第47話

 やってしまった。

 何もかも打ち明けてしまった。


 小説とか映画で知っていたけれども、思いのたけを告げるという行為は、とてつもない心の痛みをともなった。


 妹を好きになってしまった。

 いや、好きになった相手が妹だったというべきか。


 君を幸せにしたい?

 なんて傲慢ごうまんなのだろう。


 ここは21世紀。

 男性のフォローなんかなくても、女性は勝手に幸せになっていく。

 現にユズキはVTuberとなり、たった1年で小さくはない成功を手にした。

 偉業である、快挙である、時代にフィットしている。


 けれども、願ってしまったものは仕方ない。

 ユズキの笑った顔が見たい、笑った声が聞きたい、その手にもっと触れてみたい。


 いつか2人だけで旅行したい。

 知らない土地を歩きたい、知らない景色に触れてみたい。


 単なるわがまま。

 今よりさらにユズキの人生を分けてほしい。


 ウグイスが鳴いている。

 木の枝の落ちる音がする。


 ユズキはしばらく無言だった。

 ぬぐっても拭ってもあふれてくる涙と格闘していた。


 ようやく言葉になった一言は、YESでもNOでもなく、


「このムービー、もう1回観てもいい?」


 タツキの許可を求めるセリフだった。


 リピート再生してあげる。

 みなさん! はじめまして! の自己紹介がスタートする。


 ときどき笑っている。

 かと思いきや、涙ぐんでいる。

 でも、動画が終わるころにはニヤニヤが止まらなくなっている。


「この動画って、一般公開されているの?」

「そうだ。下にスクロールしたらリスナーのコメントがついている」


 大量のお祝いメッセージが書き込まれていた。


『300日おめでとう!!!!!』

『メチャクチャ成長したね!』

『いつも笑顔をありがとう』


 どのリスナーも馴染みの人ばかり。

 すべてを読み終えるまでに、3回くらい目をゴシゴシしている。


「そうだ。私からも……」


 ユズキが自分の携帯からムービーにアクセスした。

 コメント欄に、涼風ナギサのアカウントから、以下のメッセージを打ち込む。


『動画を用意してくれたタッキーさん、その他のリスナーさん、いつも応援ありがとう! 次の300日もよろしくね!』


 ポチッと送信。

 タツキが画面をリロードすると、新着コメントのところに涼風ナギサのアイコンが表示されていた。


 これは嬉しい。

 VTuber本人からコメントをもらうなんて、リスナー冥利みょうりに尽きる。


「もうっ! お兄ちゃん!」

「どうした?」

「知っていたなら、知っているって教えてよ!」

「つい最近知った。だから、教えた」

「うぅぅぅぅぅ〜」


 ユズキはふくれっ面を浮かべようとしたが、失敗してニヤけている。


 嬉しいんだな。

 それが分かっただけでも、動画作成にかかったタツキの数十時間が報われる。


「それで……ユズキ……」


 こほん、と咳払い。


「俺の気持ちは伝えた。だから、返事を聞かせてほしい。じゃないと、生殺しみたいな状態だ」

「ああ……そうだよね……」


 恥ずかしそうに前髪をいじくる。

 それからタツキに上目遣いを向けてきた。


「ごめん、お兄ちゃん、感動の無限ループみたいになっちゃって、頭の中が3回くらい真っ白になっちゃって……」

「えっ……?」

「もう1回、ユズキに告白してくれないかな?」

「うっ……⁉︎」


 これは辛い。

 完ぺきな告白を決めたと思ったのにリテイクだと⁉︎

 絶対に1回目より2回目の方が下手くそになるじゃないか⁉︎


 ええい、ままよ!

 タツキは男らしく腹をくくった。


「まず、好きな理由だ。たくさんあって、ひたむきに努力する、失敗してもめげない、率直、嘘をつかない、先輩から可愛がられる、リスナーから支持される……」


 タツキが1つ1つ教えるたび、満足そうにうんうんしている。


「VTuberの活動は大変なのに、それをおくびにも出さない、芯の強さみたいなやつ。そういう全部が好きだ」


 これは恥ずかしい。

 たぶん、ユズキよりも赤面している。


「えへへ、そんなに褒められたら嬉しすぎて舞い上がっちゃうな〜」


 タツキは告白を続ける。


「ユズキのことが好きだ。妹としても好き。家族としても好き。そして女性としても好きだ。ユズキと恋人になりたい。いつか、今とは違った意味で家族になりたい」


 すべてを聞き届けたユズキがにっこりと笑う。

 恋人がするように、タツキの手を包むように握ってくる。


「ありがとう。とても嬉しいです。じゃあ、私からも大好きなお兄ちゃんに、今日のために用意してきたメッセージを伝えるね」

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