第29話 空間

「…っ!くっそ…!」


少女に操られた結衣はマーガレットに向け、矢を放ち続け、マーガレットは必死に避け続ける。

じわじわと体力が削られていくうちに矢がマーガレットの体を掠めていく。


「ユイ!やめろ…!目を…!覚ませ!」


「…。」


マーガレットは必死に結衣に叫ぶが、結衣は何も答えずロボットのように放ち続ける。


マーガレットの持っている銃で撃てば解決する話だが、結衣にそれをやってしまったら死んでしまうし、死にはしないところを狙ったところで魔法は使えない。

結衣を負傷させた後、自宅へ運ぶという手もあるが、今の場所からマーガレットの家まではかなり距離がある為、間に合う確率は低い。

なので、今のところどうにか目を覚まさせるしか作戦はないのだ。


「…あー。一つ言い忘れたけど、操ってるのは私だから私を殺せばいいって思ってると思うけど、それやったら彼女も死ぬからねー……。チッ…フルコン逃した…」


少女は必死に避け続けるマーガレットを見向きもせず、スマホでリズムゲームをしながらマーガレットに話した。


(ちっ…!じゃあ、どうにかして近づくしかねぇじゃんか!)


マーガレットは少女の話を聞き、苛立ちながらそう思った。




…ん?ここ…どこだろう…?

私(結衣)は何もない真っ暗な場所で目を覚ました。

辺りを見渡しても何もない真っ黒い空間。

ただここで立ち止まっても意味がない気がした為、私は立ち上がってみるが、その時ある事に気がついた。


それは、音だ。

立ち上がろうとする時に発生する地面に手を置く音、服が擦れる音、自分の声、心臓の音、全ての音が聞こえない。

試しに口を開いて声を出そうとするが、口が開くだけで声は出ない。

声帯が…と思い喉を触るが、触った感覚のみで音はない。

耳は特におかしくなった感じはない。

とても気持ち悪い感覚だ。


私はすたすたと辺りを見渡しながら歩いていくが、やはり足音は一切聞こえない。

そして、周りには何もない。


不気味だな…と頭の中で思っていると、何もない場所に突然壁が現れたかのような感じで、何かにぶつかった。

ぶつかった音はやはり無く、ぶつかった場所を見ても何もない。

試しに手を伸ばしてみると、謎の硬いものがある。

壁?と思いながら触っていくと、ある突起物に触れる事ができた。

突起物はドアノブの様な触り心地をしており、回してみるとドアのロックが開いた様な感覚が手に伝わってくる。


ゆっくりとドアを開いてみると、ドアの隙間から入り込んでくる強い光に私は目を眩ませた。


「…何…ここ…?」


目をゆっくりと開き、辺りを見渡してみると、そこには真っ赤な空、奥へと続いている電柱、奥の方には小さな島と崩れかけそうな鳥居があった。

そして、私は足首ほどの水深の池?かはよく分からないがそこに立っており、この空間は異様なまでに煤っぽく息苦しさを少し感じる。


鳥居へ向かえば何かあるかも…と思い、私は歩き進めるが、やはり環境音は何も聞こえず、代わりに自分の心臓と声、呼吸だけが聞こえるようになった。


「はぁ…はぁ…なんで…?どういう事…?」


私は鳥居を目指して歩いているはずが、景色は何も変わらない。

近づいてる感じもなければ遠のいてる感じもなく、立ち止まったままの様な感じだ。

だが、足首には歩くたびに水をかき分ける感覚だけが伝わってくる為とにかく気持ち悪い。


ザザアアアアアー!


「え…?」


突然、私の耳にノイズ混じりの人の声が聞こえ、誰かいるのかと思い背後を確認する。


「あれ…?…どういう事…?さっきと景色が…」


背後には誰もいなかったが、背後に広がる景色はさっきのと全然違う景色だった。

不思議に思い、辺りを見渡してみると数秒前まであった鳥居の景色は消え、電光掲示板に改札口、エスカレーター、エレベーターと私がいた世界の駅の様な景色が広がる。

私が今いる場所は改札内コンコースなのだろうか、エスカレーターの前には乗り場案内と行き先が書かれている。

だが、誰もおらず不気味さを強く感じる。


何か手掛かりがないかと思い、私は改札口を跨ぐようにして越える。

私のいた世界の感覚が残っていたからか、少し罪悪感がある。

改札口を越え、目の前に広がる景色を見て私は今どこにいるのかが分かった。


「ここって…仙台…?」


私のいた世界では一度も来たことがないし、かなり距離がある為無縁だったが、テレビで見た事ある光景が目の前に広がる。

異様なまでに広い空間、そして目の前に見える巨大な縦長のステンドグラス。

何となくだが、このステンドグラスは印象に残っていた為ここが仙台駅だと分かった。

だが、一つ気になる事があった。


「こんな絵柄だったっけ…?」


私の頭の中のステンドグラスは青がやたら多かった印象だが、今目の前にあるステンドグラスは青なんて一切なく、タロットカードの様な絵柄でアレゲニーで私に何かをした少女の様な人物が写っている。

少女の服装が白のうさ耳がついたパーカーだったからよく覚えている。

一つ違うとすれば、胸元に血痕の様なものがある事だ。


………イ………!………ユ………!


ステンドグラスに見惚れていると、突然脳内に聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「マーガレット…!マーガレットなの!?」


その声はノイズがかった声だが、誰だかすぐに分かった。

私はどこかにいると思い、辺りを見渡すがマーガレットはいなかった。


「マーガレット!どこにいるの!マーガレットッ…!」


私は必死に叫ぶが、誰もいない広場に私の声がこだまするだけだった。

どうすればいいのか…と思った私は、再びステンドグラスを見た。

元はと言えば、少女に出会わなければこんな事にならなかった筈だ。不思議とだが、ステンドグラスに写る少女の表情が私を馬鹿にしているように見えてきた。


「…っ!早くこの世界から出してよ!」


私はそう言いながら近くの売店にあった缶ジュースを投げつけた。


ギギイッ!


投げつけた缶はステンドグラスに当たる前に、黒い影に当たり、影は床にべちゃって音を立てて落ちた。


地面に落ちた影から四体の人の形をした全身黒、頭が丸で顔に黄色で鋭い目とギザ歯が描かれており、爪がとても鋭い私のいた世界で一定層に人気だったゲームキャラクター「リベリオット」が現れ、私の方を睨みつけてくる。

「リベリオット」はステンドグラス内の少女のスマホにもキーホルダーとしてぶら下がっている。

おそらく彼女のお気に入りのキャラクターなのだろう。


「こいつらを倒さなきゃいけないの…?」


私は小声でそう言い、弓矢を出せない事に気がついた為仕方なく売店にあったビニール傘を武器代わりに手に取った。

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