第31話

 自動車学校から帰ってきたタツキは、自室にこもって、ユズキへの手紙を書きはじめた。


 ガトーショコラありがとう。

 とてもおいしかったです。


 自動車学校へいってきました。

 想像よりも100倍楽しいところでした。


 新型のインフルエンザが流行はやっているそうです。

 うっかり家に持ち込まないよう、兄も気をつけます。


 一個だけアドバイスを……。

 入試の数日前に、会場を下見した方がいいです。


 次の4月になったら、私はここの学生になるんだ。

 講義を受けて、ランチを食べて、友達もつくって……。


 明るい未来を強くイメージしておけば、最後までモチベーションは途切れません。


 …………。

 ……。


 こういう文章、携帯ならスラスラと打てるのに。

 手紙は一文字一文字に時間がかかるから、その分、たくさんの気持ちを詰められたと思う。


 ペンを置いたとき、お馴染なじみのリマインダー通知がきた。


『30分後に涼風ナギサのライブ配信が開始されます』


 今日はバレンタインデー。

 クリスマス、お正月に続いて、VTuberの配信が集中しちゃう季節だ。


 動画配信サービスのサーバーが高負荷で遅延して……。

 みたいな悲鳴が寄せられる1日でもある。


 ちょうど天使ネムリの雑談配信がおこなわれていた。

 自動車学校で仲良くなった彼のことを思い出して、ラジオ代わりに流してみる。


『ではでは、続いての質問ですが……ほい』


 ボードに匿名とくめいの質問が表示される。


『今日はバレンタインですが、もし先輩や後輩のVTuberから手作りチョコをもらえるなら、ネムリちゃんは誰からもらいたいですか?』


 ネムリが、う〜ん、とうなった。

 私が食べる方の役ね、と。


『まず、ヨミ姫はないな〜。あいつ、殺人たこ焼き作ったからな〜。チョコ食ったら、永眠しちゃいそうで嫌だな〜』


 リスナーから大量の『草』コメントが送られてくる。


『ニコちゃんは男前だからな〜。チョコくれるっていうより、チョコ食べる役だよね〜。どんなチョコ作るのか、興味はあるけれども……。なんかね、麻雀牌マージャンぱいの形したチョコくれそう。これが私の国士無双だ! みたいな。ネムリね〜、ああいう凝ったデザインのチョコ食べるの、苦手なんだよな〜。むしろ、食べずに飾っておきたい』


 また『草』コメントが流れてくる。

 中には『わかる〜』のコメントも。


『やっぱり、ナギサちゃんだね。というか、うちの事務所で1番女の子って感じだよね。清楚だよ、スーパー清楚。あ、そうそう、ナギサちゃんといったら、この前の配信でさ……』


 いつもは眠そうなネムリの目が、くわっ、と開かれる。


『遅刻した方じゃないよ。その後のやつ。ネムリン先輩の好きなところ、10個あげていきま〜す、といって、本当に10個あげたんだよね。いつも優しいとか……声がかわいいとか……ゲームの協力プレイが上手いとか……。ネムリも偶然リアルタイムで観ていてね。あれは嬉しかったなぁ〜。ナギサちゃんの魅力はそこだよね。本人がいないところで、その人のことを褒めるんだよ。これ、大人でも難しいから』


 これは嬉しい。

 ナギサのことを持ち上げてくれるなんて。


「こういうの、陽口ひなたぐちっていうらしいよ。陰口の逆のやつ。陰口が本人のいないところでネガティブなこというやつでしょ。本人のいないところでポジティブなこというのが陽口。まあ、ネムリは悪い天使だから、さっきヨミ姫のこと、料理ネタで死ぬほどディスっちゃったけどさ、ごめんね〜」


 ナギサちゃんが愛されるのには理由がある。

 そんな話だった。


『私の雑談が終わったあと、ナギサちゃんの生歌ライブがあるから。私もこっそり観る予定なので、時間に余裕がある人は、一緒に観てね〜。ばいば〜い、ねむねむ〜』


 配信が終わって、エンディングに切り替わった。


「さてと……」


 ナギサの配信まで、もう少し時間がある。

 温かいコーヒーを用意するため、リビングへ向かった。


 洗面所の方から、うがいのガラガラ音が聞こえた。

 誰かと思えばユズキだった。


「あ、お兄ちゃん」

「ユズキか……そうだ、渡す物がある」


 部屋から手紙を持ってきた。


「ガトーショコラ、おいしかった。手紙もありがとう。とても嬉しかった。これはお礼の気持ち」

「もらっていいの?」

「俺はユズキみたいに気持ちを表現するの上手くないから。退屈な内容だったら、すまない」

「ううん、ありがとう」


 ユズキはもらった手紙を両手で抱きしめた。


「がんばれる気がする」

「喉が痛いのか? うがいをしていたよな」

「そうじゃないけれども……この時期になると、習慣みたいなものかな」

「そうか」


 オンライン講義が控えているのか、ユズキはさっさと部屋に戻ってしまった。


 ナギサのライブ配信を観るべく、タツキも自分の部屋に向かった。

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