第25話
タツキの最大の悩み。
それは家から大学まで、1時間以上かかっちゃうこと。
これは切実な問題である。
というのも、高校と違って、1限目から5限目まで講義がびっしり詰まっているケースはない。
歯抜けなのだ。
たとえば、1限目は出て、2限目と3限目は休みで、4限目は出て、そして帰る、みたいな時間割が多い。
家が近い人なら、ご飯を食べに帰ったりする。
あるいは、家でゲームしたり、昼寝したり。
タツキはそれが不可能。
よって、サークルに顔を出すことが多い。
「自動車があればな……選択肢が増えるんだけどな……」
タツキが加入しているのは、サブカルチャー研究部。
略称、サブ研。
20年くらい前まで文化研究部と名乗っていらしいが、むしろサブカルチャーが日本の文化じゃね? ということで、この名称に乗り換えたらしい。
在籍しているのは、男子が20人、女子が10人くらい。
わいわい雑談するための部であり、漫画やゲームが充実しているから、友人宅に遊びにきたような安心感がある。
「お疲れ様です」
タツキが部室に顔を出すと、2年生と3年生の先輩がいた。
いま部内で流行っているのはVTuber。
平日の昼間というのに、推しがライブ配信しているらしく、みんなでタブレットを囲んでいる。
「やっぱり、ニコちゃんかわいいわ〜」
二子神タマキの動画だった。
『ネット
そんなタイトルが付いている。
タマキは麻雀が強い、という話は有名である。
6歳の頃から一家で打ってきて、麻雀歴は15年以上。
リアル世界の男性プロと対戦したこともあり、
『女流プロとして余裕で通用するレベル』
と評されたそうだ。
「よしっ! いけっ! 来い来い来い!」
自分が対戦しているわけじゃないのに、先輩たちはエキサイトしまくり。
「おっ! 一発でツモった! 裏ドラが2つのって
タマキが劇的な逆転1位でフィニッシュした。
先輩はガッツポーズを決めたあと、
『おめでとう〜!!!!!』
5,000円分のスパチャを投げている。
この先輩、昔はリアル世界のアイドルにハマっていたらしい。
握手会やチェキ会のために同一のCDを大量に買っていた。
もっとも散財したのが、CDにランダムで生写真が入っているやつ。
自力でコンプリートしたくて、100枚近く買ったらしい。
しかし、ふと気づく。
手元にある10万円をアイドルに費やしたとして、いったいアイドル本人に渡るのは、何円くらいなのか。
1万円は届かない。
1,000円届くかも怪しい。
年収が100万円以下。
そんなアイドルが大量にいる時代だ。
だったら、ファンが費やしたお金はどこへ消えちゃったのか?
プロデューサー、マネージャー。
そういう肩書きの大人が甘い汁を吸っているのではないか。
アイドル本人は死に物狂いでやっているのに。
顔と実名を出して、スキャンダルの恐怖と戦っているのに。
売れなくなったグループは解散。
平均年齢を5歳くらい下げて、同じような子たちがデビューする。
それを決めるのは?
アイドルでも、ファンでもない。
その瞬間、ぷつんと切れる音がした。
風船が弾けるみたいにアイドル熱が冷めてしまった。
そんな時、出会ったのがVTuberアイドルである。
この方式の良いところは、アイドル側の取り分が大きいところ。
さっきみたいに5,000円投げたとして、事務所に所属しているVTuberなら3割くらい、フリーで活動しているVTuberなら7割くらい、本人の手元に落ちるのである。
リアル世界のアイドルは、コストがかかりすぎる。
衣装に、ステージに、レッスン室に、移動費に、大量のスタッフに……。
そういう一切合切がVTuberは小さい。
VTuberアイドルこそ時代が求める姿なんだ! とこの先輩は力説する。
どこまで先輩の主張が正しいのか、タツキは知らない。
適正な対価が払われたらいい。
アンフェアな状況が少しでも解消されたらいい、と思っている。
VTuberのSNSを見ている限り、
『防音室つくりました!』
『東京に引っ越すことにしました!』
『ハイグレードのPCに買い替えました!』
そのような投稿を目にするから、ファンたちの応援は、たしかな追い風となっていそうだ。
タツキのバイト代だって、一部は涼風ナギサに消えている。
コンビニにはちょくちょく出かける、という話があった。
おにぎりとか、プリンとか、ミルクティーとか、女の子の好きそうな物を買うのだろう。
投げ銭する。
そのお金でナギサが食べ物を買う。
それで十分なのだ。
タツキの払った対価が、ちゃんと本人に届きさえすれば。
その中身は、アイスクリームでも、栄養ドリンクでも、野菜サラダでも、何だっていいのだ。
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