第48話

 タツキにはどうしても知っておきたいことがあった。

 それをユズキが自発的に打ち明けてくれることを望んでいた。


 なぜユズキはVTuberになったのか?


 その一点である。

 それだけのために、ここ数日を生きてきた。


 ちょっとした欲望もあった。

 ユズキがVTuberデビューした理由に、ほんの1%でいいからタツキが関係していてほしい、という小学生みたいな野望である。


 答え合わせするのは怖かった。

 いつだって期待と恐怖はコインの裏表なのである。


「私がVTuberになろうと思ったのは……」


 ユズキの目に複雑な感情が浮かんだり消えたりした。

 その中にタツキへの愛が含まれているのを発見するのは、白いヒツジの群れから1匹の黒いヒツジを見つけるくらい、たやすい行為だった。


「自分が誇れる自分になりたかったから、何か一つをやり遂げたという自信がほしかったから、ダメダメだった私を変えたかったから」


 ユズキは全部を語ってくれた。

 VTuberの面接があった日のことを。


 アイドルみたいに可愛い子とか、モデルさんみたいに垢抜あかぬけた子がいて、とても肩身の狭い思いがした、と教えてくれた。


「私の番がやってきて……いろいろと質問されて……」


『VTuberとして、どのようなゴールを想定していますか?』


 向こうの社長さんからそんな質問が飛んできた。

 面接の疲れと、極度の緊張から、当時のユズキは、


『お兄ちゃんに告白して結婚します!』


 とんでもない爆弾発言をしたらしい。


 これが大ウケした。

 社長さんもマネージャーさんも、一瞬目を丸くしたが、いったん笑い出すと止まらなくなった。


 私には一緒に育ってきた兄がいて……。

 血のつながりは薄いから結婚できる方の兄で……。

 昔から好きで……。

 でも、兄はユズキより出来がよくて……。

 とてもじゃないけれども、好きなんて打ち明ける勇気はなくて……。


『VTuberになって成功するってすごいことじゃないですか⁉︎ それが達成できれば、この世に存在する99.99%のハードルはクリアできると思うんです! だから、VTuberになって、好きな人に想いを伝えます!』


 いいんじゃないの。

 それが社長さんからの回答だった。


『一万人くらいの志望理由に目を通してきたけれども、君みたいな人材は初めてだし、これから出会うこともないだろうね』


 社長の左右にいるスタッフも賛同してくれた。

 ユズキのVTuberデビューが決まった瞬間だった。


 もちろん、他の能力も含めて総合的に判断されたのだろう。

 歌だったり、絵だったり、配信できる回数だったり。


 けれども、ユニークな志望理由が決め手となった。

 この子をデビューさせてみたい、と思わせるだけの何かをユズキは持ち合わせていた。


 周りの人が応援したくなる。

 それがユズキの一番の才能。


 すべてを語り終えたユズキが、ハァハァと息をあららげる。

 けれども視線はまっすぐタツキを見ていた。


 驚いた!

 1%なんてものじゃない!

 むしろ逆、主たる理由はタツキだった!


 要領が悪くて、自信なさげで、兄の影に隠れて生きるユズキはいない。

 心も体も立派なレディに育っている。


 たった1年間でユズキは見違えるほど成長した。

 家族のため、何よりタツキのため。


 嬉しすぎて、嬉しすぎて、その事実を受け入れるのに苦労した。


「いいのか、ユズキ。俺なんかで。いや、俺としては断る理由なんてないのだが……」

「それは私のセリフだよ。お兄ちゃんを好きになるなんて。こんなこと、許されるのかな? 変じゃないかな?」

「じゃあ、俺からも、かなり変なことをいう。ユズキのことを愛している。この世の誰よりも愛している。近いうちにお父さんとお母さんに報告しよう。そして俺たちの交際を認めてもらおう」

「そんな……いきなり……まだ心の準備が……」


 ユズキがパニックを起こすかもしれない。

 生き残っている理性を総動員させたタツキは、相手のペースに合わせて慣らしていくべきだ、と年長者らしい判断を下した。


 キスしたい。

 この場でユズキを抱きしめたい。

 その衝動を殺すのは、拷問ごうもんに近いものがある。


「そうだ。ユズキにプレゼントがある。兄から妹に渡す最後のプレゼントになるかもしれない」

「それって……」

「次からは恋人としてプレゼントを渡したい」

「ッ……⁉︎」


 すると信じられないことが起こった。

 ユズキの方からタツキにすがりついてきたのだ。


「お兄ちゃん、ずるいよ……好きすぎて、好きすぎて、ユズキの胸が苦しいよ」

「そういう甘え方はマズい。俺だって好きすぎて心が痛いんだ」

「キスとかしたら……ちょっとは楽になるのかな?」


 ここまで積極的なユズキは初めてだったし、却下するにはあまりにも魅力的な提案だった。

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