第5話
お祭りの日だった。
小学4年生の夏休みで、新しい浴衣を手に入れたユズキが、朝からはしゃいでいたと記憶している。
毎年恒例の花火大会。
縁日の屋台がずらっと並んでおり、歩いているだけで楽しい気分になれた。
「あれ? ユズキがいない」
最初に気づいたのはタツキだった。
ヒヨコのように後ろからついてきた義妹が、いつの間にか消えていたのだ。
「ホンマや」
「気づかなかったわ」
ビールと焼き鳥に夢中だった両親が、はっと我に返っている。
1人で離れるなよ。
口を酸っぱくして注意したのに。
当時からユズキは迷子の常習犯だったのである。
「俺が探してくるよ。見つからなくても、10分以内には戻ってくるから」
食べかけのフランクフルトを胃袋におさめると、タツキは
心当たりはある。
おそらくリンゴ
ユズキは物欲しそうな顔でじいっと商品を見つめていた。
ユズキ、あれが欲しい!
さっさと親に告げればいいのに。
3分とか5分とか悩んじゃうから、迷子になってしまうのだ。
「お〜い、ユズキ〜!」
タツキは大声を出した。
3回呼んでも返事がなかったら、次のリンゴ飴の屋台を目指した。
「ユズキ〜! いるか〜!」
すると視界の隅っこで、見覚えのある浴衣が揺れた。
「お兄ちゃん!」
「見つけた」
「どこいってたの⁉︎」
「それは俺のセリフだよ」
タツキはポケットから300円を取りだす。
「ちょっと待っていろ」
ユズキの元へ帰ってくると、買ってきたリンゴ飴を差し出した。
「これをやる。だから、泣くな」
「泣いてないもん!」
「あのなぁ……」
家族と合流できた安心感からか、ユズキの目には涙の粒が浮かんでいた。
「目にゴミが入っただけだもん!」
「はいはい」
300円は……。
まあ、いっか。
くじ引きでも引いて、外れたと割り切ろう。
ユズキの無事を確認できたなら、それが一番の買い物じゃないか。
「はい、半分」
「ん? 俺にくれるのか?」
「よく考えたら、お兄ちゃんのお金だから」
ユズキは照れ臭そうにうつむいた。
半分といったけれども、リンゴ飴は4分の1しか残っていない。
「……ごめん」
「気にすんなって」
「お兄ちゃん、いつも優しいね」
「そりゃ……」
ユズキは神宮の子ども。
でも、タツキはもらわれてきた子ども。
「お兄ちゃんなんだ。妹を助けるのは当たり前だ」
とっさに思いついたセリフを返しておいた。
「えへへ」
「お父さんとお母さんが心配している。早く戻るぞ」
「うん!」
手をつないで縁日を歩いた。
とても懐かしい記憶である。
VTuber涼風ナギサの思い出話は、どういうわけか、タツキの回想シーンとほとんど一致した。
きっと偶然だろう。
冷静に考えたら『迷子』『リンゴ飴』のキーワードが重なっただけ。
ありふれたエピソードなのかもしれない。
『その時、リアル兄のくれたリンゴ飴が忘れられなくてですね〜。皆さんはリンゴ飴、好きですか〜? ナギサの周り、けっこう苦手な人が多いんですよね〜。甘すぎるとか、手がベトベトになるとか、着色料がダメとか。かわいいと思うんですけどね、リンゴ飴……』
それから30秒もしないうちに、
『アメ代』
『リンゴ飴代』
『たんとお食べ』
スパチャが
『いい感じの思い出話で、スパチャへ誘導する作戦か、やるな』
というコメントまで。
タツキもキーボードを操作して、
『いいお兄ちゃんですね』
500円のスパチャ付きコメントを送っておいた。
認めよう。
妹のユズキと涼風ナギサはちょっと似ている。
性格が子どもっぽかったり、どこか抜けていたり。
違いがあるとすれば兄貴だな。
話を聞く感じだと、ナギサのリアル兄は、品行方正で文武両道な人格者らしい。
まさに頼りがいのあるスーパーヒーロー。
一方のタツキはそこまで立派じゃない。
というか、この1年間、妹と会話することすら思い通りにいかない。
失格だな。
未練タラタラのダメ兄貴。
タツキはいったん席を立ち、飲み物を手にしてから戻ってきた。
ゲームの方も進行しており、ちょうど迷子の女の子を家族のところへ送り届けていた。
『いぇ〜い! 無事に会えました〜! やっぱり家族は一つがいいよね〜!』
小気味よく鼻歌を奏でるナギサに対して、
『そういや、VTuberやってること、ナギサちゃんの家族は知ってんの?』
『もしかして、リアル兄もこの配信を観ている?』
という質問コメントが寄せられていた。
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