030話

 オレオとノアールはキャットタワーから下りて、ボスの所へとゆっくりと歩いて近寄る。

 私はその様子を近くで見守っていた。


『ボス!』

『ん?』


 多分、ボスはオレオとノアールが近づいてきたことを知っている。

 敢えて、知らない振りをしたのだと感じた。


『オレオとノアールが挨拶をしたいんだって』

『あぁ』


 ボスは面倒臭そうに立ち上がる。

 オレオとノアールはボスと対面したことで、緊張が増したのか委縮しているように見える。


『こっちが私の猫でボス……』

『おい!』


 私が言い終わる前にボスが会話を遮る。


『なに?』

『俺はお前の猫じゃなくて、お前が俺のメイドなんだろう? きちんと説明をしろよ』

『……』


 確かに私からすれば、ボスは私の飼い猫だ。

 しかし、ボスからすれば私はボスの世話をしているメイドだ。

 家がどうこうということは関係なのだろう。


『私がお世話をさせて頂いている御主人様のボスです』

『おぅ、そうだ』


 嫌味っぽく説明をした私を気にすることなく、さぞ当たり前かのように振舞っていた。


『こっちの子がオレオ。こっちの子がノアールよ』


 私がオレオとノアールを紹介するが、オレオとノアールがボスを見る目は尊敬の眼差しに変わっていた。

 オレオとノアールはボスの言った”メイド”の意味は分かっていないはずだ。

 猫が人間に意見を言えることが凄いとでも思っているのだろう。


『おう、今日は邪魔してるぞ』

『は、はい‼』

『その……お話などをさせて貰ってもいいでしょうか⁈』

『あぁ、構わんぞ。その前に腹ごしらえだ。祐希、こいつらと一緒に飯を食うから持って来い』

『……はい、分かりました』


 上手いこと食べる口実を見つけたボスの作戦勝ちだ。

 しかも、私をこき使うボスの姿に、オレオとノアールは目を輝かせていた。


「一美さん。ボスに御飯を上げるので、オレオ君とノアール君の御飯も一緒に用意しますよ」

「本当! 助かるわ。御飯はそこの引き出しに入っているわ。容器はこれよ」


 一美さんはキッチンの横に置いてあったオレオとノアールの食器を持って来て、私に手渡した。


「ありがとうございます」


 私は先にオレオとノアールの食事を用意してから、ボスの食事と食器をリュックから出して用意をする。

 オレオとノアールの食事場所は決まっているようなので、いつもの位置に食器を置く。

 ボスは動く様子が無いので、ボスの横に食器を置いた。

 ゆっくりとボスは起き上がると、ドライフードを勢いよく食べ始める。

 その様子を見てからオレオとノアールも食事場所まで走っていった。

 とりあえず、喧嘩にはならないようなので安心をする。


 麻衣ちゃんと美緒ちゃんは同じ大学なので、その話で盛り上がっていた。

 一美さんはマスターの手伝いをしているので、私も手伝おうとするが「お客さんだから、ゆっくりしていて」と断られる。

 行き場を失った私は麻衣ちゃんたちの所に戻る。

 人見知りの美緒ちゃんが短時間で、麻衣ちゃんに心を開いているように感じた。

 流石は麻衣ちゃんだと感心する。


 テーブルに次々の料理が並べられるなか、インターホンが鳴る。

 手が塞がっていた一美さんの代わりに私が応対することになる。

 インターホンに映っていたのは”またたび園”の池崎さんと中山さんだった。

 私は池崎さんと中山さんを迎えに行き、部屋へと案内をする。

 もちろん、マスターと一美さんが手を離せないので代理で対応をしたことは伝えた。


 部屋に入るとマスターは料理の手を止めて、一美さんと一緒に池崎さんと中山さんを迎え入れる。


「店長……あれ」


 挨拶を終えた中山さんはオレオとノアールを見たと同時に、池崎に声を掛ける。


「ん、どうした?」


 中山さんの視線の先には、仲良く? 寝転んでいる三匹の猫の姿があった。


「……あの猫って」

「はい、私の猫でボスです。池崎さんはma couleurマ・クルールで会われていますよね?」

「うん……ボス君とは何度も会っているのかな?」

「いいえ、今日が初対面です」

「そ、そう」


 池崎さんも驚いていた。

 オレオとノアールは猫カフェでも、人間好きとして手の掛からない猫だったらしい。

 しかし、新参猫などに関しては威嚇を繰り返すことが多く、またたび園でも他の猫との相性を心配していた。

 二匹とも猫嫌いではないが、初対面の猫に対しては威嚇する傾向があり、警戒を解くまでに二週間ほど必要だったらしい。

 これはオレオとノアールにだけ言えることでなく、多くの保護猫に当て嵌まるらしい。

 オレオとノアールの尻尾を見る限り、隠すような感じで丸まっている。

 池崎さんや中山さんのように多くの猫を見てきた人であれば、猫社会の上下関係が分かるのだろう。


 そんなこともありながら、ホームパーティーが始まった。

 オレオとノアールの近況や、ma couleurマ・クルールを改装予定していること。

 改装後にはオレオとノアールが脱走できないような措置をしていることも、マスターは説明していた。


「ボス君とも仲良さそうで安心ですね」

「はい、祐希ちゃんのおかげですね」


 マスターが私の名前を出すと、一美さんも横で頷いていた。

 私は麻衣ちゃんと美緒ちゃんと話をしていたが、気になっていたので聞き耳を立てていた。

 正確に言えば、近い距離なので少しだけ耳を傾ければ聞こえる。


「西田さん」

「はい」


 名前を呼ばれて振り返ると、中山さんだった。


「あの茶虎の猫……ボス君っていったかしら?」

「はい、私の猫でボスです」

「その触らして貰ってもいいかしら」

「はい、どうぞ」


 遠慮気味に話す中山さんとは対照的に、私は即答する。


『ボス、おいで』


 私はボスを呼ぶ……すぐに、間違えたことに気付く。

 これでボスが来なければ、私が変な奴だけで終わるのだが――。

 こういう時に限って、ボスは私の言葉通りに行動する。


『なんだ?』


 寝ていたところを起こされたので、少々御機嫌斜めのようだ。

 私はボスを抱き抱えて小声で話す。


『この人が触りたいんだって』

『……他の人間たちもそうだが、俺に触ってなにが楽しいんだ?』

『触り心地が気持ちいんじゃないの?』


 不思議そうな表情を浮かべるボスを無視して、私はボスを中山さんに差し出す。


「えっ、抱っこしていいんですか?」

「はい。抵抗もしないと思いますが、重いので気を付けて下さいね」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに笑う中山さんはボスを受け取ると、予想以上に重かったのか一瞬ふらついた。


「大丈夫ですか?」

「はい。予想以上でした」


 笑顔で返す中山さんだが、猫カフェ店員に「予想以上」と言わせたボスの体重のことを考えると、やはりダイエットをさせるべきだと考える。


「ボスちゃん。可愛いですね」


 流石は猫カフェ店員の中山さんだ。

 猫が喜ぶ場所を心得ているのか、ボスの表情が次第に溶けていった――。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 あっという間にホームパーティーが終わる。

 池崎さんと中山さんも、オレオとノアールが順調に生活しているので安心をするとともに、マスターたちとなら良い家族なれると思って帰って行った。

 私と美緒ちゃんは麻衣ちゃんの車に乗り、自宅まで送ってもらった。

 美緒ちゃんを下すと、麻衣ちゃんは”かぎしっぽ”のことを話し始めた。

 やはり、私のことを心配してくれているので危険なことは絶対にしないでと、何度も言われた。

 私も危険なことをするつもりはないことを伝えて、麻衣ちゃんを安心させる。

 今後も、そのような場面に遭遇することは無いと思っている。

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