023話

 どうしてこうなってしまったのだろうか?

 目の前では鋭い眼光で睨む女性と、睨まれて俯く女性。

 その女性二人が姉妹だと知ったのは、つい五分前だ。

 姉の名は”久保田 史緒里”、そして妹の名は”久保田 美緒”。

 そう一美さんとma couleurマ・クルールに来て、アイドルトークを繰り広げている元気印の美緒ちゃんだ。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


 一美さんが二人をなだめる。


「かずみん……一美さんが、そう言うなら――」


 ことの発端はタウン誌だった。

 毎月発行されるタウン誌を何気なく見ていた史緒里さんは、特集記事に載っていたma couleurマ・クルールのページを見て固まる。

 マスターの後ろには昔、推していた地下アイドルOVERTUREオーバーチュアのメンバーである一美さんが写っていたのだ。

 年齢を重ねている一美さんだったが見間違えることは無いし、従業員として写っているメイドが着ているメイド服も、OVERTUREオーバーチュア時代の衣装だから、絶対に間違える訳がない。

 そして……一美さんと一緒に常連客として、妹の美緒ちゃんが写っていた。

 姉である史緒里さんが、それを見逃すはずがない。

 怒り心頭の史緒里さんは、帰宅する美緒ちゃんを待ち構えていた。

 いつも通りに帰宅した美緒ちゃんは、姉の異変に気付く。

 しかし時すでに遅し、自分の部屋に避難しようとしたが、それを史緒里さんは許さなかった。

 真相を知ろうと質問をする史緒里さんに、美緒ちゃんは知らない振りをしたらしい。

 しかし、そんな嘘が続く筈もなく動かぬ証拠であるタウン誌を突き付けられて観念したらしい。


「常連客って、かずみんと仲いいの?」

「少し話をするくらいだよ」


 そして姉妹揃って来店した際に、一美さんが美緒ちゃんに声を掛けたことで、美緒ちゃんが咄嗟についた嘘さえ、史緒里さんにバレた。

 そうそれは……常連客だけど、一美さんとは顔見知り程度だという、すぐにバレるような、その場しのぎの嘘だったらしい。

 そして現在に至る――。


 一美さんも困惑しているだろう。

 既にアイドルは引退しているのに、自分が原因で姉妹喧嘩が起きるなどとは夢にも思っていなかったはずだ。


「その……サインを頂いても宜しいですか?」

「えっ? もう引退している私のサインでいいの?」

「はい、構いません」

「グループ名は書けないけど……いいかな?」

「はい、御願いします」


 史緒里さんはサイン色紙を鞄から出して、ペンと一緒に一美さんに差し出した。

 サイン色紙とペンを受け取った一美さんを、恨めしそうな目で見る美緒ちゃん。

 それに気付いた一美さんは、気を遣うように美緒ちゃんに声を掛ける。


「美緒ちゃんは、最初にサインと写真を撮ったから良かったよね?」


 この言葉を聞いて史緒里さんが美緒ちゃんを睨むと、美緒ちゃんの危険センサーが働いたのか、すぐに視線を下に落とした。


「まぁまぁ、妊婦で太っているけど、良かったら写真も取るわよ」

「お、御願いします!」


 史緒里さんはテーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思う勢いで、頭を下げた。


「えっと、史緒里さんか史緒里ちゃんの、どっちで書けばいいかな?」

「し……史緒里ちゃんで御願いします」


 自分をちゃん付で呼んだ史緒里さんの顔は真っ赤だった。

 よほど恥ずかしかったのだろう。


「祐希ちゃん、カメラマンお願いできる?」

「はい、分かりました」


 私は史緒里さんからスマホを受け取り、一美さんと史緒里さんの写真を三枚ほど撮り、史緒里さんに確認して貰う。


「ありがとうございます……あの、その衣装って――」

「はい、一美さんのアイドル時代の衣装をリメイクした物です」

「やっぱり‼」


 史緒里さんは卒倒しそうなポーズを取る。

 ……美緒ちゃんと仕草が同じだ。

 やはり姉妹だと心の中で思う。


 一美さんにサインを貰い、写真も撮ってもらえたことで、史緒里さんの美緒ちゃんへの怒りは収まったようだ。

 三人は和やかなムードで話をしている。


「史緒里さんと美緒ちゃんは幾つ離れているの?」

「私の一つ上です。祐希ちゃんと同い年ですよ」

「えっ‼」


 偶然近くで話を聞いていた私は思わず叫んでしまった。


「す、すみません」


 てっきり年上だと思っていた。

 それくらいに史緒里さんは綺麗で、大人の雰囲気を出していた。


「そうなんだ。祐希ちゃんと同い年なんだ」

「私と同じ大学なんですよ」


 ……美緒ちゃん同様に頭がいいのだと知る。

 姉妹だからと言って、必ず二人ともが賢いとは限らない。

 私と姉がそうだからだ。


「私たちはエスカレーター組ですから」


 申し訳なさそうに答える史緒里さん。

 それからも三人は、いろいろと話をしていた。

 私は仕事に戻るが時折、笑い声が聞こえて来るので楽しいのだと思いながら、安心して仕事をしていた。

 帰るころには一美さんが史緒里さんのことを”史緒里ちゃん”と呼んでいたので、かなり距離が縮まったのだろう。


「美緒はポジティブに物事を考えるので、皆様に御迷惑をお掛けしていませんか?」

「えっ‼」


 史緒里さんの言葉に、一美さんは驚いて声を上げる。

 私も思わず美緒ちゃんを見てしまった。


「いつも元気一杯で、しっかりしているけど……」

「美緒がですか‼」


 今度は史緒里さんが驚く。

 美緒ちゃんは下を向いたままだった。


「引っ込み思案で人見知りが激しくて、姉として心配しているんです」


 ……引っ込み思案?

 ……人見知り?


 私が頭に浮かべた言葉を一美さんも同じように浮かべていると思う。

 史緒里さんは一美さんを不思議そうな顔で見ている。

 私たちが知っている美緒ちゃんと、史緒里さんの知っている妹の美緒ちゃんとの印象が違い過ぎる。


「あの……美緒ちゃんは、とてもしっかりしていますよ」

「えぇ、要領もいいし、事務員としても優秀よ」


 私と一美さんは、美緒ちゃんの普段の様子を史緒里さんに話す。

 驚く史緒里さんとは対照的に、美緒ちゃんは気まずそうに俯いたままだった。


「その、事務員と言うのは……美緒は、この喫茶店で事務員をしているのですか?」

「違うわよ。私が代表を務める探偵事務所の事務員よ」

「探偵事務所‼」


 史緒里さんは目を向きだしにして叫ぶ。


「はい、一美さんと美緒ちゃん、私の三人で探偵事務所を立ち上げました。探偵事務所と言っても、迷い猫を探すことしかしない探偵事務所です」

「迷い猫?」


 私と一美さんは探偵事務所”かぎしっぽ”のことを史緒里さんに説明する。

 事務員と言っても、学業の合間に手伝ってくれるだけのこと。

 実質は私一人で行動をするので、美緒ちゃんに危険が無いこと。

 そして、私と一美さんは探偵事務所”かぎしっぽ”にとって美緒ちゃんは、無くてはならない存在だと話す。

 私と一美さんの熱弁に、史緒里さんは若干引いていたように思えた。


「ぐすっ、ありがとうございます」


 俯いていた美緒ちゃんは泣いていた。

 突然、泣き始めた美緒ちゃんに私と一美さんは戸惑う。


「私のような駄目な人間を、ここまで必要だと言って貰えるなんて――」


 その姿は私が知っているポジティブの塊、元気娘の美緒ちゃんの姿ではなかった。

 美緒ちゃんは泣きながら口を開く。

 本来の美緒ちゃんは史緒里さんの言う通りの子だった。

 しかし、自分を変えようと思っていた。

 一美さんとのアイドルトークは楽しく、普段の自分を見せると嫌われると思い、出来るだけ元気に振舞っていた。

 徐々に一美さんや私と打ち解けていくうちに、元気な姿で過ごすことが普通になっていた。

 美緒ちゃん自身、ma couleurマ・クルールから帰る度に、そのギャップに苦しんでいたそうだ。

 私がたまに感じる違和感が、それだと気付く。


 史緒里さんと美緒ちゃんの両親は共に弁護士らしく、父親が弁護士事務所を経営していることもあり、史緒里さんと美緒ちゃんも弁護士の道を気付いたら進んでいた。

 本人たちも苦ではなかったので、抵抗も無かったと話してくれた。

 私たちを騙していたことに心を痛めていたのか、美緒ちゃんは私たちに対して涙ながらに謝罪をする。

 私と一美さんは、そこまで思いつめていた美緒ちゃんに気付かなかった。

 当たり前だが、美緒ちゃんを外見で判断をしていた訳では無い。

 第一印象、固定概念で美緒ちゃんという人物を決めていた。

 一応、客商売なので人を見る目を培わなければと思う。


 史緒里さんも自分の知らない美緒ちゃんの一面を知ったのか、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。

 美緒ちゃんには無理せずに、素の自分のままで接してくれるようにと話すと納得してくれた。


「御迷惑おかけしました」


 史緒里さんは帰り際に、私たちへ謝罪していた。

 一美さんが「又、来てね」と笑顔で応えると、満面の笑みで美緒ちゃんと一緒に帰っていった。


「祐希ちゃんは、タウン誌読んだ?」 

「いいえ、まだです」

「お客さんも居ないし、ここにあるから読む?」

「いいんですか⁈」


 私は一美さんからタウン誌を受け取り、付箋が付いているma couleurマ・クルールの記事を読む。

 思っていた以上に、私とボスが大きく取り扱われていたので驚いた。

 マスターよりも大きな写真だったので、とても恥ずかしかった。


「笑顔が似合わないな……はぁ~」


 自分の写真を見ながら、ぎこちない笑顔にため息をつく。


「そんなことないわよ。私は好きよ、祐希ちゃんの笑顔」


 無意識に口にしていたのか、一美さんが私の写真を褒めてくれていた。


「ありがとうございます」


 気を取り直して、記事を読み進めて行く。

 店名のma couleurマ・クルールの由来について、記載があった。

 ma couleurマ・クルールはフランス語で”私らしさ”や”私の色”と言う意味があるらしい。

 店でフランス料理がメニューにあったかを考えるが、パスタ料理が多いのでイタリア料理がメインだと思う。

 なぜ、フランス語を店名にしたかも記事書かれていた。

 それは”響きと文字が気に入った”だった。

 マスターらしい理由だと読みながら思った。

 記事の続きに「所詮は喫茶店なので、英語だろうがフランス語、イタリア語なんでも関係ない。ただ、バイクに因んだ名前は妻から反対されていた」と書かれていた。

 私自身、インタビューを受けていないので、ma couleurマ・クルールの知らないことも書かれていたので、面白い記事になっていた。

 私がメイドを着ることになった経緯は、バイトの子にはメイド衣装を着せると面白いと思ったこと。

 バイト面接のときに私がボスを連れていたことで、ボスを触った時に嫌がる素振りもなく、太っていて可愛いので看板猫として採用していいかと聞かれて、私が了承したので、マスターは私とボスの一人と一匹を採用したことになっていた。

 この辺りは事実と異なっているが、一美さんを前面に出すことは出来ないので仕方がないことだと思うし、私としては事前に大まかな内容はマスターから聞かされていた。

 それに事実と違うことに関して、マスターと一美さんから謝罪の言葉も貰っていた。

 私はma couleurマ・クルールの営業日には殆どいるが、注意事項に”猫とメイドがいない日もあります”と注記があった。

 お客さんをがっかりさせないための措置なのだろう。

 まぁ、私やボスに集客効果があるとは思えないので、無駄なことだろう――。

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