最終話

 GWのファミレスはたくさんの家族連れでごった返しており、もはや戦場の様相をていしていた。


「2番テーブル、サーロインステーキね!」

「17番と18番、食後のデザートを出してほしいそうです!」

「6番テーブルのモッツァレラチーズ、先にサーブしてあげて!」


 これはキツい。

 日の浅いバイトが何名か入っているから、パニックを起こしても不思議はないシチュエーションといえる。


 タツキがハンバーグを盛りつけていると、頭を抱えた店長がやってきた。

 次のシフトのバイトが1名、遅刻するらしい。


 そうなると必然、中堅バイトのタツキに白羽の矢が立つ。

 神宮くん、また30分残業してくれないか、と。


「え〜と……」


 タツキは一瞬、渋ってしまった。

 いつも二つ返事でOKしていたので、店長が、おや? と気にする。


「はいはいはい! 俺が代わりに残業します!」


 手を挙げたのは2ヶ月目の新人くん。

 物覚えのいい子だから、盛りつけも皿洗いも卒なくこなしてくれる。


「本当にいいの?」

「任せてください、神宮先輩! さっさとお金を貯めて、俺も自動車の免許を取りたいんです!」

「とても助かるよ」


 というわけでタツキの残業はなし。

 時間ぴったりにバイト先のファミレスを抜けた。


 急いで家に帰る。

 これから二軒目のバイトが待っているのだ。

 ファミレスのバイトは時給900円だけれども、こっちは時給1,100円を出してくれる。


 内容は動画の編集とか、サムネイルの作成とか。

 その他にも、機材の調達や、お菓子の買い出しを頼まれたりする。


 名付けるとしたら、そうだな。

 VTuber涼風ナギサのアシスタントだろう。

 新しいバイトの雇い主は、妹でもあり恋人でもある、神宮ユズキなのである。


「ただいま〜」


 玄関を抜けてすぐのところで父とすれ違った。

 ちょっといいか、と呼び止められる。


「ユズキ、VTuberとかいう仕事をやっているのだろう。父さん、パソコンのことは分からないが、大変な仕事だと聞いたぞ。ユズキは大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。そうなるよう俺が手助けしている」

「そうか」


 父も少しはVTuberに興味を持ったらしい。

 とはいえ超ド級のIT音痴おんちだから、かけ算と割り算を覚えた小学生が、微分積分を理解するくらい難しい。


 立ち去ろうとしたら、また呼び止められた。


「ユズキのこと、頼んだぞ。あの子は昔から無理しがちなところがある。タツキが見守ってやってくれ」

「分かっているよ、父さん」


 父には3月中に打ち明けておいた。

 俺とユズキ、恋人として付き合っています。

 いずれ結婚する予定です、と。


 父はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、母さんは知っていたのか? と真横を向いた。


『2人の気持ちには、とっくに気づいていましたよ』

『だって、タツキとユズキの母親なのですから』


 うぐっ。

 父はそういって10秒くらい項垂うなだれていた。


『本当にいいのか?』

『俺たちに義理立てしていないか?』

『育てた恩みたいなやつ、まったく気にする必要はないぞ』


 タツキに念押ししてきた。

 それから家族4人で腹を割って話した。


『本当にユズキのことが好き』

『ユズキのことを愛している』


 タツキはその2点を繰り返した。


『いつかお父さんとお母さんに、私たちの子どもの顔を見せたい』


 ユズキの一言が決め手となった。


 そうか、そうか。

 父はそういって少しニヤけていた。

 初孫の顔は誰だって気になるらしい。


「お兄ちゃ〜ん!」


 ユズキから声がかかる。


「これから配信のテストをやるの。一緒に手伝ってくれない?」

「はいよ」


 タツキは作業中のパソコンをユズキに見せる。


「これ、さっき作成したサムネ。問題ないかチェックしてくれ」

「うん、問題ないよ。ありがとう」


 VTuberは忙しい。

 大学生との二足の草鞋わらじはキツい。

 ユズキ1人ならば、とっくに過労でダウンしていただろう。


 タツキが雑務を引き受けることで、ユズキは大学に通いながら、これまで通り配信を継続できている。


 あと、タツキの財務問題。

 いったん底をついた貯金が少しずつ回復してきた。

 この協力関係は一石二鳥なのである。


 そして現在はGWの只中ただなか

 春休みシーズンに続いて全国のVTuberが忙しくなる季節だ。


「こんなぎ〜! こんなぎ〜! こんなぎ〜! GW企画第三弾! お絵描き配信をやっていこうと思いま〜す!」


 ユズキがVTuberになって2回目の夏がやってくる。

 10代として迎える最後の夏である。


「今回のお絵描きのテーマはですね……でも、その前にちょっとだけ告知があります! たくさんご要望いただいておりました、涼風ナギサのオリジナルグッズ! さっきマネージャーさんと会話しまして、1周年記念のメモリアルグッズとして製作することが正式決定しました! パチパチパチ!」


 タツキもこっそり拍手する。

 兄として、ファンとして、ユズキのパートナーとして。


 約1年前、涼風ナギサのメンバーシップに加入した動機。

 彼女の活動を最後まで見届けたい、というのが一番の理由だった。


 これは地図のない航海に似ている。

 嵐にあうこともあるだろう、沈没しそうになることもあるだろう。


 タツキは最後まで支えていくつもりだ。

 3年でも、4年でも、5年でも、ユズキが望む限り。

 運命を共にするクルーの1人として、全力でフォローしていく予定だ。


「こうしてナギサが活動できるのは、応援してくれる皆さんのお陰です。だって、1年前は、ここまで多くの人とつながっているなんて、想像できませんでしたから。この先の1年間も色んなことにチャレンジしてみようと思います」


 ユズキの部屋の窓辺には、きれいなバラの花が咲いていた。




《作者コメント:2021/05/08》

読了感謝です!

生まれ変わったらVTuberになりたい笑!

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1年間くらい引きこもっていた義妹が、いつの間にか大人気VTuberになっていた ゆで魂 @yudetama

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