022話

 保護猫を家族に迎え入れる為、スタッフからの説明および質疑応答がある。

 私は部外者なので、後ろで話を聞くだけだった。

 マスターは正直に日中は店で面倒を見ることや、店には先住猫のボスがいることを正直に話す。

 一美さんも妊婦ではあるが、生まれて来る自分の子供同様に可愛がることを懸命にアピールしていた。


「ちょっと、いいですか?」


 後ろで話を聞いていた私に中年の男性スタッフが話し掛けてきた。


「はい」


 私は戸惑いながらも返事をする。


「先程、触れ合いルームで猫と会話されていましたか?」

「えっ⁈」


 私はスタッフからも白い目で見られていると思い、恥ずかしくなる。


「いや、猫の鳴き真似が上手だなと思って見てました。オレオやノアールたちも、その声に応えるかのような仕草をしていたので……変なこと言って、すみません」

「いえいえ、私も少なからず変人の自覚がありますので……」


 自虐的な発言で、この場を乗り切ろうと考える。

 ふと胸元の名札を見ると”店長:池崎 太陽いけざき たいよう”と書いてあった。


「店長さんでしたか‼」


 私は思わず、頭を下げる。


「はい、一応店長です」


 池崎店長は、極稀に私のように猫の鳴き真似をする人が居るのだと笑って話す。

 ただ、今まで見てきた中でも私の鳴き真似は一番だったと、称賛してくれた。


「ありがとうございます」


 私は自分が認められた気がして、悪い気がしなかった。


「本当に猫と会話が出来ればいいんですけどね」

「……そうですね」


 私は適当な相槌で返す。


「店長。ちょっと、いいですか‼」

「あっ、今行く。今日はありがとうございました」


 スタッフに呼ばれた池崎店長は、私に挨拶をして去って行った。


 説明を受けていたマスターと一美さんの方も終わったようだ。


ma couleurマ・クルールって、商店街のお店ですよね!」

「えっ、店を御存じですか?」

「はい、太った猫ちゃんとメイドさんがいる喫茶店ですよね」

「はい、メイドは後ろの祐希ちゃんですし、その猫も祐希ちゃんの飼い猫です」

「そうなんですか! 私もN市から通っているので、タウン誌を見ていこうと思っていたんです」

「そうでしたか。その時は声かけて下さい。今回の結果に関係なく、なにかサービスさせていただきますよ」

「いえいえ、お気持ちだけで結構です」


 世間が狭いのか、雑誌の力が大きいのか分からないが、中山さんとマスターの距離が縮まったことだけは確かなようだ。

 しかし、恥ずかしいので、外でメイドだと発言をして欲しくないと心の中で思っていた。


 何人か里親希望者がいるので里親候補になった場合、今日中に電話で連絡が来るそうだ。

 つまり、連絡が無ければ里親に選ばれなかったことになる。

 仮に里親候補になった場合、一週間から二週間程度のトライアル期間を経て、問題無いと判断されたら正式に譲渡となる。

 その際に、ワクチン代やマイクロチップ代などの諸経費を支払いが発生する。

 時期が来れば去勢もしなければならない。

 トライアルだが、ケージやトイレなどは用意しなければならない。

 貸し出しもあるそうだが、マスターと一美さんは断っていたので、無駄になっても買うつもりのようだった。


「分かりました。必要なものは、この書類に書かれていますので事前に用意を御願い致します。それと譲渡が決まった後も、定期的に猫の状況を報告することになっていますので、宜しく御願い致します」

「どのように報告するのでしょうか?」


 報告と聞いてもピンときていないマスターは、中山さんに質問をする。


「報告と言っても写真を数枚送っていただくのと、近況報告と言うと大袈裟ですが、少しコメントを書いて頂ければ良いです」


 中山さんは送られてきた報告書を見せながら、説明をしてくれていた。


「岡部さんの場合、お店でもということになるので、少し特殊な環境になりますので、御自宅とお店の両方にお邪魔することになるかも知れません」

「はい、構いません」


 即答するマスターと一美さん。

 私は自宅訪問と聞いて躊躇していた。

 命を預けるうえで必要なことだとは理解しているが……。


「ただ、店の方は脱走防止の措置をする必要があるので……」

「そうですね。その際はトライアル日を少し調整が必要になりますね」

「あの……そのトライアル日が伸びるのは、里親として選ばれる基準で不利なことでしょうか?」

「そうですね……不利とかは無いですよ。良い環境で迎えてもらえるのが、ここにいる仔たちにとって、一番の幸せですから」

「そうですか、ありがとうございます」


 不利にはならないことを知り、マスターと一美さんは安堵の表情を浮かべていた。


「ただ、環境が変ると猫たちのストレスになります。最初の内は自宅でのみということは可能でしょうか?」


 中山さんの言葉に、マスターと一美さんは顔を見合わせる。


「それが最善であれば、そうさせて頂きます」


 マスターが答えると、一美さんも頷いていた。

 言葉を交わさなくても意思疎通が出来る様子を見て、私は少しだけ驚いた。


「最後になりますが、聞き忘れたことなどは御座いますか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そうですか。本日はありがとうございました」


 スタッフは立ち上がり、頭を下げたので、マスターと一美さんも立ち上がり返礼する。

 私はネットで見た情報で、もっと上から目線で接するものだと思っていたので意外だった。

 たまたま、この保護団体がそうなだけで、他の保護団体だと違うのかも知れない。


「最後にもう一度、オレオくんとノアールくんに会って行かれますか?」

「はい、御願いします」


 スタッフの計らいで最後にもう一度、オレオとノアールに挨拶をして譲渡会の会場を後にする。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 帰りの車中はオレオとノアールの話題で持ちきりだった。

 私は後部座席で会話を聞いていた。


「名前は……どうする?」

「私はオレオとノアールでいいと思っているわよ。御菓子の名前だけど、ピッタリだと思ったしね」

「うん。僕もそう思っていたから、一美さんも同じ意見でホッとしたよ」

「慣れ始めた名前かも知れないし、変えるのも可哀そうな気がするしね」


 名前を変えるのは可哀そうだからとマスターと一美さんは、今のオレオとノアールのままだと決断をする。

 しかし、猫と話せる私からすれば、あまり名前に拘っていないことを知っているので、新しい名前を付けたとしても問題が無いことを知っている。

 せっかくのいい雰囲気を壊す気もないので、二人の気持ちを尊重して私も頷く。


「二匹だとトイレも多く必要なのかな?」

「う~ん。ネットでは猫プラス一個ってあったから、三個必要ね」

「トイレや御飯の置き場所を考えないとね」

「そうね」


 いざ、買おうとなるとマスターは不安なのか、一美さんにいろいろと相談をしていた。

 不安げなマスターに一美さんは「子供が三人になったと思えばいいだけよ」と笑っていた。

 マスターは口頭で一美さんにma couleurマ・クルールの入口付近にもうひとつ柵を作るか、猫のスペースを別に作るかを一美さんに相談していた。

 どちらにしろ、お金が掛かる話だ。

 店内はリードを着けっぱなしというわけにはいかない。


「祐希ちゃんは、どう思う?」

「えっ、私ですか!」


 突然、話を振られた私は驚く。

 店の改装に、私が意見を言うと思っていなかったからだ。

 それでなくても、私のモンキーを置いたり雑誌の取材などで、模様替えを何度もしている。


「慣れるまでは暫くケージですから、店奥の壁際にケージを置いたらどうですか? モンキーは裏に置いておけば、今と同じくらいの広さは確保できますよね」

「そうね……」


 私の意見も聞きながら、マスターと一美さんは車中で意見を交換している。

 話を聞きながら、お客さんたちが受け入れてくれるのかが気になっていた。

 なによりもマスターが、一番気にしていた常連のお客さんたちの反応は、どうなのだろうか?


「そういえば、来週からだったよね?」

「えぇ、そうよ」


 来週の大安日が”猫専門探偵社 かぎしっぽ”の初営業日になる。

 と言っても、依頼がある訳でも無く探偵事務所を立ち上げたというだけの話だ。

 今まで通りにma couleurマ・クルールでバイトをして、依頼があれば、バイト後に猫探しをする。

 依頼が無ければ、それだけ平和だということなので依頼が無い方が良いに決まっている。


「祐希ちゃん。少し遅くなっても平気?」

「はい、大丈夫です」

「ちょっと、寄り道してもいいかな?」

「はい、どこに行くんですか?」

「商売繁盛のために、神社に寄ろうかと思ってね」

「そうね。熊手や御札等を買いましょう」


 間違いなく、商売繁盛と言っているのは”猫専門探偵社 かぎしっぽ”のことだろう。

 先程、依頼が無い方が平和だと思っていた私の思いと反すると思いながら、私は顔に出さずマスターたちの意見に同意した。


「帰り道に商売繁盛の神様を祭っている神社があるんだ。ma couleurマ・クルールの熊手や御札も、その神社で購入しているんだ」


 店の雰囲気を壊さないようにと、目立たない場所に熊手を飾ってある。

 お客さんからは見えないので、知っている常連客も少ない。

 御札は奥の部屋に祭ってあるので、従業員以外は知らない。


 ただ、熊手を買う時に、マスターと一美さんが大きさで言い合いになったことは聞いている。

 今回も揉めなければいいと思っている。

 最後に私の意見を求められても困るからだ……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お疲れさまでした」


 譲渡会の会場では、最後のお客様を送り出したところだった。


「大成功ですね、店長。思っていたよりも多くの方が、足を運んで下さって良かったですね」

「うん、そうだね。あとは、里親を決めないとね」


 スタッフを集めて、意見交流をする。

 一人の偏った意見でなく、いろいろな視線で判断をする必要があるからだ。


「店長は、気になった御家族いらっしゃいましたか?」

「うん。オレオとノアールの里親を希望していた御夫婦たちかな」


 池崎の言葉に他のスタッフも同意する。

 しかし、一般的な里親の環境と違い、ゆくゆくは経営する喫茶店内で日中を過ごすという特殊な点を危惧するスタッフもいた。

 オレオの里親候補は三組、ノアールの里親候補も二組だったが、二匹ともに迎え入れようとする里親候補は岡部夫妻だけだった。


ma couleurマ・クルールって……私、岡部さんの喫茶店には何度か行ったことありますよ」


 スタッフの一人が手を上げる。

 中山同様に、柚希たちの地元N市から通っているスタッフだった。

 ボスのことも知っていたので、池崎とスタッフに店の雰囲気を伝える。


「……放し飼いか」


 ボスにリードもつけずに店内に放置させていることを、良く思わないスタッフもいる。

 脱走の危険があった時のことを考えているのだ。


「そういえば、地元発行のタウン誌に乗っていたと思いますよ」

「あっ! 私、鞄にいれていますので持ってきます」


 スタッフの言葉に反応して中山は席を立つと、鞄の置いてある所に移動をして、鞄からタウン誌を取り出した。


「いつも持ち歩いているの?」

「はい。空いた時間に寄りたい場所を探せますし、クーポンも付いていますからね」


 池崎の質問に笑って返す中山。


「これです」


 タウン誌のページをめくり、ma couleurマ・クルールの載っている箇所を開いて、池崎たちに見せる。


「……猫とメイドがいる喫茶店?」

「はい。だけど、料理はとても美味しいんですよ」


 ma couleurマ・クルールに来店したことのあるスタッフは話すが、スタッフたちの多くは料理よりも、猫とメイドの組み合わせに興味がいっていた。


「このボスって猫ちゃんも人気で、店にいる猫ちゃんたちよりも人間慣れしていますよ」


 何人かのスタッフは、ボス目当てにma couleurマ・クルールに行こうと考えていた。

 店長の池崎もその一人だった。


「どうしたの? 今日は騒がしいわね」


 扉を開けて一人の女性が入って来た。


「あっ、オーナー」


 オーナーと呼ばれた女性は今回の譲渡会を開いた猫カフェ”またたび園”のオーナー”杉本 咲彩すぎもと さあや”だった。

 またたび園はNPO法人”ねこ暮らし”が経営する猫カフェだ。

 杉本は”ねこ暮らし”の理事長でもあるが、自身も譲渡会などにスタッフとして接客をすることも多い。


「実は――」


 池崎は杉本に、オレオとノアールのことで話をしていたことを伝える。

 一通り話を聞いた杉本は、オレオとノアールの二匹をトライアルに出すことを決めた。

 NPO法人”ねこ暮らし”は、他の保護団体よりも譲渡条件が甘めに設定してある。

 その分、譲渡した後のフォローをきちんとする方針だからだ。

 それに杉本自身、ボランティアという名で無給労働していたこともあるので、基本的にボランティアには軽作業をお願いして、従業員やバイトには重労働を頼んでいる。

 もちろん、ボランティアが経済的な不安を抱かないような措置はしている。

 これは杉本が別の事業で儲かっているから出来ることでもあった。


「それと付き添いの子が、猫と会話するようで面白かったですよ」

「へぇ~、そうなの」

「はい。因みにこれが、その里親候補の岡部さんが経営する喫茶店です」


 池崎は杉本にスタッフが持って来たタウン誌を見せる。


「ふふっ、面白いコンセプトね」


 記事を読みながら笑う杉本。


「譲渡する時は、私も同行しようかしら」

「僕も同行しますよ」


 杉本と池崎は楽しそうに話す姿を見ながら、他のスタッフたちは「自分も行きたい」と思っていた。

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