


 洪水みたいに流れてきたコメントを、ナギサは可能な限り読み上げていく。


『ふむふむ、そんなにナギサの生態を知りたいんだね』


 小首をかしげて、かわいくウィンク。

 すかさず大量のハートマークが送られてくる。


『家族はですね、知っていますよ。お母さんだけですけれども。お父さんとリアル兄には打ち明けていないです』


 え〜? なんで〜?

 みたいなコメントが流れてきた。


『うちの父、超が3つ付くくらいの機械オンチなのですよ。最後までガラケーを手放そうとしなかった人種なのです』


 わかるな。

 うちの親父おやじもそのタイプだ。

 電話さえ通じればいい、と思っている中年。


 タツキがそんなことを考えていたら、


『ガラケーなつかしい』

『うちの親と完全一致ww』

『昔の着メロ、16和音とかいってたな』


 似たような意見がつらつらと書き込まれる。


『つまりですよ〜、お父さんにVTuberであることを打ち明けようと思ったら、VTuberがなんたるか、の説明から入るわけですよね〜。その前段階として、動画投稿サイトの説明があって、インターネットの説明があって…………て考えると、気の遠くなるような作業になるわけですよ〜、ごめんね、お父さん』


 ナギサが猫みたいに手招きする。


 なるほど。

 父のITリテラシーが低すぎて、説明しにくいというわけか。


 5Gとか、Wi-Fiとか、Androidとか。

 タツキの父にとっても宇宙言語に等しいだろうな。


『リアル兄はですね〜、そうですね〜』


 おしゃべり大好きなナギサにしては珍しく、うんうん悩んでいる。


『VTuberという職業があることは、知っていると思います。リアル兄はニュースとかちゃんとチェックする人なので。ただですね〜、VTuberのことを、風紀紊乱ふうきびんらんな生き物だと思っているんじゃないかな〜。……アッハッハ! ……難しい日本語が出てきちゃった! にぃにとねぇねは知っていますか? 風紀紊乱という言葉。辞書によるとですね……』


 カタカタとキーボードを叩く音がする。


『社会道徳、風俗・規律などが乱れること。特に男女関係についていう。……らしいですよ。アッハッハ! みだらですね〜!』


 複数のリスナーが、


『風紀紊乱!』

『けしからん!』


 と連打してきた。

 中には『(*´д`*)ハァハァ』みたいな顔文字を送ってくる人も。


『リアル兄はね〜、超マジメなんですよ〜。遊んでないで堅気かたぎに生きろよ、とかいわれたらショックだな〜。というわけで、一流VTuberさんの仲間入りを果たすまでは、リアル兄には伏せておく予定です』


 涼風ナギサのすごいところ。

 マシンガントークを繰り出しながら、しっかりとRPGをプレイしているのだ。


 本人は間抜けキャラで売り出しているけれども……。

 実は、頭がいいんじゃないかと、タツキは密かに疑っている。


(というか、本当に間抜けだと、ここまでチャンネル登録者数を伸ばせないような……)


 リスナーの人たちは心優しいから、


『大丈夫、すでに有名』

『人気者の部類なのでは?』

『もうリアル兄に告ってOKよ』


 たくさんのフォロー風を吹かせている。

 それに対して、


『ありがとうございます』

『皆様の応援のおかげです』


 と頭をさげるナギサ。

 するとリスナーの1人が、


『目の前にリアル兄がいると思って告白してみて』


 スパチャ付きのコメントを投げてきた。


 これは無視しにくい。

 ナギサの性格からしてリクエストに応えるだろう。


『いやいや〜! ナギサ、本当に本番に弱くて〜! 病気かよってくらい、本番がダメなんですよ〜! 受験とか、運動会とか、いい思い出がないな〜! アッハッハ! やっとく? やってみる? 今世紀最大のホラーにならないといいけどな〜』


 ナギサはボソッと、


『お兄ちゃん』


 といって大爆笑した。


『ダメです! 恥ずかしすぎます! この配信、リアル兄が観ていたら、軽く死ねますね〜』


 そのシーンを想像して、タツキも釣られて笑ってしまった。


『おっ、新しい質問をいただきました。ナギサちゃんを四字熟語で表現すると、なんですか? う〜ん、そうだなぁ……そもそも、ナギサ、国語の成績がそこまで良くないから、ボキャブラリーに乏しいっていうか……』


 なんだろう。

 天真爛漫てんしんらんまんとか。

 あるいは純粋無垢じゅんすいむくとか。

 しかし、そういうリスナーの予想を裏切ってくるのがナギサ流である。


『アレですね、無知蒙昧むちもうまい。おバカさんって意味だったと思います。もしくは軽薄短小。中身が薄っぺらいっていう意味ですよね。アッハッハ、ナギサは軽はずみな行動が目立つからな〜』


 常連のリスナーが、ここぞとばかりに、


『軽薄短小=貧乳だっけ?』

『ヒンヌー! ヒンヌー! ヒンヌー!』

『かわいそうに……もう成長限界か……』


 スパチャで殴ってくる。


『誰が貧乳じゃ〜い! ぼけぇ〜!』


 ナギサの楽しそうな声が響いた。

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