032話

 隣の平泉書店のテナントを借用したリフォームが始まっていた。

 その間、私は無職になったが一美さんの相手をすることでバイト代を貰っている。

 申し訳ない気持ちだが、年中金欠の私には断る理由が無い。


「本当に酷いわね」


 テレビのニュースを見ながら、一美さんが呟いた。


「そうですね」


 私も同じ気持ちだった。

 ここ最近、地元が騒がしい。

 殺人事件に、大型商業施設の出店。

 そして、今見ていたニュース……見ていて胸が痛かった。

 多頭飼育崩壊……。

 元ブリーダーの女性が、自宅で何十匹という猫を放置した状態でニュースになっていた。

 異臭で近所トラブルになっていたこともあり、近所の人が警察などに連絡をして多頭崩壊の事実が判明する。

 テレビで猫を保護する人たちのなかに、池崎さんたち”またたび園”の人たちが映っていた。

 ”またたび園”のオーナーである杉本さんもインタビューを受けていた。

 そこで私は杉本さんが、それなりに有名な人だったことを知る。

 猫だけでなく犬などの保護や、殺傷処分されない活動をしていた。

 テレビに出るような有名人と話をしたことに、私は少し自慢気になっていた。

 大食いアイドルとして活躍している”さゆりん”に続いて二人目だ。

 良くも悪くも、私の周りでは考えられないくらいの環境変化が起きていた。


 自然と視線はキャットタワーで寝ているオレオとノアールに向けられていた。

 オレオとノワールが過ごした施設には、多頭崩壊から保護された猫も居るのだと、改めて感じたからだ。


「荷造りは終わったんですか?」

「大体わね。足りないものがあれば大吾郎に持って来てもらうか、向こうで買うから」

「分かりました」

「いろいろとごめんね、祐希ちゃん」

「いいえ、構いません。一美さんにもマスターに尾も御世話になっていますので、少しくらいは恩返しさせて下さい」

「ありがとう」


 一美さんは出産に備えて、今日から一美さんの実家へ戻ることになったからだ。

 マスターの御両親がいるが、自分の両親の方が甘えやすいだろうという配慮からだった。

 その間だけ留守番を兼ねてマスターと一美さんの家で、オレオとノアールの面倒を見ることになっていた。

 留守中に猫の面倒を見たりする仕事があるらしく”キャットシッター”というそうだ。

 私の場合は本当に留守番だけだ。

 なにかあれば、オレオやノワールが声を掛けてくれる。

 なにより二匹が尊敬しているボスの存在が大きい。

 ボスが動くと、オレオとノアールも同じように行動をする。

 一度、オレオとノアールが私をボス同様に使おうとした時、ボスが起こった事がある。

 私は自分のメイドであって、オレオやノアールのメイドではないと言っていた。

 同じように一美さんやマスターについても、感謝して過ごすようにと二匹に言い聞かせていた。

 その内容を聞いていたボスと私の関係性について、もう一度考えてみた。

 私と私以外の人とで何が違うのか?

 ボスも私に感謝してくれてもいいのではないか?

 頭の中に疑問だけが浮かんでいた。

 あとでボスに聞いたら、「俺は特別だからだ‼ それに……」と意味不明なことを言っった後に何か言いたそうだったが、口を噤んだ。

 その後もボスと問い詰めたが、ボスが言葉の続きを話すことは無かった――。


 大きな窓からマスターの御両親が、母屋から歩いて来るのが見えた。

 私は立ち上がりお辞儀をすると、向こうも手を振ってくれた。

 指で入口を差すので、一美さんに用事があるのだと気付く。

 私は一美さんに伝えて、玄関へと移動してマスターの御両親を迎え入れる。


「こんにちは祐希ちゃん」

「お邪魔してます」


 何日も通ううちに、普通に会話をするようになっていた。

 ただ、マスターの御両親の呼び方に悩んでいるので、毎回誤魔化しながら対応をしていた。


 部屋に案内すると、一美さんがマスターの御両親に挨拶をする。


「これ、一美ちゃんの御両親に渡してもらえる」

「そんな、気を使って貰わなくても」

「たいした物じゃないから」

「ありがとうございます」


 一美さんとマスターの御両親の関係は良好だと思う。

 気遣いが出来る一美さんと、マスターと一美さんの生活に関与しない御両親。

 関与しないのは関心が無いのではなく、余計な口を挟むのは良くないからだと思っているらしい。

 よく「大吾郎には勿体ない」と一美さんのことを言っている。

 一美さんとマスターの御両親を見ながら、お姉ちゃんが生きていたら……結婚していたらと考えることもあった。


「オレオ、ノアール」


 マスターの御両親が二匹を呼ぶ。

 しかし、耳が一瞬だけ動くだけで、動く素振りが無い。

 二人とも猫に苦手意識があるらしく、必死でオレオとノアールとの距離を縮めようとしているようだったが、一週間に数日……しかも数十分程度なので、オレオとノワールとしても興味を示していなかった。

 今度、オレオとノアールには説明しようと思うし、一美さんが居ない間も御両親には、この家に自由に出入りしていいと言われているらしい。


 本当に少しの時間だけしか滞在しなかった。

 私はマスターの御両親を玄関まで見送った。 


 私は戻ると、一美さんの荷物を少しだけ玄関に運ぶ。

 リフォーム会社や商店街の打ち合わせを終えたマスターが一度、戻って来るからだ。

 マスターの運転で一美さんを実家まで送るそうなので、私は夕方までマスターの家で留守番だ。


 一美さんの携帯電話が鳴った。

 電話の相手は美緒ちゃんだった……と言うことは、かぎしっぽの依頼だ。

 最初は一美さんに報告をしてから、私に電話を代わる。


「あっ、祐希ちゃん。御苦労様です」

「御苦労様です」


 普段、使うことのない言葉や、相手が美緒ちゃんと言うことも関係してか、違和感しかなかった。


「依頼の内容が家出猫じゃないんですよ」

「えっ、そうなの⁈」

「はい。依頼主は、またたび園の池崎さんで、依頼内容は猫との会話です」

「……えっ!」


 話を聞いた私の思考が停止した。

 猫との会話? そもそも、かぎしっぽは迷い猫専門のはずだが……。

 もちろん、美緒ちゃんは業務が異なるからと断ろうとしたが、話しだけでも聞いて欲しいと池崎さんが言っていたそうだ。

 オーナーである杉本さんの代理だそうで今度、杉本さんと打ち合わせをさせてい貰い、その時に引き受けるかを判断して貰っても構わないということだった。

 美緒ちゃんは「とりあえず、確認してから折り返す」と池崎さんとの電話を切ったそうだ。


「初依頼が、迷い猫じゃないのも私たちらしいわね」


 一美さんは笑っていたが、私には不安でしか無かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『……危なかった』 


 祐希との会話を終えた俺は、少しだけ焦っていた。

 思わず七瀬のことを言いそうになったからだ。

 七瀬は自分のことは祐希に伝えないようにと、何度も言われていた。

 既に存在していない自分のことで、祐希を悩ませたり混乱させるようなことはしたくないと言っていた。

 俺にはよく分からないが、悲しそうな七瀬を見るかぎり間違ったことではないのだと思い、祐希には七瀬のことを言わないと決めていた。

 そんな七瀬との別れも近付いてきている。

 七瀬曰く、出来る限り人間のことを俺に教えて、祐希の面倒を見てくれと言われている。

 何故なら俺がボスで、祐希は俺に仕えるメイドだからだ。

 この関係は、普通の猫と人間とは違うのだ。

 祐希のことを任される限り、俺が祐希を守らなくてはいけない。

 それが俺と七瀬との約束だからだ――。

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