　朝がきた。

　タツキは眠いまなこを擦（こす）りながらリビングへ向かう。

　人影はなかったけれども、カレーの匂いが充満していた。

　シンクのところには使い終わったユズキの食器が置かれている。

　早いな。

　まだ6時30分というのに。

　タツキはお手洗いにいって、しばらくぼ〜っとして、カレーを器に盛ってから、自分の部屋へ戻った。

　6時55分のアラームが鳴る。

　7時から涼風ナギサのライブ配信があるので、カレーを食べつつ、パソコンの前にスタンバイした。

　ワクワクする。

　子どもの頃、大好きだったアニメのスタートを待っている気分を思い出す。

　パソコンの画面に『配信準備中です……』の文字が出てきた。

　カフェにかかっているようなジャズミュージックが流れたあと、ブルーヘアの女の子がやってきて、

『おはなぎ〜！』

　全国のリスナーにあいさつする。

『画面の前にいる、にぃに、ねぇね、おはなぎ〜！　涼風ナギサの朝配信の時間です！』

　コメント欄は高速スピンする輪転機みたいに、

『おはなぎ〜』

『おはなぎ〜！』

『おはなぎよ〜！』

　という文字を流しまくり。

　カレーを食べていたせいで、若干出遅れたけれども、タツキも『おはなぎ〜』と打ち込んでおいた。

　VTuberによってあいさつ台詞（セリフ）は変わったりする。

　二子神タマキなら、おはにこ〜。

　鬼竜ヨミなら、おはよみ〜。

　天使ネムリなら、おはねむ〜。

　普通に『おはよう』のVTuberもいるし、

『おはようちゃん』

『おはようなのじゃ』

『おはようマッスル！』

　みたいなVTuberもいるが、語尾にネームの一部をつけた方が、ちょっとだけ親近感が湧いたりする。

『3日ぶり？　そうです、3日ぶりの配信ですよ〜！　みんなに会えて嬉しいな〜！』

　ふりふりふり。

　上体を揺らすモーションがかわいい。

『今日はまったり雑談&質問への回答をしていこうと思います。SNSで募集したら、お馴染みのメンバーさんも、ご新規の方も、たくさんのメッセージをくれてありがとう！　キラッ！』

　一般的に、ありがとう、のイントネーションは、

　あり(↑)がと(↘︎)う(↘︎)

　だと思うのだが、ナギサは田舎風に、

　あり(↘︎)がと(↗︎)う(↗︎)

　となる傾向があり、個人的にツボだったりする。

　あとは『センキュー』が『テンキュー』になったり。

　そういや、タツキのおじいちゃんも、舌足らずな『テンキュー』という発音だったな。

『じゃあ、いただいたコメント&質問を読み上げていきます。今回、本当に多かったのが、体調に気をつけてください！　というメッセージでした。ナギサも気をつけます。毎年、喉をやられますからね。今年は無事に乗り切りたいです。ぜひぜひ、皆さんも防寒対策はバッチリして、風邪を引かないようにしてください』

　すでに風邪を引いているリスナーから

『もう39度ある』

『死にそう、助けて』

『ナギサちゃん、介抱して』

　というコメントが送られてくる。

　これに対して、ナギサは一言、

『生きろ！』

　と喝（かつ）を入れてからアハハと笑った。

『この時期の思い出、皆さんは何がありますかね。一番多いのは受験ですかね。高校受験と大学受験、もうスタートしていますから。夜食？　そう、受験といったら夜食！　皆さんは思い出の夜食とかありますか？』

　タツキの場合、おにぎりだな。

　母がわざわざ白米を炊いて、兄妹の分を用意してくれた。

　日によって味付けが異なっており、ひそかな楽しみだった。

『ナギサの場合、おにぎりです。うちの母が握ってくれて……』

　ナギサとかぶった。

　推しのVTuberと共通点があるのは素直に嬉しい。

『おにぎりの素（もと）ってあるじゃないですか。ナギサ、あの梅カツオと鮭ワカメが大好きでして。わかりますかね？　食べやすいよう母が小さめのおにぎりをラップに包んでくれるんです。おいしかったな〜。おにぎりは自分で握るより、母に握ってもらった方がおいしんだよな〜』

　スパチャ付きのコメントが飛んできて、

『ナギサちゃんが握ってくれたおにぎり、1万円で食べられるって本当ですか？』

　と質問してきた。

　これに対して、ナギサは一言、

『販売の予定はございません』

　と即答。

　アハハと笑っている。

『多かった質問がですね……ナギサちゃんの配信が楽しすぎて受験勉強に集中できません、助けてください……てやつなんですよ。てっきり、同一人物かな〜、と思いきや、別々のリスナーさんから送られてきて。いや〜、困ったな〜。受験に失敗しても、ナギサは助けてあげられないしな〜。それに、ナギサに限定した問題じゃないですよね。先輩VTuberの方々、もっとファンがいますし……小悪魔？　アハハ、たしかに、私のせいで受験に失敗したら小悪魔だ〜。え〜、それは辛いな〜』

　アンケート方式で対策を募集したところ、

『いさぎよく志望校に落ちろ！』

『携帯とパソコンをぶっ壊すしかない！』

　この2つに票が集中して、ナギサもコメント欄も大いに盛り上がっていた。