第11話

 タツキは反省した。

 VTuberに割いている時間を、もっとユズキに充てようと思った。


 花だな。

 ユズキが好きなものといえば花。


 ネットで調べてみると、近くにある植物園で、冬のフラワーフェスティバルなるものが開催されている。


 入園できるのは朝の9時から夜の9時まで。

 夕方5時以降なら、イルミネーションが楽しめるそうだ。


 よしよし。

 お金があまり必要ないから、ユズキだって遠慮しないだろう。


 ユズキの引きこもりも気になった。


 勉強のためとはいえ、コンビニにすら足を運ばず、ずっと家にいるのではないだろうか。

 太陽の光を浴びない人間は、病気になりやすいというし、外出させる口実として、フラワーフェスティバルは打ってつけ。


 大切なのはメリハリだ。

 ONとOFFの切り替えが必要だ。


 あくまで受験を成功させるため。

 そういう口実で説得したら、ユズキも嫌とはいうまい。


「なあ、ユズキ」


 2人で朝食を食べているとき、タツキは切り出した。

 目の前にはトースト、ハムエッグ、サラダ、カットフルーツが並んでおり、妹のため栄養バランスを考えて用意したのだ。


 両親はそろってお出かけ中。

 腰の状態が思わしくない父のため、温泉まで遠出してくるらしい。


「久しぶりに花を見にいかないか。散歩がてらさ。植物園で冬のフラワーフェスティバルをやっている」


 プリントしておいた紙をテーブルに置く。

 生け花とか、フラワーアレンジメントとか、女の子の好きそうな言葉が並んでいる。


「パソコンの画面で勉強しているだろう。眼球疲労とか、けっこう辛いのではないか。たまには、自然の緑に触れた方がいいと思う」

「へぇ〜」


 ユズキは興味ありげに紙を眺めた。


「今日いくの?」

「うん。時間なのだが、10時に出発するのはどうだろうか?」


 実は、朝の10時から涼風ナギサのライブ配信がある。

 優先順位が『ユズキ >>> ナギサ』であることを証明したいタツキとしては、ナギサの配信を無視してでも、ユズキとお出かけした、という実績が欲しいのだ。


 向こうはバーチャルな妹。

 リアルの妹に勝てるはずがない……と信じている。


「ごめんね、お兄ちゃん、誘ってくれたのはありがたいのだけれども……」

「オンライン予備校の講義が入っているのか?」

「うん、ごめん」


 ユズキは申し訳なさそうに視線を伏せる。


 これは想定の内。

 タツキには二の矢がある。


「だったら、夕方の6時はどうだ? 2時間以内に戻ってこられるから、勉強の妨げにはならないと思うが」


 こっちの時間帯にも、ナギサの歌配信がスケジュールされている。

 リアル妹優先にこだわろうとしたタツキだが……。


「ごめん」

「その時間帯も予備校なのか?」

「うん、もう講義を予約しちゃっているから、受けないといけなくて。……ねえ、お昼の1時から4時のあいだはダメかな? お兄ちゃん、予定とかある?」

「うっ……すまん。サークル活動で利用している部室の掃除当番になっている。2人1組で掃除するから、サボるわけにはいかないんだ」

「そっか。だったら、仕方ないね」

「いやいや、気にするな」


 ユズキを元気にさせたくて持ってきた企画だ。

 都合がつかないのなら諦めるしかない。


「フラワーフェスティバル、しばらく開催中だから。天気のいい日にお母さんと一緒に出かけてもいいよ。平日なら、人も少ないだろう」

「うん、ありがとう」


 けっきょく、この日もナギサの配信を観た。

 昼間は大学に顔を出したけれども、帰ってきて、早めに夕食を食べて、一息ついたらナギサ配信を開く。


 まさに中毒。

 まさに生活の一部。

 ナギサ配信を観ないと、1日を生きた心地がしない。


 あと、ほぼ毎日配信なのも良くない。

 目が、耳が、心が、涼風ナギサという3DCGアイドルを欲している。


 常連リスナーの1人が、


『ナギサちゃんは、オリジナルグッズとか販売しないのですか〜?』


 という質問を投げている。

 それに対して、ナギサの口からは、


『あまり考えたことないですけれども……。オリジナルグッズを販売されている他のVTuberの人たちを見ていると、あ、いいな〜、とは思いますね〜。ていうか、欲しいですかね、皆さん? ナギサですよ〜? 冷やかしでいってません? もし、欲しいという意見が多そうなら、マネージャーさんと相談してみますが……うふふ……何ができるかな〜?』


 ちょっぴり前向きなコメントが語られる。


 オリジナルグッズか。

 鉄板なのはTシャツ、コップ、マウスパッドあたり。


 でも、家族に見られたら恥ずかしいな。

 母親はともかくユズキに見つかったら悲しい。


 そこはキーホルダーとか……。

 お求めやすくて、小さいのが嬉しいかも。


 て、アホか⁉︎

 思考が買う前提になっている!

 なまじ収入源があると、人間って、散財したくなる生き物といえる。


「好きすぎて辛い……」


 配信が終わって、パソコンの前で悩んでいたとき。


 ガサッ。

 ドアの下からタツキの部屋にお手紙が差し込まれてきた。

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