第8話
バイトは戦場だな、とつくづく思う。
「7番のシーザーサラダ、まだ⁉︎」
「揚げ物より先にパスタから手をつけて!」
タツキが働いているのは、安さが売りのファミレスチェーン店。
キッチンスタッフの1人として、運ばれてくる食器類を猛スピードで洗っていく。
平皿はつけ置きしてから食洗機の中へ。
ステーキやハンバーグの金属皿は、溜まり次第、手でゴシゴシしていく。
夕食のピークに差しかかったとき、店長に肩をちょんちょんされた。
「ごめん、神宮くん、ちょっといい?」
「なんでしょうか?」
次のシフトの人が30分遅れる。
残業できないだろうか、という相談だった。
「いいですよ。私でよければ」
「ありがとう、本当に助かるよ」
店長はホッとしたように眉尻を下げたあと、混雑しているホールの助太刀に向かった。
大変だな、ファミレスは。
毎日トラブルばかりだ。
ここのお店は食器が汚い!
というのが鉄板クレームなのだが、バイトはマニュアル通りに動いているから、文句をいうなら本部にいってくれ! というのが正直な気持ちである。
(洗剤の量をケチらないとか……汚れが落ちやすいコップ・お皿を採用するとか……あと、うちの店だけ汚いなんてことは断じてない……断じてない)
「神宮くん、それが終わったら、16番のステーキお願い!」
「了解です!」
ファミレスは戦場だ。
アドレナリンが出まくり。
忙しいバイトから解放されて、クタクタの状態で帰ってきたタツキだが、
『皆さん、こんばんは〜! 今日がお仕事のリスナーさんはお疲れさま〜! 今日もまったり配信していきます! みんなの妹、涼風ナギサです!』
このプリティボイスを耳にした瞬間、今日も一日がんばって良かったな、という気持ちにさせられる。
癒しである。
女神様である。
目を閉じていると、手で触れられそうな距離に彼女を感じる。
『んん? 職場から配信観てます、だと〜。こらこらこら〜、真面目にお仕事しなさ〜い!』
たまにいるよな。
職場からVTuberを応援してます、みたいなリスナー。
どんな職場だろうか?
ユルくて倒産しないのかな?
可能なら、タツキもそんなバイト先を見つけたいところだ。
『朝もご案内した通り、乙葉ユメミちゃんとのコラボ配信となります。私たち、ほとんど同時期にデビューして、ナギサの方が1ヶ月だけ先輩なんですよ〜。ナギサせんぱ〜い、と呼んでくれるユメミちゃんが、かわいくて、かわいくて……』
2人の思い出話が語られる。
前回はテトリス十番勝負をやって大激戦だった。
『まだユメミちゃんをチャンネル登録してないよ〜、という人は、ぜひぜひ登録しちゃってください!』
さりげなく宣伝。
『じゃあ、ユメミちゃんを呼び出しますね…………て、向こうから呼び出しきちゃった』
思わず大爆笑。
コメントも草生えまくり。
『ナギサ先輩、こんちゃです』
『こんちゃです』
ナギサの画面にオレンジ髪の女の子がやってきた。
ブレザーの制服がよく似合う乙葉ユメミちゃん。
『ユメミちゃんさぁ〜、今日は何やってた?』
『私はアレですね。朝はナギサ先輩の配信を観てましたよ。ゲームのやつ。私は主人公なのじゃ〜! 完・全・勝・利! とかいって、イキってましたよね』
『え〜、そんな言い方だった?』
『はい、イキり倒していました』
『あっはっは!』
『あんなに楽しそうにRPGプレイする人、初めて見ました。だから、いいな〜、てユメミは思うわけですよ』
『えっ⁉︎ ええっ⁉︎ いいなって何が⁉︎』
『おしゃべりしながらゲームできるの』
『ああっ⁉︎ ユメミちゃんは無言でプレイする派なんだ!』
『はい、それが普通だと思います。ついつい集中しちゃいますね』
『でも、しゃべりながらプレイする方がおもしろいよね?』
『えっ?』
『えっ?』
『…………』
絶句する2人。
しかし、リスナーには大好評のようだ。
『これはウケる』
『かみ合ってねぇの草』
『ユメミちゃん、たまらず沈黙』
すごいな。
台本がなくても笑いをとれる。
ナギサ&ユメミの才能といえる。
『あっはっは! ごめん、ごめん! 私がアホだった!』
『ちょっと、ナギサ先輩、笑ったらダメですよ。今日の配信、わかっていますか? お絵描きですよ、お絵描き。笑ったら、線がぐにゃぐにゃになるやつですよ』
『そうだね〜。真面目にやらないとね〜』
『ナギサ先輩がですね、絵描くの自信な〜い、というから、私の方でちゃんと下絵を用意してきましたよ〜』
『えっ⁉︎ 本当⁉︎』
『えっ? 余計でした?』
『いやいやいや⁉︎』
『不要なら捨てますが……』
『ダメ! ゼッタイ! 捨てるな!』
またまた2人で大爆笑。
仲の良さが伝わってきて微笑ましい。
『下絵を皆さんに公開する前に、ナギサ先輩にだけ見せますね。携帯に……送信っと……。じゃ〜ん、こんな感じです』
『えっ、えっ、えっ、待って! この構図、超ステキなんですが〜⁉︎』
ニヤニヤしているナギサの様子が、3DCG越しに伝わってきた。
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