029話
正式に工場跡地に大型商業施設が建設されることが発表された。
市長と大型商業施設の社長が笑顔で握手をしている写真が、新聞に大きく取り上げられていた。
地域の活性化という目的を掲げていたが、商店街としては活性化どころか廃墟化するのが確実だと肩を落とす。
最初こそ、常連客は今まで通りに足を運んでくれるかもしれない。
しかし、高齢化や物価の上昇などを考えると、大型商業施設に人が流れるのは時間の問題だった。
マスターたち経営者は日々、頭を悩ませていた。
「ここでいいですか?」
「うん、いいよ」
私は
紙にはリニューアルオープンするために店の改装を行うことが書かれている。
常連客の反応も様々だった。
大型商業施設建設発表の後だったので、心配している人たちもいたようで最初、入り口に貼られた紙を見て驚いた人も多かった。
暫くは別の意味で忙しくなりそうだと、私は感じていた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはよう、祐希」
「おはよう、麻衣ちゃん」
週末になり、私と麻衣ちゃんは麻衣ちゃんの車で、マスターと一美さんの家へと向かう。
美緒ちゃんはお姉さんの史緒里さんに送ってもらうそうだ。
帰りは麻衣ちゃんが美緒ちゃんを送ってくれると車中で話をしてくれた。
「どう、最近は?」
「う~ん……良くも悪くも変わらないかな」
「そう」
私の返事に麻衣ちゃんが一言だけ返してくれた。
「猫探しはまだ、続けているの?」
「依頼があれば……」
麻衣ちゃんは私と一美さんに美緒ちゃんの三人で探偵事務所を開いたことを知らない。
多分、ボランティアでの猫探しのことだと思ったので、私も詳しい話をしなかった。
その後、自然と話題は大型商業施設の話へと変わる。
「そういえば!」
麻衣ちゃんは、なにかを思い出したかのように声を上げた。
「河川敷の犯人って、まだ捕まっていないよね?」
「うん。店にも刑事さんが聞き込み? に来てたよ」
「へぇー、実際にあるんだ」
河川敷の殺人については既に風化された事件になっている。
日々、新しい事件や事故が報道される昨今であれば、特別珍しいことでも無いのだろう。
「ボス以外の猫も飼っているの?」
「えっ、なんで⁈」
「外に猫がたくさんいるのを何度も見ているから、どうなのかな?って思ったの」
「マスターたちは猫を二匹飼いましたよ」
「えっ、本当‼ 一美からなにも聞いていないわよ」
私はオレオとノアールのことを麻衣ちゃんに話す。
麻衣ちゃんは私の話を頷きながら聞いてくれていた。
「そういえば、保護猫カフェの人たちも来るって、マスターが言っていたよ」
「あぁ、ゲストが二人ほど来るって言っていたのは、そういうことだったのね」
「あっ!」
私は話を終えた時点で、一美さんが麻衣ちゃんにオレオとノアールをサプライズで見せるつもりだったのではないかと気付いた。
「麻衣ちゃん!」
私は麻衣ちゃんにオレオとノアールについて話した内緒にして欲しいと頼む。
麻衣ちゃんも私の意図を読み取ってくれたのか、「いいよ」と頷いてくれた。
「……少し元気になったようね」
「えっ!」
オレオとノアールのことを嬉しそうに話す私を見て、麻衣ちゃんは安心するような口調だった。
以前と変わりないと思っていた私だったが、ボスと出会って
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃい!」
一美さんが笑顔で迎えてくれた。
美緒ちゃんは私たちよりも早く着いたようだ。
マスターはキッチンで楽しそうに料理をしている。
やはり、仕事とは違うからなのだろうと思いながら料理をするマスターを見ていた。
「初めまして、久保田と申します」
初対面の美緒ちゃんは麻衣ちゃんに向かって、丁寧に挨拶をする。
「白井です。一美たちとは同級生で、祐希とは幼馴染です」
「そうなんですね。一美さんと祐希ちゃんとは探偵事務所を設立の際に関わらさせていただきました」
「……探偵事務所?」
美緒ちゃんが”かぎしっぽ”の事務員だと話してしまう。
「えーっと、一美と祐希、それと久保田さんたちで探偵事務所を作ったってことかしら?」
「はい、かぎしっぽという名の迷い猫専門の探偵事務所です」
「……そう」
麻衣ちゃんの表情から怒っているのが分かる。
「一美に祐希。後できちんと説明をしてね」
「はい」
「あと……でね」
優しい口調だが目元が笑っていない麻衣ちゃんに、私と一美さんは逆らうことが出来なかった。
「あっ! これ、どうぞ」
私は話題を変えるようにお土産を一美さんに渡す。
このお土産を選んだのは麻衣ちゃんだ。
私が悩んでいると「二人からでいいんじゃない」と言い、麻衣ちゃんが用意をしてくれたので私は渡すだけだった。
一応、事前に中身は教えて貰っている。
「ありがとうね。それと、ボスも出していいわよ」
私は一美さんに言われてボスも連れてきている。
オレオとノアールに会わせるのも初めてなので、相性が悪かったらどうしようかと、ボスの保護者として心配している。
ボスには事前に言っているので大丈夫だと思うが、オレオとノアールはどうだろうか?
『こんにちは』
私はオレオとノアールに挨拶をすると、遊んでくれと言わんばかりに寄ってくる。
『今日は私の猫も連れてきているんだけど、出していい?』
『うん、いいよ。あれに入っているんだよね?』
ボスの匂いがするのか、ボスから放たれるオーラのようなもので分かるのかは不明だが、ボスの入っているリュックを言っていることだけは分かった。
私はボスを部屋に放つ。
リュックからゆっくりと登場するボスには貫禄さえ感じさせられる。
ボスの視界にオレオとノアールが入るが、気にすることなく周囲を散歩でもするかのように歩いていた。
オレオとノアールは何故かキャットタワーの最上部に駆け上がり、その場所からボスの様子を伺っていた。
「オレオとノアールがビビっているわね」
様子を見ていた一美さんが心配そうに話し掛けてきた。
「ボスから危害を加えることは無いと思いますが、最初はこんなものではないですかね?」
一美さんを安心させるように私は答えた。
『祐希‼』
部屋を散策していたボスが私を呼ぶ。
仕方がないので私はボスの所へと行くことにした。
『なに?』
『腹減った。おやつを食わせろ』
『家を出る前に食べたよね?』
『あぁ、食べたぞ。だが、腹が減ったんだから、仕方がないだろう』
私は変わらないボスに呆れていた。
『もう少ししたらね』
『ちっ‼』
ボスは不満そうに舌打ちをする。
猫でも舌打ちが出来るのか? と不思議に思ったが私にはそう聞こえたので、深く考えるのを止めた。
ボスがキャットタワー上にいるオレオとノアールの方を見る。
『あれが言っていた奴たちか?』
『うん、そうよ。仲良くね』
『分かっている』
ボスはオレオとノアールから視線を外すと陽があたる温かい場所を見つけて、普段通りに丸くなって寝る体勢を取っていた。
『ごめんね。驚かせちゃったかな?』
私はキャットタワーにいるオレオとノアールに話し掛けた。
『凄いね』
『うん、凄い』
二人はボスの方をじっと見ながら、なにやら羨望の眼差しを向けていた。
聞いたところで猫の価値観は私には分からないので、聞かなかったことにする。
『ねぇねぇ、あの猫怖くない?』
『怖くないわよ。連れてこようか?』
『えっ、そんなこと……僕たちから挨拶に行くよ』
この家の猫は、オレオとノアールだ。
ボスは客人……じゃなかった、客猫なので挨拶をするならボスからだろう。
弱者から強者に挨拶するのが、弱肉強食の世界では当たり前のことなのだろうか? と私は考えていた。
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