第50話

 ユズキに2つ目のプレゼントを渡した。


「大学の合格祝いだ」


 お財布である。

 落ち着いたサックスブルーのやつで、目立たないところに翼のシルエットがついている。


 ユズキが現在つかっているのは、高校1年生の時に買った財布。

 かなり年季が入っているから、買い換えるタイミングとしてはベストだろう。


「嬉しい! かわいい! ありがとう!」


 さっそく写真を撮っている。


「本当にもらっちゃっていいの⁉︎」

「当たり前だ。気に入ってくれると嬉しい」

「えへへ。なんか大人っぽい。やった。大学へ持っていこう」


 女性物のお財布を選ぶなんて、もちろん人生初だった。

 この日、最後の緊張から解放されたタツキは、ほっと胸をなで下ろす。


「でも、お兄ちゃんはいいな〜。恋人になってもユズキのことをユズキと呼べるでしょう。それに引き替え、私は……」

「ああ……」


 タツキ……て呼び捨てになるのかな?

 ずっとお兄ちゃんだったから違和感しかない。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「どうした、急に?」

「お兄ちゃんと呼べるうちにお兄ちゃんと呼んでおこうかな、と」


 か……かわいい。

 照れのあまりタツキは口元を隠す。


「ユズキはあれだな、YMTだな」

「えっ? ワイエムティー? どういう意味?」

「ユズキ・マジ・天使の略」

「ッ……⁉︎」

「ごめん……自分でいっておいて恥ずかしい……忘れてくれ」

「………………」

「…………」

「……」

「ユズキ?」

「もう1回いってみて!」

「YMT……ユズキ・マジ・天使」

「ッ……⁉︎」


 なんだこれ。

 新手の恥辱しゅうちプレイだろうか。


「そっか、そっか、お兄ちゃんにとって、ユズキは天使みたいな存在なんだ」

「あまり傷口をえぐってくれるな。小悪魔にするぞ」

「え〜! やだ〜! 天使がいい〜!」


 19歳のくせに駄々をこねるシーンが目立つから、お子さま天使といえよう。


「でも、お兄ちゃんのお小遣い、大丈夫なの? 自動車の免許を取るために、大枚たいまいをはたいたばかりじゃない?」

「まあ、素寒貧すかんぴんだな。こればかりはバイトをがんばって貯めるしかない。地道に皿を洗うさ」

「へぇ〜。お皿洗いね〜」

「どうした?」

「いやっ⁉︎ なんでもない⁉︎」


 必死に否定するのが、ちょっと怪しかった。


 気づけば3時間くらい滞在している。

 レジャーシートを畳んで引き上げることに。


「ほらよ」


 タツキは左手を差し出した。

 その意味をはかりかねたユズキがキョトンとする。


「えっ?」

「ほら、手だよ」

「ああ……握っていいの?」

「ユズキさえよければ……俺は握りたい」

「うぅ……じゃあ、握る!」


 手をつないで歩いていく。


 とても不思議だ。

 ここにやってきた時より、周りの景色が一段と色づいて見える。


 梅の木があった。

 タツキとユズキを祝福するように、ひらひらと花びらが落ちてくる。


 さっきまで2人は兄妹だった。

 それが生まれたての恋人になった。

 こんなに誇らしい気持ち、人生で初めてかもしれない。


「タツキ……お兄ちゃん」

「どうした?」

「タツキ……お兄ちゃん……タツキ……タツキ……タツキ……お兄ちゃん」


 やっぱり無理!

 ユズキはそう叫んでしゃがみ込む。

 タツキと呼び捨てにできるのは、まだまだ先の話となりそう。


「ゆっくりマイペースでいいんだよ。それがユズキの長所だろう」

「え〜⁉︎ それって褒めているの⁉︎」

「もちろん褒めている」


 納得できないユズキは唇を尖らせている。


「ほら、帰るぞ」

「は〜い」


 歩き出そうとしたユズキが、小さな段差につまずいたので、タツキは優しくキャッチしてあげた。


 ……。

 …………。


「ただいま〜」


 帰宅したとき、リビングに父と母がいた。


 母は一瞬で首尾よくいったことを悟ったらしい。

 意味ありげにウィンクしてから、


「いや〜、今日がいい天気でよかったわ。いよいよ春ね」


 含みのある言い方をする。

 なんのことか理解できない父は、母とタツキたちを見比べて、怪訝けげんそうな顔を向けてきた。


「お母さん、嬉しいことでもあったのか?」

「さあ、どうだろう。ユズキの大学合格がまだ嬉しいんじゃないの」


 タツキは適当にぼかしておいた。


「ふ〜ん、そうか」


 父は雑誌の続きを読んでいるけれども、チラチラと母のことを気にしていた。


 さてさて。

 最後の仕上げは父への報告だ。

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