第14話

 頭上にたくさんの星々が輝いていた。


 とはいっても、リアルのお星様ではない。

 米国産の巨大樹・オレゴンモミに、クリスマスの飾り付けが残っているのだ。


 シーズンオフでお客さんが少ないから。

 ささいな理由で片付けを先延ばししているのだろうが、幸せそうなユズキの表情を見る限り、植物園のルーズさには感謝しかない。


「きれいだな」

「うん」


 タツキは携帯のカメラを立ち上げた。

 かわいい義妹の姿を電子データに残しておく。


「あっ! お兄ちゃん、撮ったでしょう!」

「別にいいじゃねえか」

「盗撮! ダメ絶対!」


 ぷりぷりに怒ったユズキが腰に手を当てて接近してくる。


「消すのは勘弁かんべんしてくれないかな?」

「う〜ん……」

「俺が盗撮するのは、この世でユズキだけだから」

「なにそれ、おもしろい」


 アハハと笑って許してくれた。

 こうして波長がぴったり合うと、言葉を交わす回数は減っちゃっても、一つの家族なんだと実感できる。


「ユズキ、ちょっと止まって」


 髪の毛に絡まっている木の葉を取ってあげた。


「あ……ありがとう。なんか恥ずかしいな〜」

「気にすんなって。俺たち以外に人はいない」

「あぅ……そうじゃなくて」

「ん?」


 ユズキがもじもじと体をよじっている。

 間近で見ると、カールしたまつ毛の長さにドキッとする。


「葉っぱが頭についてるなんて、子どもっぽくて嫌だな、て」

「そうか? 植物園を楽しんでいる証拠だろう。無邪気でいいと思うけれども……」

「それでも、嫌だな。ユズキだけ成長していないみたい」


 ユズキのコンプレックスは、子どもっぽさが抜けないこと。

 そんな言葉とは裏腹に、すっかり大人に成長した体を見て、タツキは首を横に振っておいた。


「ユズキは大人になった。大学生になったら、ちゃんと実感できるさ」

「そうかな?」

「うん、バイトしたり、旅行したりできる。お兄ちゃんだって、バイトで貯めたお金で、自動車の免許を取るつもりだ。そうなったら、好きなところにドライブできる」

「へぇ〜、免許を取るんだ〜。いいな〜」


 ユズキの口から、くしゅん! とくしゃみが飛び出す。


「暖かいところで一休みするか」


 カフェテリアの看板が見えた。

 タツキはキャラメルラテを買い、ユズキの前に置いてあげる。


「おいしいか?」

「うん」


 ニコリと笑った口の周りに、おひげみたいな泡がついている。


「大学、おもしろい?」

「そうだな。でも、思ったより大変。高校のときと違って、受験みたいな目標があるわけじゃないからさ」


 将来、自分がどんな仕事に就きたいか。

 そういうことを想像しながら、バイトをやったり、サークル活動したり、資格の勉強をやったり。


 公務員を目指す人なら、そのための講座を受ける必要がある。

 もっと有名な大学へ進みたい人は、受験生に負けないくらい勉強している。


「高校までとは違った大変さがある。みんな思ったより努力している」

「うぅ……そうだよね……進路を見据えるよね……大学が人生のゴールじゃないし」


 バカか、俺は。

 ユズキを不安にさせてどうする。

 これから大学生になるっていうのに。


「でも、大変さが1か2だとしたら、楽しさが8か9だよ。基本、毎日が楽しい。試験の勉強だって、高校ほどキツくない」

「それは朗報かも。ユズキ、丸暗記とか得意じゃないから」


 キャラメルラテを2人で回し飲みした。

 カップに残った2つの飲み跡が、兄妹の証みたいで嬉しい。


 タツキとユズキは血がつながっていない家族。

 他の兄妹よりも、そういう物証エビデンスを求めてしまうのかもしれない。


 帰る前にお土産ショップへ寄った。

 ユズキがミニバラの前で足を止めて、品種や値札をチェックしている。


「欲しいのか?」

「う〜ん、どうしよっかな〜」


 バラが花を咲かせるのは春から夏。

 まだツボミの準備すらできていない。


「ユズキって、昔から切り花が好きじゃないよな」

「よく知ってるね」

「当然だ」


 花だって生きている。

 人の目を喜ばせるために根っこから切り離すのは可哀想じゃないか。

 そう考えるくらいには、優しい心の持ち主なのである。


 そのせいで内気な性格だったり、決断力に欠けるのだが。

 ユズキの美徳じゃないかと、タツキは信じている。


「ミニバラ、買うか。たくさん種類があるから、1個ずつ選ぼう。寒さで枯れないように育てれば、初夏にはきれいな花を咲かせるさ」

「えっ? お兄ちゃんも一緒に育ててくれるの?」

「ユズキは受験勉強があるだろう。それに……」


 タツキはいったん言葉を切り、頬っぺたをポリポリした。


「バラだって、1人きりより、2人一緒の方がいいに決まっている」

「うん! そうだね! 絶対にそうだよ!」


 ユズキがこの日一番の笑顔をくれた。


 どうか鮮やかなバラの花が咲きますように。

 その時、ユズキと同じ大学に通えていますように。

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