024話
恐るべしタウン誌効果。
そもそもフリーペーパーのタウン誌等を日頃から読む習慣のない私。
完全にタウン誌の影響力を馬鹿にしていたが、本当に馬鹿だったのは私だったようだ。
取材を受けたタウン誌が発行されて初めての週末、私は目の前の光景に絶句していた。
私は気づかれないようにと、モンキーを押して裏口に移動する。
「おはようございます」
「おはよう、祐希ちゃん」
「マスター、凄い人ですね」
「うん、僕も戸惑っているよ。忙しくなるけど大丈夫?」
「はい、頑張ります」
給金を貰っているので、きちんと働く必要がある。
リュックを下して、ボスを外に出す。
『ボスも頑張ってね』
『ん、なにをだ?』
『お客さんが多いから、いつも以上に声を掛けられたり触られるから……』
『そうなのか? そのお客に気に入られれば、おやつがたくさん貰えるのか?』
『……うん』
私は渋々了承する。
無理強いはしていないので、ボスのストレスに放っていないと思うし、
これ以上、太ったらどうしようとボスを見ながらも、私は苦渋の決断をしたのだった。
土日は客足が途絶えること無く、休憩らしい休憩も取ることも出来ず営業時間を終えた。
私も疲労困憊だったが、マスターの前では疲れたと言うことさえ、痴がましいと思う。
一人で全ての料理を提供していたので、私以上に疲れていたに違いない。
土曜日の忙しさから、日曜日は一美さんが手伝いに来ると言ってくれていたらしいが、一美さんの体調や、出産後のことも考えてマスターが断ったそうだ。
その事でマスターから謝罪を受けたが、私も同じ考えだったので、私の思いをマスターに伝えた。
なによりもオレオとノアールの里親として、トライアルに向けて準備も必要だったからだ。
暫くはマスターの家で過ごして、慣れてきたら店に連れて来ることになっていた。
忙しいことが重なっているので、マスターも大変だと思っている。
ボスはいつも通りだった。
知らない人たちに触られたりしても、気にすること無く平然と寝ていた。
その姿さえ、お客さんたちからは可愛いとか言われていたのが、私には不思議だった。
平日も忙しい状態が続いた。
定休日を挟んだとはいえ、流石に疲労が溜まっていった。
それと気になる事が――。
飯尾さんやあいきさんたちの常連さんが気を使ってか、店に顔を見せなくなっていた。
いつも冗談を言われて一喜一憂していたあの頃が懐かしく、そして寂しく感じていた。
マスターも口には出さないが、私と同じように思っているに違いない。
オレオやノアールの為に、店を改装するには、時間や体力が無いので、少し先になりそうだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
閉店後に、マスターと片付けを終えたところだった。
「いよいよ、明日ですね」
「うん。緊張しているんだよね」
明日はオレオとノアールが、マスターと一美さんの家に来る日だった。
何故か、私も呼ばれていた。
断る理由が見つからなかったので、同席することになった。
退院後……いや、誰かの家にお邪魔するのは何年ぶりだろうと考えていた。
なにか土産を持っていった方が良いのかと、いろいろと考えを巡らせる。
申し訳ないがボスには留守番をして貰うことにした。
新しい環境に緊張するオレオとノアールを少しでも早く慣れさせたいと思ったからだ。
マスターと一美さんからも、出来るだけ遊びに来て欲しいと言われている。
猫と会話が出来る……いや、猫の気持ちが分かると信じてくれている二人だからこそ、オレオとノアールの気持ちを聞きたいのかも知れない。
因みに明日と明後日は臨時休業日にしている。
ここの所、忙しかったこともあり倒れる前に休もうと、マスターが決めた。
……というのもあるが、オレオとノアールを受け入れる時に立ち会いたいのも会ったのだと思う。
マスターとは店の改装についての意見を聞く。
席数は減らしたくないが、狭くなるとお客さんに迷惑が掛かるので、いろいろと悩んでいるようだった。
そのうえ”かぎしっぽ”の件もあるので、マスターはかなり頭を悩ませていたようだった。
「明日、保護猫のスタッフさんに相談してみてはどうでしょうか?」
私は自分ではマスターの力になれないと思い、他人に……猫により詳しい人に助けを求めることにした。
「とりあえず、お店の間取りを書いてみてはどうですか?」
「そうだね。僕たちだけだと考えが偏っちゃう可能性があるから、そのほうがいいかもね」
「はい、それから模様替えをした方が効率がいいかと思います」
「そうだね」
オレオとノアールが店に来るまで時間があること。
そして、その間に私から店での注意点を伝えることや、ボスと面会させて先住猫のボスとの上下関係をはっきりさせる必要があると思っていた。
まぁ、ボスがオレオとノアールの下になることは無いと思うので、仲良くなってくれればと思っているだけだ。
それにマスターの不安はそれだけではない。
以前より近くに大型ショッピングモールが建設される噂があったが、どうやら本当のようだと商店街で大騒ぎになっている。
誰もが知る大手企業の工場が地元から撤退したので、その跡地に建設されるそうだ。
ただでさえ活気が無くなっている商店街にとっては、大型ショッピングモールの存在は無視できない。
商店街自体の存続問題に直結しているからだ。
今はどうにかして商売を続けている店も、これを機に閉店する店も多くなるのだろうと私は感じていた。
競争社会なので、大型ショッピングモールを否定するつもりはないが、商店街で働く一人としては、商店街が今以上に活気が無くなることには残念でしかなかった。
私自身、大型ショッピングモールの利便性を知っている。
だからといって、商店街の店が大型ショッピングモールのテナントに入ることは無い。
集客性はあるかも知れないがテナント賃貸料が発生することや、今までの商売と異なるので勝手が違うからだ。
村田中華飯店のような飲食店であれば、適応できるかもしれないが、代々受け継がれている店を手放してまでテナントに入ることはしないと思っている。
マスターも商店街の一員なので、会合がある度に出席しているが、ここ最近はその話題で持ちきりらしい。
この商店街もシャッター街になるのも時間の問題だと、悲観する人もいるらしい。
「隣の平泉書店も閉店するそうだよ」
「そうなんですか!」
「うん、親父さんの代で終わりだって。息子さんも継ぐ気が無いらしいし、親父さんも継がせるつもりが無いって言っていた」
お客さんが殆どなく、商店街の店や核施設等に雑誌を届けたりすることが一番の収入源だったそうだが、店主の高齢化もあり、これ以上は経営するのが難しいと判断したそうだ。
マスターの父親とも仲が良く、マスターが店を引き継がなければ同じ時期に閉店していたのだとも教えてくれた。
小さい頃に平泉書店で買った本のことを思い出しながら、私はまた一つ思い出の場所が無くなることに寂しさを感じていた――。
私は知らなかったが、
商店街の空き店舗が多数あり、新たに借主を見つけられないと平泉さんも分かっているらしく、テナント料は据え置きでいいらしい。
なによりも商店街を衰退化させたくないので、若い人たちに足を運んでもらい、商店街を昔のように賑わいのある場所にしたいと思っているそうだ。
子供も独立しているので、このビルの賃貸料だけで夫婦二人が生活するには問題ないらしい。
ただ、二階と三階にあるバーやスナックがいくつかあるが実際、夜にどれくらい営業しているのかは、私は知らない。
もし平泉書店まで広くした場合、今の倍近い席数をマスターと私の二人では無理に等しい。
席数を少し増やして猫スペースを作れば、二人でもなんとかなるかも知れないが……。
「あっ!」
マスターは思い出したように明日のことを話し始めた。
私がマスターの自宅を知らないので、場所の確認を再度教えてくれた。
「近くまで来たら電話してくれたら、外の出ているから」
「はい、ありがとうございます。十時で良かったですよね?」
「うん。早く来てもらっても全然大丈夫だからね」
「はい」
時間ギリギリだと不安なので、少し早めに到着するつもりだった私の考えを読まれたかのようだった。
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