第12話

 バスにコトコト揺られること15分ほど。

 地元に一つだけ存在する植物園へやってきた。


 バスに乗るの、実は2年ぶりくらいだ。

 ユズキが一緒という条件付きなら、5年ぶりかもしれない。


 だいたいのお店は自転車でいけるし、電車も近くに通っているから、バスは4番手か5番手くらいの移動手段なのである。


 前の日曜にもらったお手紙。

 やはり、ユズキからだった。


『植物園に誘ってくれてありがとう。予定が合わなくてごめんなさい』


 という書き出しに続いて、


『植物園はとても懐かしい』

『やっぱりお兄ちゃんと一緒に出かけたい』


 という気持ちが丁寧につづられていた。


 ユズキの直筆を見て涙が出そうになった。

 冗談でもなく、誇張でもなく、目の奥がうるっとした。


 避けられているのは確かだが、嫌われているわけじゃない。

 それを知れただけでも、タツキにとっては福音ふくいんといえる。


『お兄ちゃんの都合がつく日時を教えてください。ユズキの空いている時間帯は……』


 この日の午後なら大丈夫とか。

 何日の何時から何時ならOKとか。

 直近のスケジュールが添えられていた。


 タツキはお返しの手紙を書いた。

 1時間くらいかけて、ちゃんと気持ちが伝わるよう作文した。


 ドアの下から投函とうかんする。

 すると翌朝には返事がきていた。


『次の日曜、朝の10時出発でお願いします。とても楽しみにしています』


 家を出る前、ユズキは念入りにお化粧していた。

 鏡に向かってニコニコしながら、鼻歌なんかを歌っちゃって。

 これから遊園地にでも出かけるようなテンションで。


 大げさだな。

 息抜きの植物園なのに。


 きっと中学や高校の同級生に出会うことを警戒して、メイクに気合いを入れたのだろうが、余計な心配というやつだろう。


 若者は植物園にやってこない。

 冬だからショッピングモールの方が100倍くらい快適なのだ。


「よし、次のバス停だな」


 タツキは降車合図のボタンを押した。


『次は植物園前です。次、止まります』


 ユズキはさっきから機嫌が良さそうだ。

 時々、肩をゆすって、歌のサビ部分を口ずさむ。


「その歌……」

「お兄ちゃん、知ってるの?」

「うん、昨年リリースされたアニソンだろう。受験があって見逃したけれども、その後、動画配信サービスでまとめて視聴した」

「へぇ〜、いいな〜。ユズキも落ち着いたら観よっと。おもしろかった?」

「ああ、とっても」

「いいな〜」


 この前に受けた全統模試。

 ユズキはA判定だった、と母から聞いている。


 昨年はC判定だった。

 それで惜しくも補欠合格だった。


 普通に考えれば受かるはず。

 風邪を引いたり、当日の怪我さえなければ。


 勉強の成果がちゃんと出たことも、ユズキが上機嫌な要因の一つかもしれない。


「お母さんから聞いた。全統模試の結果、A判定だったって」

「あ、そうなんだ。お母さん、しゃべっちゃったか〜」

「嬉しそうにしていたぞ。合格間違いなしだって」

「でも、私、勝負弱さに定評ていひょうがあるからな〜」


 ユズキは恥ずかしそうに前髪をいじくる。


「滑り止めは? 受けるの?」

「うん、それはお父さんとの約束。2つだけ受ける」


 どちらもユズキの学力なら合格間違いなしのところだ。


「受かって弾みをつけたいな」

「そうだね」


 植物園のドームが見えてくる。

 バスがゆっくりとブレーキを踏む。


「足元に気をつけろ」


 タツキはわざわざ注意したのだけれども、


「うわっ⁉︎」


 ユズキは降り口のところで派手にバランスを崩した。

 タツキが受け止めなかったら、間違いなく転んでいた。


「大丈夫か?」

「うん……ありがとう」


 ユズキの体、軽かったな。

 ちゃんと食べているか心配になる。


「ユズキの体力、落ちちゃったな。高校卒業からそろそろ1年経つから」

「そうだね。あの頃は毎日自転車通学だったから」

「大学に進んだら、体育があるぞ」

「えっ⁉︎ 体育系の大学じゃないのに⁉︎ 体育を受けるの⁉︎」


 1年生は必修科目になっている。

 とはいえ、高校までの体育と違って、ゆるい遊びみたいなものだ。


「卓球とか、フットサルとか、ゴルフとか、ボーリングとか、好きなスポーツを選ぶ感じだ。違う学部の生徒と話すから、友達の輪を広げるには、ちょうどいい機会だと思うぞ」

「えぇ〜、嫌だな〜。ユズキは運動オンチだし、自分から話しかけるの苦手だし」

「心配するな。半分くらいはそんな人間だ。すぐに打ち解けるさ」

「それでも嫌だな〜。集団行動とか得意じゃな〜い」


 唇をツーンと尖らせつつも、その表情はちょっぴり嬉しそうだった。

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