020話

 取材を受けるマスターは、物凄く緊張していた。

 それを見守っている一美さんも、手を固く握っても祈っているかのようだった。

 いつもと違うマスターを、美緒ちゃんは笑って励ましている。

 隣で見ていながら、美緒ちゃんが凄いと思っていた。


「じゃあ、次は……メイドさんと猫ちゃん、御願いします」

「はいっ!」


 私とボスの番になる。

 メイド服は一美さんが選んでくれていた。

 ぎこちない笑顔の私にも、美緒ちゃんから励ましの言葉が飛んでくる。


「猫ちゃんもこっちを向いてくれるかな」


 カメラマンは、狭い空間を動き回りながら何枚も写真を撮る。

 私はボスに笑顔を求めていないが、せめてカメラに顔を向けるようにと、小さな声でボスに囁き続けた。

 ボスも嫌々ながらカメラ目線になってくれる。

 太々しい態度こそがボスの真骨頂だと思っている。


 店内風景を何枚も撮る。

 一美さんは美緒ちゃんと、二人掛けのテーブルに座っていた。

 マスターの奥さんが常連客と、いつも談笑している風景を撮るためだ。

 しかし、いつもの一美さんと美緒ちゃんがアイドル談義に花を咲かせている見慣れた風景なので、私は違和感が無かった。


「ありがとございます。これで取材は終わりになります。記事が出来たらご連絡差し上げますので、内容の確認を御願い致します」

「はい、分かりました」


 雑誌記者の人の声で、取材が終わった。

 体の力が全て抜ける感じがする。

 奇妙な脱力感だった。


「一応、題名は”猫とメイドのいる喫茶店”で本当に良かったのですよね?」

「はい、それで御願いします」


 雑誌記者の人は最後に、店のキャッチフレーズを再確認していた。


「分かりました。では私はこれで失礼致します。本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 私たちは雑誌記者を送り出す。


「疲れた~」


 雑誌記者が居なくなると、一美さんが座ると同時に叫ぶ。


「考えていたことが殆ど話せなったよ」

「本当よね。ここ数日のシュミレーションが無駄だったと痛感したわ」


 マスターと一美さんは、事前にシミュレーションしていた受け答えが出来なかったようで、苦笑いをする。


「祐希ちゃんと美緒ちゃんも、ありがとうね」

「いえいえ」

「私は雑誌デビュー出来て嬉しいです」


 満面の笑みの美緒ちゃん。


「でも、一美さん。OVERTUREオーバーチュアだったことは話さなくて良かったんですか?」

「うん。所詮は過去のことだし、それで他のメンバーに迷惑が掛かったりすると嫌だからね」

「そうなんですね」

「まぁ、私もおばちゃんになったし、気付く人なんていないと思うけどね」

「いいえ、オタを舐めないで下さい。一美さんと祐希ちゃんの衣装を見れば、絶対に分かりますよ」

「そうかな?」

「はい! 一美さんが思っているよりOVERTUREオーバーチュアは伝説のアイドルユニットなんですよ」


 美緒ちゃんは自信満々で答える。

 しかし一美さんは、OVERTUREオーバーチュアの話をする時、どことなく寂しそうだった。


「いつもの美緒ちゃんだね」


 私は話題を変えることにした。


「いつもの? 私はいつも通りですよ?」


 不思議そうな顔で答える美緒ちゃん。


「さっき探偵の話をしている時は、美緒ちゃんじゃないかと思うくらいだったよ」

「――私は意識していないんですけど、人や状況によって話し方や声色が変わるらしいんですよ」 

「……そうなの?」

「はい。昔からよく言われます」


 多重人格の気質でのあるのかと疑ってしまうくらい、今の美緒ちゃんとの差が激しい。


「はい、御疲れ様」

「あっ、ありがとうございます」


 マスターが飲み物を入れてくれた。


「それとこれ」


 マスターは美緒ちゃんに封筒を渡す。


「なんですか?」

「無理して来てもらったから、少ないけど貰ってね」

「いや、貰えませんよ。私が好きで来ただけですし」

「うん、ありがたいと思うけど、仕事に対する対価は必要だから受け取って欲しいな」

「でも……」


 戸惑う美緒ちゃんに、マスターは決定的な一言をぶつける。


「僕のスマホに保存してある秘蔵写真の中から、OVERTUREオーバーチュア時代に一美さんを撮った写真をあげても――」

「喜んで受け取らさせていただきます」


 マスターが言い終わる前に、美緒ちゃんは御辞儀をしながら両手で封筒を受け取っていた。

 私はマスターは人を使うのが上手いと言うか、断れない状況を作るのが上手いと感じていた。

 かく言う私も似たようなことを経験しているからだ。

 美緒ちゃんは受け取った封筒を嬉しそうに眺めている。


「初めてのバイト代」


 私は美緒ちゃんを見ながら「バイトの経験がない」と、以前に言っていたことを思い出す。


「大事にします。絶対に……絶対に、このお金は使いません」


 今まで以上の笑顔になるが、少し涙目になっている美緒ちゃん。

 それだけ嬉しかったということなのだろう。

 私は自分の初給料の時を思い出すが、全く記憶に残っていなかった。

 多分、なにも考えずに使ったから覚えていないのだろう……。


 その後、少しだけ雑談をして、今日は御開きとなる。

 戸締りをしてma couleurマ・クルールを出る。


「少し遅くなったし、美緒ちゃんの家まで送ろうか?」

「あっ、大丈夫ですよ。大学から返ってくる時、これくらいの時間の時もありますから」

「そう、気を付けてね」

「はい、御疲れ様でした……あっ、祐希ちゃん」

「ん?」

「連絡先交換しよう」


 美緒ちゃんは携帯を取り出すので、私は返事をせずに携帯を美緒ちゃんに差し出して、連絡先を交換した。


「じゃあね、祐希ちゃん」

「バイバイ、美緒ちゃん」


 元気に走って去る美緒ちゃんを、マスターと一美さんと見送る。


「じゃあね祐希ちゃん。また明日ね」

「お疲れ様」

「はい、御疲れ様でした」


 別れて、私も帰路つく。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日のma couleurマ・クルールも朝から忙しかった。

 土曜日なのでモーニングタイムが終わっても、コンスタンスに客足が途絶えることは無い。

 昨日、取材前に少しだけ店内の模様替えをしている。

 店内から外が見える位置に棚を置いた。

 棚の上にまでボスが登れるように階段状になっている。

 ボスがくつろげるようにと、クッションまで用意されている。

 看板猫の待遇改善だった。

 何人も帰る時にボスに話かけてから店を出ていった。


「すみません」

「はい!」


 入り口でコートを着た男性が立っていた。

 コートの中はスーツっぽい。

 土曜なのに仕事なのかと思いながら、接客をする。

 席に座った男性は珈琲を注文された。


「ちょっといいですか?」

「はい」

「この男性を見たことありますか?」


 部下っぽい男性が手帳に挟んである写真を見せてきた。


「んー」


 私は写真を見ながら思い出すが、記憶にない。


「見たことないですね。マスターにも聞いてきましょうか?」

「お願いできますか」

「はい。写真をお借り出来ますか?」

「それは、ちょっと……」


 紛失でもされたら困るようなので、マスターに事情を話して厨房から出てきてもらう。

 その間、私が珈琲の様子を見る。

 マスターはお客さんと、なにか話をしているようだったが、数分で戻ってきた。


「写真の人、知っていましたか?」

「いいや、見たことなかったね。この寒いのに刑事さんも大変だね」

「刑事さんなんですか?」

「うん。何か思い出したらって、連絡先も教えてもらったよ」


 テレビでしか見たことが無いような状況に、私は少し興奮する。


「先日の殺人事件の関係かな?」

「河川敷の事件ですか?」

「多分、そうじゃないかな。ありがとうね、祐希ちゃん」

「いえいえ」


 私はフロアに戻る。


 三時くらいになると、商店街でも何人かが刑事に写真のことを聞かれたと噂になっていた。

 モーニングを食べて帰って行った常連客の藍木さんが再度、店に戻って来てまで教えてくれたからだ。 

 私は「人の口には戸が立てられない」という言葉を思い出した。

 

「殺されたの暴力団関係者って話らしいよ」


 藍木さんは商店街で聞いた話を、さも自分が調べたかのように詳しく話してくれる。

 先日、駅前のビルに警察が立ち入り検査をしたらしい。

 暴力団のフロント企業らしく、その殺された男性が出入りしていた可能性が高いとのことだった。

 ……あれ?

 私は嫌なことを思い出す。

 以前に迷い猫ラテの捜索で駅前に行った時に追いかけられた……。

 顔を見ていないので真相は分からないが、多分いや――絶対に私には関係ないに決まっている。

 今日はボスと一緒に寝ようと心に決めた。

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