第15話

 買ってきたミニバラは、日当たりの良い窓際にセッティングした。


 いまは休眠期。

 葉っぱがすべて落ちている。

 光合成できないけれども、土壌どじょうを日光で温めたほうが、丈夫に育つらしい。


 水やりは2日か3日に1回のペース。

 土に触れて、湿りっけをチェックするのがベター。


 かしこい買い物をした、とタツキは思った。

 バラの育ち具合について、1週間に1回くらい、ユズキと会話できるだろう。


 頼むから。

 うっかり枯れないでくれ。

 そんな願いを込めて、肥料を振りまいておく。


 家に帰ってきたとき、ユズキはかなり眠そうにしていた。

 久しぶりに遠出したから、体力をがっつり奪われたのかもしれない。


 いったん、昼寝したらどうか?

 タツキは休息を勧めたけれども、


「ううん、むしろやる気になったから」


 マグカップにコーヒーをれて、部屋に引き上げていった。


 ユズキが前へ進もうとしている。

 それ自体は嬉しい、とても嬉しい。


 けれども、無理はしてほしくない。

 こういう気持ち、家族ゆえの傲慢ごうまんさなのだろうか。


 土で汚れた手を洗っていると、タツキの携帯が鳴った。

 いつものリマインダー通知だった。


『30分後に涼風ナギサのライブ配信が開始されます』


 今日はゲーム&おしゃべり配信の予定となっている。

 事務所の先輩たちと4人でゲーム対戦するのだ。


 VTuberの先輩、後輩というのは、ちょっと特殊なところがある。


 まず実際の年齢は関係ない。

 先にデビューした方が先輩という決まり。


 中にはソロ活動の期間が長くて、そこそこ知名度がある状態で事務所に加わって……というVTuberも少数ながらいる。

 そういう場合の扱いだけはグレーゾーン。


 あと、活動歴3年ともなれば大先輩。

 新人を名乗れるのも最初の6ヶ月くらい。

 とにかく後輩が次から次へと登場してくる。


 ここらへんはアイドルブーム時代と似ているかもしれない。


 一番デリケートそうなのが、活動歴の長さと人気は必ずしも比例しない点。


 涼風ナギサの方が後からデビューしたけれども、チャンネル登録者数では先輩を抜いちゃった。


 もしくは、それと逆のパターン。

 涼風ナギサより後からデビューした後輩に、チャンネル登録者数で抜かれちゃった。


 そんなの日常茶飯事なのだ。


(本人たちが気にするというより、ファンが気にするケースが目立つ。〇〇より〇〇が格上みたいな口論になったり……。もちろん、リスナーやファンが見えるところで論争するのはNG)


 後輩が先輩をリスペクトする。

 先輩も後輩のことを大切にする。


 そういう奇跡じみた仲の良さは、リスナーが一番求めている景色だし、いつまでも見守っていたくなる。


 ところが、である。

 この日、涼風ナギサに大問題が起こった。


『あれ? ナギサちゃん、INしてなくない?』


 この声は二子神にこがみタマキ。

 愛称はニコちゃん。

 神様なのに巫女みこをやっているという設定のVTuberだ。


『遅刻かな〜。もう時間を過ぎているよね〜』


 おっとりした声の持ち主は、鬼竜きりゅうヨミ。

 愛称はヨミ姫。

 鬼一族のお姫様というコンセプトのVTuberだ。


 二子神タマキも鬼竜ヨミも、ナギサの大先輩なのである。

 そんな彼女たちとのライブ配信に、まさかの遅刻。


 とはいえ、開始から3分しか経っていない。

 パソコンのトラブル、あるいは回線の不調という可能性もあるのだが……。


『この企画を持ってきたの、ナギサちゃんだよね〜』


『そうだったね〜。コラボしませんか〜、てね』


『企画主が遅刻するとは……ナギサちゃん、いい度胸だぜぃ』


『とりあえず5分だけ待ってみて、それから5分経過するごとにペナルティを課しましょう』


『いいね! 私たちの好きなところを教えてもらおう!』


 かれこれ10分が経過した。

 ナギサがINしそうな気配は微塵みじんもない。


『あれあれ〜? ナギサちゃん、寝てんじゃないの?』


 二子神タマキがリスナーの気持ちを代弁する。


『でも、いま夕方だよ? 普通、起きてない?』


 鬼竜ヨミはナギサの肩を持っている。


『いやいや、30分昼寝するつもりが、3時間寝ちゃいました、て流れじゃないの?』


『え〜、でも、ナギサちゃんって、まだお酒飲めない年齢だよね』


『いやいやいや! お酒飲まなくても昼寝はするべ!』


『そうかな?』


『するする! これ、昼寝してるよ!』


『いや〜、だって……私は飲まないと昼寝できないな〜』


『誰もヨミ姫の趣味は聞いてないって! あっはっは! 飲むと寝るがセットって、ババアかよ!』


 コミカルなやり取りに、向こうのリスナーは大喜びしているが、気が気じゃないのが涼風ナギサのファンたち。


 えらい事になった、えらい事になった。

 ナギサが昼寝(⁉︎)で配信をすっぽかしている。

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