第一章「変態紳士 アルバート伯爵」

第8話 束の間の休息

雲ひとつない満月の日。

とある屋敷にて、小柄で茶髪の少女「ベリー」とベリーと同じ身長で緑髪の少女「メアリ」は何かに必死に逃げていた。


「はぁ…!はぁ!大丈夫…!あともう少しで外に出られる…!」


「…きゃっ!」


ベリーはメアリにそう言いながら彼女の手を引っ張るように玄関へと走っていると、メアリがカーペットに躓き、転んでしまう。


「…大丈夫!?」


「だいじ…いった!」


ベリーはメアリの元へ駆け寄り、心配そうに声をかける。

メアリの膝は擦りむいており、出血していた。


コツ…


背後から何者かの足音が聞こえ、少女達は危機感を感じた。


「…行って…」


メアリは心の中で諦めを感じつつ、一人だけでも救われればいいと思い、覚悟を決めベリーにそう告げる。

だが、ベリーは共に逃げたかった。


「行って…って…。メアリの事置いていけない…」


「いいからっ!私が囮になるから…あんたは…ベリーは早く逃げて!!」


メアリはベリーの事を睨みつけ、強い口調で言った。


「…分かった…でも、またここに戻ってくるから…。その時は助けを呼んでくるから…!」


メアリの言葉を聞き、不安と恐怖心に押し潰されそうだったベリーはメアリにそう告げ屋敷を飛び出した。


「…さて…。私をどうするの…?おじさん…」


屋敷内で一人になったメアリは足音の聞こえた背後を見て、何者かにそう言った。



場所は変わり、とある街の中の宿。


私「冴島結衣」はサーニャにこの世界の言葉について教えてもらい、ミーナは街で買い出しと依頼集め、ロゼッタとマーガレットはベランダでガーデンチェアに座りながらのんびりしていた。


この世界の言葉は英語で、よくわからない文字や記号ではないので思ったより簡単だが、高校レベルの英語しか出来ない私にとってはたまに分からない単語がある。


それに、文は英語なのに言語が日本語な事に凄く違和感を感じる。

スマホがあれば頼りたいがそんなものあるわけない。

「郷に入れば郷に従え」ということわざがあるように、今はこの環境に従い、慣れていくしかない。


ちらっとベランダに目をやると、タバコを吸いながら新聞を読むマーガレットとガーデンチェアの背もたれを少し倒しながらのんびりとしているロゼッタの姿が目に入る。

あそこの空間だけ、独特の大人な雰囲気を感じられた。


「…何も依頼来ないな…」


タバコを吸うのと、新聞を読む以外する事のないマーガレットがロゼッタに話を振る。


「依頼ない方が平和でいいじゃん…」


ロゼッタもする事がないのか退屈そうにマーガレットの話に返答する。


「確かに、私らにくる依頼ってろくなのないしな…。けど…暇だし、報酬がないのはなぁ…」


「報酬なんて無くてもお金には困らないしいいじゃんー…」


ロゼッタはそう言いながら、魔法でマーガレットの膝下に札束を出す。


「何もしないで金貰えるのはいいんだけど…。いや、なんかちげぇんだよな…」


マーガレットはそう言い、ロゼッタに札束を投げ渡す。


「マーガレットってそういうところ真面目だよね」


「うーん…そうか?」


「うん」


「そうかー…」


マーガレットは読んでいた新聞を折りたたみ、腹の上に被せるように置く。そして、タバコを吸いあくびをする。

ロゼッタとマーガレットの会話は退屈しのぎという感じで、それぐらいする事がないのだろう。


「…はい!今日はここまで!何となく分かった?」


「うん、ありがとう。サーニャ」


サーニャがポンっと手を叩き、今日の勉強は終了した。

久しぶりに机に向かったからか身体を伸ばしてみると予想以上に気持ちいい。

それぐらい集中していたのだろう。


「ねぇサーニャ、サーニャ達って依頼が無い時って何してるの?」


「うーん…。年上組はああいう風に何もしないで、私とミーナは街をぐるぐる散策する感じかな。それでもする事無かったらボケーっとするしかないね。まあ、私達のとこに来る依頼はかなり疲れるし負傷するのばっかりだから、束の間の休息って感じかな」


「へー…」


サーニャの言う通り、マーガレットと共に行った依頼は簡単に言えば「救出」だが敵を倒さないといけなかった。

何もしてない私でもどっぷり疲れたが、マーガレットはもっと疲れていたのだろう。

そう考えると依頼のない、特に何もしないこの時間が退屈ではあるが身体や心を癒す大切なひと時だと思った。


何もしないこの時間のまま進み、元いた世界に戻れればそれでいい。そうあって欲しい。


ガチャ


扉の開く音が聞こえ、扉の方を見ると大きな紙袋を抱えたミーナと少女が立っていた。


「ただいまー」


「お帰りー…ってミーナ、その子は?」


「私達に依頼したいんだって」


ミーナは持っていた紙袋を机の上に置きながら、そう言った。

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