028話

 最近、毎日の日課がある。

 朝一番にマスターが、携帯で撮ったオレオとノアールの写真を見せながら、昨日の出来事を話してくれる。

 嬉しそうに話すマスターを見ながら、私も微笑ましい気持ちになっていた。

 まだ正式な里親では無いので毎日、またたび園に写真と報告を送っているそうだが、またたび園からの返信内容からも悪い話は無いようだった。


「祐希ちゃんに相談があるんだけど」

「はい、なんですか?」


 隣にある平泉書店のテナントを借用したことでリフォームするため、二週間ほどma couleurマ・クルールを閉めることにしたそうだ。

 設計士との打ち合わせも、これから行うことになるが早ければ、来月早々から着手することになる。

 マスターの思いとしては、四月からリニューアルオープンをしたいらしい。

 たしかに新学期などからも四月の方が良い印象がある。

 私は当たり前だが、バイトに入らないので収入が減るのだと思いながら話を聞いていた。


「その間だけど、僕の家で一美さんの相手をしてくれないかな。勿論、今と同じ時給は支払うし、交通費も加算するつもりだよ」

「えっ、でも――」

「一応、母屋に僕の親がいるけど、出産も近いし少し心配しているんだ。祐希ちゃんだったら、一美さんも気を許せそうだし……どうかな?」


 私にすれば好条件だ。

 断る理由がない。


「ボスに、オレオとノアールを紹介しないといけないしね」


 マスターの家は、当たり前だがオレオとノアールの家だ。

 しかし、ma couleurマ・クルールとなればボスが先住猫として君臨している。

 上下関係をはっきりさせる必要がある。


「ありがとうございます」


 私はマスターの申し出を素直に受け入れた。

 それに「一美さんの側にいたい!」と思う自分がいることに気付いた。

 一美さんがお姉ちゃんの親友だからか、それともマスターの奥さんだからかは分からない。

 しかしお世話になっていることには間違いないので、自分に出来ることがあればしようと思っている。


「今度の週末って、空いている?」

「はい」


 週末どころか、私に予定などほとんどない。

 予定があるのは家族の命日くらいだからだ……。


「かぎしっぽの設立たのもあるから、僕の家でホームパーティーをしようと思っているんだ」

「ホームパーティーですか⁈」


 私は予定が無いと言ったことを少しだけ後悔する。

 人見知りの私にとって、ホームパーティーなるイベントは苦痛でしかないからだ。


「ホームパーティーと言っても、祐希ちゃんや美緒ちゃんとを呼ぶだけだよ。あっ、白井にも声を掛けて返事をもらったから来ると思うよ」

「麻衣ちゃんもですか」


 参加者の半数以上と面識があることに、私は胸を撫でおろす。


「多分、白井が車を出すから、祐希ちゃんも同乗することになると思うよ」

「そうですか」


 私は参加者を聞いて、ホッとする。

 全員が知っている人たちだったからだ。


「それと、オレオとノアールの保護施設またたび園の園長って、覚えている?」

「はい、池崎さんでしたよね?」

「そうそう、池崎さんと保護猫会場で担当してくれていた中山さんも、近況の様子を見たいってことだったから一応、誘ったら参加出来るって言われたから、追加で二人だね」


 里親先とのコミュニケーションも仕事に入っているのだろうか? と疑問を感じたが店長が了承したのであれば問題無いだろう。


「なんか、もう少し詳しく聞かせて欲しいとも言っていたしね」

「そうなんですか⁈」


 もしかしたら、保護猫活動に興味が無いかとか、そういう類の勧誘じゃないかと勘繰ってしまう。


「僕も腕によりを掛けて料理を準備しておくからね」

「はい」


 私の週末の予定が埋まった――。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はい、大丈夫ですよ。こちらこそ、宜しく御願い致します」


 池崎は電話を切った。

 相手は先日の譲渡会でオレオとノアールをトライアルに出している岡部だった。


「中山さん」

「はい」


 スタッフの中山を呼ぶと池崎は先程、電話で岡部から言われたことを伝えた。

 状況確認する時に、ホームパーティーに参加しないかということだ。


「はい、大丈夫ですよ。ってか、店長は呑むつもりなんでしょう!」

「う~ん、断る理由も無いからね」

「はいはい」


 中山は呆れ気味に答えるが、池崎が保護猫のためにプライベートの時間を潰していることを知っているので、息抜きには良いだろうと思っていた。


「私も毎日、岡部さんの報告を見ていますが、オレオとノアールも楽しそうで良かったですね」

「うん。二匹を迎え入れてくれた岡部さんに感謝だね」

「はい……ところで、お店にいる猫も来るんですか?」

「どうだろうね。バイトの子の猫らしいからね」

「そうですか……店長は触ったんですよね?」

「うん、モフモフだったよ。多分、うちにいる子たちよりも太っていると思うよ」

「いいな~。私も行きたかったですよ」

「まぁ、そのうち会えると思うよ」

「えっ、何でですか?」

「オーナーも、あの店を気に入ったようだし、うちの店と提携するかも知れないしね」

「あのお店とですか?」


 池崎の話を聞いた中山が不思議そうに首を傾げる。


「店と言うか……あっ、そういえば言っていなかったね。岡部さんの奥さんが代表で迷い猫専門の探偵事務所を設立したらしいんだ」

「迷い猫専門って、家出猫とかってことですよね」

「うん。今までボランティアで二件ほどしていたそうだよ」

「それで見つかったんですか?」

「一応、全て見つけているとは言っていたよ」

「……本当ですか?」


 中山は池崎の話を信じていなかった。

 売り込むために過剰宣伝ではないかと疑っていたのだ。


「オーナーの依頼で調べたけど、確かに全て見つけていたよ。依頼していた人たちも感謝していたから、凄腕なのかも知れないよ」

「そうなんですか‼」


 中山はオーナーである杉本を尊敬しているので、杉本が調査依頼した内容と調査結果を鵜呑みにする。


(まぁ、猫と話せる人間がいれば……)


 池崎は口にしようと思ったが、寸前の所で言葉を飲み込んだ。


「オーナーには報告するんですか?」

「うん。明日、オーナーと会うから話すつもりだよ」

「分かりました。今週末の土曜日ですね」

「宜しくね」



 ――翌日。

 営業を終えた猫カフェ”ねこ暮らし”のカウンターで、池崎は杉本に報告をする。


「面白そうね。私も行こうかしら」

「えっ、でも今週末は公演会の予定がありましたよね?」

「そうなのよね……講演会を欠席しようかしら」

「駄目ですって! オーナーの講演会は人気がありますし、保護活動をするうえでも影響力が大きいんですから、冗談でも止めて下さい」

「ごめん、ごめん」


 杉本の講演会は主に保護活動や、保健所の殺戮処分についてだ。

 毎回ゲストに芸能人を呼んで、議論をするので人気がある。

 ゲストに呼ばれた芸能人も犬や猫好きなので、喜んで来てくれる。

 なによりも杉本の講演会に出たことで仕事が増えると思っている人たちも少数だがいる。

 杉本も多少は分かっているが、活動を認知させるためには仕方がないと割り切っていた。


「じゃあ、手土産は私の方で用意をしておくから、持っていってくれるかしら」

「はい、分かりました」

「そういえば、N市に大型商業施設が建設されることは知っている?」

「はい、噂でですが」

「反対している団体の中に、あの商店街の名前もあったわ」

「そうですか……まぁ、当然ですよ」

「誘致した企業の中に、暴力団のフロント企業の名前があったから心配ね」

「今と昔とでは違いますから、向こうだって表だった行動はしないでしょう」

「だといいけどね」


 杉本と池崎は昔のことを思い出していた。

 大型施設建設予定地に、自分たちの店があり立ち退きを要求されていた。

 しかし、杉本たちは立ち退き要求を拒否をしていた。

 そのうち、店に嫌がらせをされたり悪評を立てられたりする。

 同じように反対していた店も一軒、又一軒と立ち退いていった。

 最後まで残った杉本たち数件のうち一軒で、不審火による火事が起きる。

 その前に「これが最終勧告だ!」と電話があった。

 最後まで抵抗していた店も、この火事が原因で命の危険があると判断して、泣く泣く立ち退くことを決意した。

 杉本たちも保護猫の命を第一に考えて、立ち退くことを決意した。


 その一年後に大型施設の建設が始まった。

 しかし、ずさんな計画や予算縮小で翌年には建設中止となる。

 汚職疑惑のあった市長が選挙で負けたことも大きく影響していた。

 今でも建設途中だった建物は取り壊されずに廃墟のように残っている。

 杉本と池崎は、昔の自分たちと重なる状況を無視は出来ないでいた。

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