021話
マスターと一美さんの三人で譲渡会会場へと向かっている。
後部座席に座っているが、マスターと一美さんも緊張しながらも楽しそうにしているのが伝わる。
譲渡会にいる猫をホームページを事前に見ているので、写真や動画から譲渡される猫たちのことを楽しそうに話していた。
ボスは家で留守番している。
おやつと御飯は用意して来ている。
食べて寝て過ごせるし、口うるさい私が居ないので一匹の時間を有意義に過ごしていると思う。
ボスには保護猫の譲渡会の説明はしたが、とくに興味を示さなかった。
自分のこと以外に関心を示さないのは、いつものことだ。
楽しそうなマスターと一美さんを後部座席から見ていると、仲の良かった両親の姿と被る。
自動車に乗ると、事故のことを思い出すかと思っていたが、特に拒否反応は無かった。
だからバスにもタクシーにも乗ることが出来ている。
事故と言っても、事故当時の記憶が欠落していることが大きな要因だと、医師から言われた。
しかし、なにかの拍子で記憶が蘇ることもあるので、気を付けるようにとも言われていた。
私はマスターと一美さんの会話をBGMに、窓から外の景色を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
譲渡会会場に着くと、既に何台も駐車場に車がある。
店前に自転車も数台駐輪されているので、自転車で来場している人もいるらしい。
「先に受付だけ済ませようか?」
「そうね」
マスターが受付を済ませるて来ると言うので、私と一美さんはマスターに付いていく。
「お一人様、五百円になります」
受付スタッフから入場料金を告げられるので、私は財布を取り出して料金を支払おうとする。
しかし、一美さんに止められた。
自分たちの都合で私を連れ出したので、今日の代金は全て自分たちが出すと譲らなかった。
私は素直にお礼を言って、マスターと一美さんの行為に甘えることにした。
受付スタッフの人から、保護活動のパンフレットを貰う。
マスターはアンケートを書いていたので、私も少しだけアンケート内容を覗いてみた。
個人情報の記入欄は無いので、今回の入場目的や譲渡会をどのように知ったかなどだった。
次回の譲渡会に活かそうとしているのだと思う。
マスターがアンケートの記入を終えて、アンケート用紙を受付スタッフに提出する。
「御協力ありがとうございました。では、簡単に説明させていただきます」
入場前に再度説明があるとしたうえで、注意事項を聞く。
入る前に手荷物はロッカーに預けて、手は消毒する。
ケージ内の猫に触れないことや、猫が驚くような行為をしないということ。
もし、猫に触れたい場合は必ず近くにいるスタッフに声を掛けるようにと言われた。
ここにいる子は猫カフェデビューを何回かして、少しは人間慣れはしているようなので状態によっては触れ合いも出来るそうだ。
「思ったよりも人が多いわね」
「でも受付で猫ちゃんを迎えるつもりですか? と受付で聞かれたから、多分だけど保護猫を見に来ただけの人もいるんじゃないかな」
「へぇー、そうなんだ」
「一応、ホームページに乗っていた猫ちゃんたちも居るそうだよ」
「そう!」
一美さんは嬉しそうに答える。
一緒に説明を聞いていたので、一美さんも知っているはずだが……深く追及するのは止めることにした。
私たちの順番札は”十二番”だった。
先程、八番の人が呼ばれていたので、少し待つことになる。
待っている時間もマスターと一美さんは、スマホで譲渡会に参加している猫たちの画像や動画を楽しそうに見ている。
私が捻くれているのか、楽しそうなマスターと一美さんを見ていると、保護猫と家族に慣れず落胆した時、どう声を掛けてよいのかを考えていた。
次々と順番を呼び声が聞こえる。
気付くと次が私たちの番だった。
「次だね」
マスターと一美さんは嬉しそうだった。
そして、私たちの番号札”十二番”が呼ばれた。
番号札をスタッフに渡すと再度、注意事項を聞く。
「御担当させて頂く中山と申します。お目当ての子はいますか?」
中山と名乗ったスタッフの胸元には”スタッフ:
中山さんはマスターたちが家族に迎え入れたいと、受付スタッフから聞いていたようだった。
「はい、この仔とこの仔なんでけど――」
一美さんはスマホの画面を見せる。
「オレオくんと、ノアールくんですね」
オレオという名前の仔は、白黒模様の綺麗なハチワレの仔だ。
私もこの写真と画像を見ながら名前を確認した時、この模様で名前がオレオとは某菓子から命名したのではないかと思っていた。
ノアールという名前の仔もオレオ同様に白黒模様の綺麗なハチワレの仔だが、オレオに比べて、白い部分が多い。
手荷物は車に置いて来ているので、手の消毒をすると中山さんが扉を開けてくれた。
マスターと一美さんは勿論だが、なぜか私も緊張をしていた。
未知なる扉が開き、知らない世界に接触するからだろう。
「どうぞ」
中山さんに促されて、私たちは入室する。
部屋には既に三組の人たちがケージに入った猫を見ていた。
入室した一組にスタッフが一人同行するようだった。
マスターと一美さんは目を輝かせながら、手前から順番に猫を見ている。
中山さんから猫の特徴や、保護された経緯なども聞いていた。
興味を示して寄ってくる仔や、我関せずと寝ている仔も居る。
ただ、寄ってくる仔の中には『おやつ頂戴?』と催促している仔も居た。
「この仔がオレオくんですよ」
マスターと一美さんが気に入っている”オレオ”という名前の猫のケージの前に来た。
中山さんは他の仔同様に、オレオのことも詳しく説明してくれた。
生まれて間もない状態で、猫カフェの前に捨てられたそうだ。
猫カフェであれば、猫を捨ててもいいと思う人たちがいることに驚く。
オレオは他の兄弟一匹と共に参加している。それがノアールだった。
他にもう一匹保護されたのだが、残念なことに病弱だったため亡くなってしまったそうだ。
中山さんとしては、個人的な意見としたうえで、兄弟仲が良いので離れ離れは可哀そうだから二匹で迎え入れてくれる人が居たら嬉しいと話す。
オレオは、遊び対盛りなので活発だが人間も猫も好きらしい。
あくまで猫カフェで働くスタッフの意見だ。
信用していない訳では無いが――。
『お腹空いた。御飯はまだ?』
寄ってくるオレオが可愛いのか、マスターと一美さんは目尻を下げていた。
私もマスターたちと同じようにケージ越しに、オレオを見ていた。
『御飯は、まだだと思うよ』
『えっ‼』
私が答えると、ケージの中にいた猫たちが騒ぎ始めた。
(……しまった)
考えごとをしていたとはいえ、私は自分の軽率な行動を後悔する。
気を付けていたが、普段通りに行動をしてしまったのだ。
『なんで、僕たちの言葉が分かるの?』
好奇心旺盛なのか、怯むことなく私に話し掛けてきた。
ケージの猫が一気に騒ぎ始めたので、スタッフたちも驚いていた。
私はオレオに回答をしようか悩んでいたが、オレオを執拗に答えを求めてきた。
『……私は君たちの言葉が分かるんだよ』
『凄い‼』
オレオはケージに頭をぶつけて、私に近付こうとする。
「気に入られたようですね」
中山さんは私を見て笑顔だった。
「抱っこしてみますか?」
「はい!」
スタッフの言葉に一美さんは即答する。
触れ合いスペースに人が居ないかを別のスタッフに確認して、無人だと分かると中山さんはケージからオレオを抱き抱える。
「こちらにどうぞ」
私たちは言われるまま、触れ合いスペースに移動をする。
一美さんとマスターが座り、私は一美さんの横に座る。
中山さんがオレオを床に置くと、オレオは周囲を見渡すと私のほうを見る。
『こっちに来る?』
私はマスターと一美さんの悲しい顔を見るのが嫌なので、私なりに恩返しが出来るようにと考えを変えて覚悟を決める。
オレオは私の言葉に応えるように可愛い足取りで近寄ってくる。
その可愛らしい仕草にマスターも一美さんもメロメロだった。
『こっちの人の膝に座ってくれる』
『うん、いいよ』
オレオは一美さんの膝の上に座る。
一美さんは感動していた。
この行動に中山さんも驚いていたが、オレオが触られると嬉しい個所などを教えてくれた。
一美さんに触られたオレオは喉をゴロゴロと鳴らして、リラックスしていた。
『この人たちはどう?』
『どうって?』
……当事者のオレオは、猫カフェから卒業することを知らない。
ずっと、この場所で生活すると思っているのだろう。
『その……この人たちと一緒に暮らすってこと』
『えっ、それってノアールと離れ離れになるってこと?』
『……そうなるかも知れないかな。ちょっと待っていてね』
スタッフの視線が私に向けられていることを知っていたが、気にせずにオレオと話をした。
「一美さん」
「なに、祐希ちゃん。オレオくんは、なんて言っていた?」
一美さんは私がオレオとの会話をしていたので、その会話内容から自分に質問をして来たのだと分かってくれていた。
「その……ノアールくんと離れ離れになるのは嫌みたいです」
「そう……」
一美さんが悲しそうな表情を見せると、マスターが一美さんの手を握る。
「大丈夫だよ。兄弟で離れ離れは可哀そうだから、二匹とも迎え入れよう」
「ありがとう」
マスターは中山さんにオレオと、ノアールの二匹を迎え入れたいことを伝える。
「そういうことであれば、ノアールくんも連れて来ましょうか?」
「はい。是非、御願いします」
「少々、御待ち下さいね」
中山さんは別のスタッフに声を掛けて、ノアールを連れてきて貰うように頼んでいた。
『離れ離れにならないように、この人たちが一緒に暮らそうって言っているよ』
『本当‼』
オレオを私に向かって話す。
マスターたちは私に向かって鳴くオレオを優しく撫でていた。
暫くして、スタッフがノアール連れて来てくれた。
触れ合いスペースにノアールを置くと、一美さんの膝の上にいたオレオがノアールに駆け寄る。
『僕たち、あの人の所に行くんだって』
『えっ、どういうこと?』
オレオがノアールに説明をするが、何も分かっていないノアールは困惑していた。
それにまだ、マスターたちが里親に決まったわけではない。
『こんにちは』
私はノアールに話し掛けると背中を丸めて毛を逆立てる。
……威嚇のポーズだ。
『この人、僕たちの言葉が分かるんだって』
『えっ……』
ノアールは戸惑っていたので、私は続けてノアールを会話をする。
姑息な話になるが、マスターたちとオレオたちが良好な関係だと、スタッフの人たちに印象付けることにする。
オレオとノアールも理解してくれて、マスターと一美さんの寄り添うにして甘えていた。
「二匹とも気に入っているようですね」
微笑ましい光景に中山さんも笑顔になっていた。
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