第32話
涼風ナギサのバレンタイン生歌ライブは、それはもう、盛り上がりに盛り上がった。
コメントの流れるスピードが早い。
今まで見たことない数のスパチャが降ってくる。
それもそのはず。
リスナーの同時接続数は、過去にタツキが目にしてきたナギサの自己ベストを、いくつか更新していた。
別のVTuber事務所で活動している、大物VTuberの生歌ライブが終わった。
すると、同時接続数のカウンターが一段と増えた。
この現象にナギサ本人も気づいているだろう。
リスナーのボルテージに応えるように、歌声もキレを増していく。
トークの最中。
『今日はバレンタインですけれども、みなさん、チョコレートは食べましたか〜?』
これは禁断の質問だ。
チャット欄がハチの巣をつついたような大騒ぎとなる。
『チョコくれ!』
『自分で買った』
『私は女子なので……』
目についたコメントをナギサが拾っていく。
『おばあちゃんからもらった』
このコメントは斬新だな。
アイドル衣装のナギサも笑っている。
『孫からもらった』
さらに大爆笑。
おじいちゃん、何歳ですか⁉︎ と。
せっかくなのでタツキも打ち込むことにした。
『妹からもらった』
ポチッと送信。
ナギサの目に留まらないだろうと思いきや……。
『ああ、いいですね、妹さん! マイ・ディア・シスターじゃないですか! ラブですよ! 兄妹愛ですよ!』
拾われてびっくり。
今日のリスナーは荒ぶっているから、
『シスコンめ!』
『浮気しやがって!』
『それ、誇大妄想だろ!』
タツキに対するやっかみコメントが飛んできた。
『こらこら、リスナーの同士の
VTuberから注意されちゃった。
わりとレアな経験かもしれない。
妄想じゃないけどな。
タツキはそんなことを考えながら、ガトーショコラを一切れ食べる。
『それでは次の曲……』
その時、軽いハプニングが起こった。
ケホッ! ケホッ! という
『すみません……』
ナギサは頭をペコペコしながら、もう一回咳込む。
『マイクをOFFにするの、間に合いませんでした。びっくりした人がいたら、ごめんなさい』
リスナーは優しいから、
『大丈夫〜?』
『無理せんといて』
『空気が乾燥しているからな』
というコメントが流れてくる。
タツキは初めて知った。
咳やくしゃみが出そうになったとき、VTuberはいちいちマイクをOFFにするらしい。
よくよく考えたら当然だ。
バーチャルな姿をしていても、中には生身の人間が入っている。
足をぶつけたら痛いし、虫が飛んできたら驚くし、感動したら涙を流す。
もちろん、咳だってする。
もしかして、今日は体調が優れないのだろうか?
タツキがそんなことを考えたのは、
『アイドルは風邪を引いても、市販薬とかを飲んで、ライブ中は元気な姿をファンに見せる』
『体調不良で出演のキャンセルが発表されるのは、よっぽど重症のときだけ』
そんなネット記事を読んだことがあるから。
気のせいだろうか。
ラストが近づくにつれて、ナギサ自慢の声量が落ちてきた。
『がんばれ〜!』
そのように打ちかけて、思いとどまった。
バカか、俺は。
ナギサは十分がんばっている。
がんばれを送っても、余計なプレッシャーだろう。
さんざん迷った挙句、
『♪♪♪』
という無難なコメントを送ってしまう。
ボキャブラリーの弱さが悔しい。
とうとうラストの曲になる。
ナギサは笑っているし、相変わらずの美声だけれども、歌声の中に3%くらい苦しさが紛れている気がした。
サビに入る。
きれいなビブラートが出てくる。
リスナーの魂を震わせるような、感動的なフィニッシュとなった。
『最後まで付き合ってくれて、本当にありがと〜! 涼風ナギサ、バレンタイン生歌ライブでした〜! スパチャの読み上げ配信は明日やりま〜す! ばいば〜い! またね〜! この後はヨミ姫先輩のライブ配信があります! お時間に余裕がある人は、ぜひ寄っていってください!』
楽しみにしていたライブ配信は、大盛況のうちに終わろうとしていた。
タツキも手短にスパチャを投げておく。
『今回もステキでした! 同時接続数、過去最多でしたね!』
けれども、胸の中には、
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