第16話

 ナギサが遅刻している間にも、ライブ配信の視聴者数はうなぎのぼりに増えていく。


『やべぇな、もう15分経っちゃったよ』


『カップ麺が5個できるね〜』


『そうそう、5個だね。ていうか、律儀りちぎに1個ずつお湯入れるんだ? それってパラレルで良くない?』


『いやいや、うちの電気ケトル、カップ麺1個分のお湯しか沸かせないんよ』


『あっはっは! ちっせぇ! 500mlくらいってこと⁉︎』


『450mlだったと思う』


『かわいい〜。でも、それさ、大盛りの焼きそばとか、お湯が絶望的に足りなくない?』


『うんうん、だから麺の上半分が、けっこう硬くなる。アハハ……』


『いやいや! そこはお鍋で沸かしなさいよ! いつかお腹が痛くなるよ〜!』


『え、じゃあさ、じゃあさ、私に大きい電気ケトルを買ってよ』


『どうしよっかな〜。かわいくお願いしてくれたら、買ってあげようかな〜』


『ねえねえ、ニコちゃん、私に電気ケトル、買って♪』


『いやです♪』


『なんでだよ! かわいくお願いしたじゃん!』


『なんかね、鳥肌が立った。若作りしてんな〜、みたいな』


『若作りじゃねえよ! こちとら、ピチピチのお姫様だよ!』


 軽妙なトークで場を盛り上げる二子神タマキ&鬼竜ヨミ。


 さすが大物VTuberだ。

 1秒たりともリスナーを退屈させない。


『あと、カップ麺といったらさ、3分間を計るときに、それくらいの長さのミュージックビデオを再生しない?』


『やるやる。私がいつも流すのはね〜』


 鬼竜ヨミの口から、いくつかヒット曲が出てくる。

 3分ならコレ、4分ならコレ、5分ならコレ、といった感じ。


『お気に入り登録しているの?』


『うんうん』


『お利口さんだね〜』


『でもね、たまに広告が流れて、3分間がズレちゃうの。それだけが悩みかな〜』


『そりゃ、仕様だよ! 仕方ないよ! むしろプレミアム会員になっとけよ!』


『あっはっは!』


『ケラケラケラ』


 さらに5分が経過したとき、

『ナギサちゃん、25分の遅刻』

『こりゃ、熟睡してるな』

『完全にアウト!』

 みたいなコメントが大量に流れてくる。


『ニコちゃん、電話してナギサちゃんを起こしてあげた方がいいよね?』


『さっきからね、何回も電話してんだよね〜』


『あれあれあれ〜。そうなんだ』


『3人だけでゲームを始めちゃうのも悪いしな〜』


『どうしよっかな〜』


『ね〜』


 マズい、マズい、マズすぎる。

 タツキの胃袋まで痛くなってきた。


 ナギサって、ちゃんと時間を守るイメージなのだ。

 中には遅刻の常習犯みたいな人もいるけれども、そういう芸風のVTuberとは一線をかくす。


 よりによって、コラボ配信で遅刻なんて。

 むしろ事故とかに巻き込まれていないか心配。


 タツキは喉をうるおすため、リビングまでいき、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。


「ん?」


 携帯が鳴っている。

 ユズキのやつだ。

 置き忘れっぽい。


「……⁉︎」


 しかも、驚いたことに、ディスプレイには『怒らせたらヤバい鬼講師の人』と表示されている。

 同一人物からの着信が5件、10件と溜まっている。


 おい⁉︎

 とんでもない名前だな!


 とにかく、ユズキに知らせないと。

 この電話の相手、カンカンに怒っているかもしれない。


「おい! ユズキ! ユズキ!」


 ゴンゴンゴンッ! と強めにノックした。

 防音仕様の部屋なので、このくらい叩かないと、気づいてくれない時がある。


 待つこと30秒くらい。

 わずかに開いたドアの隙間から、


「あれ? お兄ちゃん? どうしたの?」


 いかにも寝起きです、といった表情のユズキが顔をのぞかせる。


「お昼寝中か? すまん、これを届けにきた。さっきから、鳴り止まないんだ」

「あっ……」


 ユズキの顔が完全にフリーズ。

 やっぱり、相当ヤバいシチュエーションみたい。


「もしかして、オンラインの講義に寝坊したのか?」

「あ〜、うん、そうだね……あはははは……」

「怒られるのか?」

「いや……たぶん平気……話せば分かってくれる人だから」

「そうか。でも、予備校は商売なんだ。ユズキはお客さんなんだ。向こうの態度があまりに横柄おうへいなら、俺がクレームを入れてやる」

「ありがとう! 本当に大丈夫だから! あとは私一人で上手くやるから!」


 こうして会話する時間も惜しいというように、ユズキはドアを閉めてしまった。


 誰なんだ?

 怒らせたらヤバい鬼講師って?


 一人残されたタツキは、釈然しゃくぜんとしない気持ちのまま、部屋に引き下がるしかなかった。

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