第13話

 どこの植物園にも、ガゼボという建物が設置されている。


 西洋風あずまやのことで、だいたいは六角形か八角形で、休憩のためのベンチが置かれており、雨宿りできるよう屋根もついている。


 機能性とデザイン性。

 2つを備えたオブジェの中で、タツキたちは拳一個分だけ距離を空けて座っていた。


「冬の植物園っていいね。春や夏のために、植物は準備しているんだね」

「ユズキと一緒だな。いまは助走期間だろう」


 ユズキが温かいお茶を一口飲んで、ペットボトルごと差し出してくる。


「このジャスミン茶、おいしい。お兄ちゃんも飲んでみて」

「あ、本当だ、おいしい」


 間接キスなのだが……。

 兄妹だから一度も気にしたことはない。


「そろそろ次にいくか。ここは風当たりがいいから、体が冷えてしまう」

「そうだね」


 しばらく鈍色にびいろの空の下を散歩した。


 桜のエリアやバラのエリアを横切る。

 イマジネーションを働かせて、きれいな花が咲いているシーンを想像してみた。


「ねえねえ、見て」


 小さい川に飛び石が並んでいる。


「落ちるなよ」

「大丈夫だって」


 ユズキは、けんけんぱ、けんけんぱ、と声に出しながら対岸へジャンプした。

 タツキも冷水に落っこちないよう気をつけながら渡る。


 温室ドームへやってきた。

 自動ドアを抜けると、モヤっとした空気に包まれる。


「あったか〜い!」


 ユズキがほほをゆるめてバンザイする。


のどは大丈夫なのか? いつもキャンディを舐めているだろう」

「ここにいたら一瞬でいやされた。なんか夏だね。熱帯だね。ジメジメした空気がなつかしい」

「まるでジャングルの中だな」


 アハハという笑い声が響く。

 ユズキが嬉しそうだと、タツキも嬉しい。


 暖房がガンガン効いているドーム内には、バナナの木とか、食虫植物とか、めずらしい木花が植えられていた。

 いかにも毒々しい花の前で、ユズキは熱心にシャッターを切っている。


 続いて砂漠エリアへやってきた。

 大きさも形もさまざまなサボテンが出迎えてくれる。


「これ、おもしろい!」


 ユズキが指さして爆笑している。


「ほら、見て! カエルみたいじゃない⁉︎」

「ああ、本当だな」


 カエルの目玉みたいに、ぴょこぴょこ、と2箇所盛り上がっている。

 ユズキはサボテンの前で、自由研究を楽しむ小学生みたいに、たくさんシャッターボタンを押していた。


「こっちのはウサギみたいだぞ」

「本当だ! ウサ耳みたいなのが生えている! かわいい!」


 さらに大興奮。

 植物園に連れてきて正解だったな、とタツキは安堵あんどのため息をもらす。


 大人の身長よりも大きい巨大サボテンを見つけた。


「ねえ、私の写真を撮って」


 携帯を渡されたので、ユズキとサボテンを1枚に収めてあげる。


「交代。次はお兄ちゃんを撮ってあげる」

「俺は写真を撮ってもらうの、苦手なのだが……」

「いいから、いいから。早く立って」


 大人しくリクエストに従っておいた。


「すみませ〜ん」


 ユズキがスタッフの女性に声をかける。


「1枚撮ってもらえますか?」

「うん、いいよ」


 作業中だった女性は、手袋を外して、こころよくシャッターを切ってくれた。


「もう1枚撮るから」

「ありがとうございます」


 けっきょく2回撮影されることに。


「君たち、地元の人?」

「そうです、そうです」

「植物園でデートするなんて、おつだね」


 ほらみろ。

 ユズキが調子に乗るから、カップルと間違われたじゃないか。


「あぁ……いや……そんなんじゃ……」

「この時期は貸し切りみたいなものだから。ゆっくりしていきなさい」

「はぁ……」


 赤面しまくりのユズキ。


「私たち、そんな風に見えちゃうんだ」

「仕方ない。お互いに19歳なんだ。もう子どもじゃない」


 タツキとユズキの顔は全然似ていない。

 そこらへんもカップルと思われた原因だろう。


「なんか、ごめん、お兄ちゃん」

「なんでユズキが謝るんだよ」

「誤解されちゃったし」

「俺は気にしない」

「本当に?」

「もちろんだ」

「機嫌を損ねてない?」

「どうしてそうなる。俺はユズキのことが好きだ。じゃないと、わざわざ植物園に連れてこない。兄と妹が仲良くするのは、変だというやつもいるが、家族が家族のことを好きで何が悪い」

「うぅ……お兄ちゃんはハッキリものをいうから、ちょっと憧れるな」

「そうか?」

「うん」


 2人のツーショットが収められた携帯を、ユズキは大切そうに抱きしめる。


「私もお兄ちゃんのことが好き……なんちゃって」

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