1年間くらい引きこもっていた義妹が、いつの間にか大人気VTuberになっていた

ゆで魂

第1話

 はじめてVTuberという存在を知ったのが、いつのことだったのか、遠すぎて思い出せない。


 ある日、唐突に『あなたへのおすすめ』に出てきた。

 最初は無視していたけれども、歌ってみた動画があって、昔に好きだったアニメのOPだった。


 それだけの話。


 神宮しんぐうタツキは彼女らの作戦にハマってしまったわけだ。

 こういうアニソンを熱唱したら、君たちも少しは私に興味を持つでしょう、と3DCGで生成された美少女は計算したらしい。


 うっかりチャンネル登録ボタンを押したのが運の尽きだった。


 最初は1日10分だった。

 やがて1日30分くらい動画を観るようになった。

 現在では週に10時間くらいVTuberに時間を割いている。


 1週間は168時間。

 起きているのは120時間ちょっと。

 そのうちの10時間を、だ。


 クリスマス、お正月、バレンタイン。

 こういう季節イベントも良くない。


 恋人がいなくてヒマを持て余している独身男性を狙っているのか、VTuberたちは1時間から2時間、長い人なら4時間を超えるライブをぶち込んでくる。


 もちろん、実際のライブなんかと違って、ワンクリックで出たり入ったりできる。

 そういう手軽さもVTuberがウケる理由の一つだろう。


 タツキが彼女らを応援するのにはワケがある。


 中の人のがんばりに胸を打たれたのだ。

 真剣にファンを増やして、真剣におもしろい企画を考えて、真剣にみんなを笑わせたいと考えている。


 もちろん、彼女たちも人間だからミスはする。

 歌詞を間違えちゃったり、言葉をド忘れしちゃったり。

 でも、そういう素人臭さが愛らしい。


『すみません、のどを痛めちゃいました』


 そんなつぶやきを目にした日には、


『無理しないで。ゆっくり休んでください』


 と反射的にコメントしたくなる。


 現役の高校生でVTuberをやっている人もいる。

(永遠の17歳みたいなネタの人もいるが、ここではリアルの高校生の人を指す。もちろん、ネタはネタでおもしろい)


 あと、VTuberは下積みの一環であり、将来はミュージシャンとして人前に立ちたい、という人もいる。


 へぇ〜。

 10代なのに立派なんだな。


 タツキが思わず感心しちゃったのは、高校生のときの自分なんて、大学へ進学するくらいの目標しかなくて、それを果たした現在、満たされているかというとそうでもなく、周りに胸を張れるかというとそうでもなく、ただレールの上を生きていることに気づいたからだ。


 もちろん、大学生活は楽しい。

 講義、サークル、アルバイトでかなりの時間を取られちゃうけれども、どの講義を受けるかとか、週に何回バイトを入れるかとか、自由に決められるので、自分の意思で生きている、と強く実感できる。


 でも、VTuberは違う。

 たとえるなら、だだっ広い大海原を旅する存在。


 すでに黎明期れいめいきは終わって、2020年には大躍進したといわれるが、3年後とか、5年後とか、彼女たちがどうなっているのか、この世の誰一人として知らない。


 だから思うのだ。


 推しのVTuberは自分たちが応援しないと。

 彼女たちのエンディングがどうなるのか、次のステージへ旅立っているのか、はたまた5年後も変わらず活動しているのか、この目で見届けないと。


 で、ちょっとお金の話。

 VTuberがライブ配信をやっているとき、リスナーは投げ銭つきのコメントを投稿できる。

 そのコメントはハイライトされて、VTuberや他のリスナーの目に留まりやすい。


 要するに、


『◯◯さん、スパチャありがとうございます!』


 と画面越しに感謝してもらえるのである。


 ポジティブにいえば活動資金の援助。

 ネガティブにいえば現金の貢ぎ物である。


 このへんは賛否両論あるらしい。

 お金の価値観なんて十人十色だろう。


 タツキの場合、チケット代という意味を込めて、500円から1,500円くらい無理のない金額をポチポチすることが多い。


 いわば自己満足。

 応援してます、という小さな好意。


 そして今夜もスパチャをポチる。

 すると青い髪をした3DCGの女の子が笑顔をくれる。


『タッキーさん、いつもスパチャありがとうございます』


 いつも。

 これほど嬉しい3文字が他に存在するだろうか。

 数あるリスナーの一人ではなく『タッキー』というユニークな一個人として認知されているのだ。


 感激である。

 こちらこそ感謝である。


『今日もライブに集まってくれて、ありがとうございました。バイバイ、またね〜。おやすみなさい』


 おやすみ〜。

 コメントを打ち込んで、画面を閉じようとした時、ふと虚しい気持ちに襲われた。


 もっとも身近にいる女の子。

 義妹のユズキ。


 タツキの口から最後におやすみを伝えたのは、何日前だったろうか。

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