第10話 伯爵

ギイィ…


ロゼッタと私は鍵の掛かっていない扉をゆっくりと開け、中へと入っていく。


屋敷内は家具は最低限ある程度、照明はあるが灯されていない。

唯一の明かりは窓から入る日光のみ。


「いらっしゃいませ、お二方!」


少しずつ奥へ進もうとすると、奥から低い男性の声が聞こえ、私達はぴたっと足を止め警戒する。


「ユイちゃん、弓矢出しといて」


「すでに出してます」


「やるね…」


コツコツと足音が近づいてくる中、私とロゼッタは小声で話した。


「おやおや、お二方!そんなに警戒なさらないで!私は女性に危害なんて加える気はまっったくないので!」


タキシード姿でシルクハットを被り、黒い杖を付いた男が私達に向け、自信満々に言った。

私からしたら変人にしか見えない…。


「そう?なら、私達仲良くする為にあなたの名前を教えてもらおうかしら?」


ロゼッタはタキシード姿の男にそう言った。

おそらくだが、ロゼッタはこの男とは一切仲良くなる気なんて無いだろうが、交渉の為という建前で言っているのだろう。


「いいでしょう!私の名は「アルバート・デ・ニール」!アルバート伯爵とでも呼んでください!」


男は何も躊躇なく自己紹介をした。


「そう、じゃあ今度は…」


「いえ!結構!あなた方の名前は言わなくても分かります!ね?ロゼッタさん?そして、隣にいるユイさん?」


ロゼッタが私達の名前を言う前に、アルバート伯爵は私達の名前を言い当て、ロゼッタは少し驚いた様子だった。


私達は小学生みたいに名札なんて付けているわけない。

どうやって名前を当ててきたのか私には理解出来なかった。


そんな私達を差し置いて、アルバート伯爵は私達の体を舐め回すように見ながらベラベラと話し始めた。


「ロゼッタさん!あなたの体つき、特に胸元の豊満っぷり!実にいい!触らなくても分かる!柔らかく、程よいハリのある弾力!そしてその母性っぷり!実に良いものだ!存分に甘えたいっ…!」


アルバート伯爵はベラベラと普通に捕まるぐらい卑猥な言葉を私達に演説しているかのように話し始めた。


伯爵は割と顔立ちに良い、渋めの男性だがそんなの関係ない。とにかく気持ち悪い。


「ロゼッタさん…何なんですかあの人…」


「分かんないけど…気持ち悪いね…」


私達は小声で愚痴った。


「…だが、まあ…結婚となるとロゼッタさんは無いなぁ…」


「…!?」


突然飛び出した伯爵の思いがけない言葉に私達は驚いた。

伯爵ははぁ…とため息をつき、続きを話す。


「残念ながら、私は母性のある女性は好きだがロゼッタさんぐらいの歳の人は嫌いなんだ」


「へー、私27だけど…?」


「それが駄目だと言っているんだ。諦めたまえ。私の中で20代は老婆と同じ。好みの範囲は10代でね、ユイさんぐらいがちょうどいいのだよ。だからユイさん、私と結婚してくれるかい?」


ロゼッタは伯爵の言葉を聞き、喜びと少し苛立ってる様子だった。

突然訳の分からない男に老婆呼ばわりされては苛立つのも無理はない。

それよりも、伯爵は私に結婚して欲しいと言っている。

もちろん、私の回答は一つしかない。


「嫌です」


「……そうか」


私は何の迷いもなく即答した。

伯爵は私の言葉を聞き、数秒無言になるとボソッと一言だけ言い、自信満々な笑顔が一気にどん底に落とされたかのような落ち込んだ表情に変わった。


「そうか…そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかああああああ…!!!」


伯爵はシルクハットを取り、頭をぼりぼりと掻きむしりながらイラついた様子で言葉を連呼する。


「はぁ…はぁ…そうか…お前もか…!お前もあいつと同じなんだな…ならあいつと同じ目に…いや、死んでもらう…!二人とも死んでもらう!」


伯爵が私達の見る目はさっきとは違い、殺意そのものだった。


「…っと、その前に彼女を返しておかなければね」


情緒不安定なのかと思うほどに落ち着きを取り戻した伯爵は指をパチンと鳴らす。

すると、伯爵の背後から目が虚ろになり、フラフラとこちらへ歩み寄ってくる少女がいた。

私は咄嗟に倒れそうになる少女に抱きつく様にして少女を倒れない様にする。


「メアリちゃん…!?しっかりして!」


「ああ、そうだとも。この子が君達が探していた少女、メアリだ。私には必要ないから君達に返すよ」


私はこの少女がメアリだと信じながら必死に声を掛けるが返答がない。

伯爵は説明しながら、ロープで吊るされているかの様に空中に浮き出し、二階の踊り場にコトッと革靴の音を立て着地し手すりに手を置く。


「ただし、普通じゃない状態でね」


「…っユイちゃん!今すぐその子から離れて!」


伯爵はボソッと言ったのを聞いたロゼッタは何かに気付き私に強い口調で離れるように言う。


「ロゼッタさん…?何言って…っ」


「早く!その子はもう人間じゃないの!」


グチュグチュ…


ロゼッタの事を見ていた私は、何か異音が聞こえ再びメアリの方を見ると、彼女の服から無数の触手が伸び出し、私の手に絡み付こうとしていた。


「ひっ…!」


私は間一髪メアリを突き飛ばし、難を逃れロゼッタの隣へ戻り落とした弓矢を拾い上げる。


化け物はメアリを取り込み、みるみる形を変え、大きさは3m以上、体中から触手を出し、顔だと思われる所には無数の目、口を開けると無数の鋭い歯があるファンタジー作品によく出てくるモンスターみたいな姿へと変わった。


突き飛ばすタイミングが少しでもずれていたら、私もあの化け物に取り込まれていたのかと考えるとゾッとする。


「さあ!お二方は助ける予定だった無様なメアリをどう倒してくれるかなあぁ!?あははははは!」


伯爵は数分前の紳士的な感じとは違い、私達を煽るかの様に高笑いをした。

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