034話
「マスター‼」
リニューアルした
「どうしたの、飯尾さん」
呼ばれたマスターも驚いていた。
「こっ、これ見てよ」
飯尾さんは珈琲を作っていたマスターの所へ、スマホを持って歩いていった。
マスターは飯尾さんからスマホを受け取り、画面を見ると表情が一変する。
一緒に入店した藍木さんにも、先程まで自分が見ていた画面まで操作して見せる。
「ふぅ~、どうなるんだろうね」
一通り見終えたマスターが、深いため息をついた。
「本当だね。喜ぶべきなのか……悩ましいところだけど、許せないことは間違いないな」
同じように見終えた藍木さんが深刻な表情でスマホをテーブルの上に置いた。
「これですか?」
勤務中にスマホで検索をした画面を見せてくれた。
そこには市長と大型商業施設社長の賄賂のニュースが流れていた。
それだけでなく、市長の息子が駅前で闇カジノや、薬物取引をして逮捕されたそうだ。
その闇カジノには、議員や地元であれば聞いたことのある会社の子供たちも出入りしていた。
家宅捜査してから、市長の汚職までが早すぎるため、警察は以前から念入りに調査を進めていたのではないかと、事情通らしきコメンテーターが話していた。
「もしかしたら、市長は国会議員や各権力者に圧力をかけてもらって、記事をもみ消そうとしていたんじゃないのかな」
藍木さんが憶測で話をするが、私もあながち間違いではないのかな? と感じていた。
昔と違い今は、SNSなどで簡単に情報が出回る。
それに冷や飯を食べていた反市長の勢力などの力も働いたのかもしれないと、藍木さんの影響なのか、私も憶測で考え始めていた。
市長は元国会議員だったので、政界との繋がりは広かったと思うが……。
蜥蜴の尻尾斬り。
自分に火の粉がかかる前に、市長とは関係ないような情報操作をする者が多く出たようなこともコメンテーターが話していた。
警察としても面目が立つので、これ以上の追及は無いだろうと、あたかも知っていたかのような口調で飯尾さんが話す。
知ったかぶりな話とはいえ、飯尾さんが真面目な話をしていることに私は少しだけ驚いていた。
(あれ?)
画面に一瞬だけ映った建物に私は見覚えがあった。
駅前で怪しい男たちに追われた場所の近く……いや、もしかしたら入り込んだ路地裏が、あの闇カジノが行われたビルの裏だったのかも知れない。
もし、私が見たのが薬物の取引現場や、薬物を使用していた瞬間だとしたら……。
もし、あの時、追ってきた男たちに捕まっていたら……。
最悪な状況が頭に浮かんだ。
そんな時、店の扉が開く。
「いらっしゃい……」
反射的に挨拶をしようと振り返ると、見覚えのある二人組が立っていた。
いつぞやの刑事だ。
店に入るわけでもなく、二人とも軽く頭を下げる。
マスターも気が付いたようで、私に一番奥の席へと案内するように指で指示をしてくれた。
「どうぞ、こちらに」
私は刑事二人をマスターの言われた席へと案内しようとしたが、体よく断られる。
そのことに気付いたマスターが厨房から出てきた。
「お忙しいところ、申し訳御座いません」
「いえ、構いません」
「この男に見覚えありませんか?」
「う~ん――」
写真を見ながら、思い出そうとするマスターだったが出てきた言葉は「記憶にない」だった。
その様子を見ながら飯尾さんや藍木さんは、噂好きな性格に火が着いたのか、聞き耳を立てて情報を仕入れようとしていた。
「例の殺人事件の関係ですか?」
「まだ、捜査中なので詳しいことは」
言葉を濁す年配の刑事だったが、事件に関係がなければ聞き込みになど来ないはずだ。
「市長の息子の竜美さんですよね。私の記憶では店に来たことはありませんよ」
横から写真を見ていた美緒ちゃんが終わろうとしていた話を復活させた。
「この男を知っているのですか?」
「はい。同じ学校に通っていました。彼はそれなりに有名人でしたから、よく覚えていますよ」
「それなりに有名ですか……最近、どこかで見た記憶もありませんか?」
「先程のニュースで、久しぶりに見たくらいです」
美緒ちゃんの言葉に驚かなかったところを見る限り、この二人も市長関連のニュースが流れることは事前に知っていたようだ。
「一緒に通われていたのは、中学校。それとも高校ですか?」
「学年が二つ違いますが、一緒だったのは小学校と中学校です」
「そうですか。大変恐縮ですが――」
既に市長の息子の交友関係は調べ終わっているだろうが、捜査の新しい糸口が見つかるかも知れないからなのか、形式的なことなのかは分からないが、刑事の二人は美緒ちゃんへ質問を幾つかしていた。
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「御協力有難う御座いました」
時間にして三分程度だろうが、美緒ちゃんへの質問を終えた刑事二人は店から出て行った。
しかし、美緒ちゃんの災難はここからだった。
噂好きの飯尾さんと藍木さんが、美緒ちゃんを捕まえて質問責めにする。
苦笑いをする美緒ちゃんがマスターに助けられるまで、数秒だったが、刑事二人を相手にするより疲れただろうと、私は見て感じていた。
◇
閉店時間を迎えて、後片付けをする。
「じゃあ、悪いけど先に帰るね」
「はい、御疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
厨房の火の始末だけ確認すると、マスターが先に帰っていく。
家で待つ一美さんと、赤ちゃんに早く会いたいため、最終の戸締りは私と美緒ちゃんでするのが、最近の日課だ。
とはいえ、マスターが軽食を作ってから帰ってくれるので、マスターが居なくなってから、食事休憩を取っている。
今日の話題は、もちろんというべきか市長関連の話だ。
「商店街は、どうなっちゃうんですかね」
オレンジジュースを飲みながら、美緒ちゃんが話し始めた。
「そうだね……」
大型商業施設が建設されると発表されたことにより、経営が苦しかった店は、早々と店を畳んだ。
勝ち目のない戦いをするくらいなら、被害が少ないうちに……と考えたからだ。
ただでさえ、営業している店が少なかった商店街。
もし、大型商業施設の建設が白紙に戻ったとしても再度、店を再開しようとする店主は居ないだろう。
結局、困るのは今まで商店街を使用していた年配のお客さんだ。
今でも商店街で買いたい物が買えないと、不満を口にしているのを聞いたことがある。
長年の生活を変えるのには、同じように時間が必要なのだろうと思っている。
「しかし、美緒ちゃんが市長の子供を知っているのには驚いたよ」
「たまたま、同じ学校だっただけですよ」
市長の息子”竜美”は、父親の権力を盾に傍若無人な振る舞いをする生徒だったらしく教師も当時、国会議員だった父親のこともあり、強く出られなかったそうだ。
男子の気に入らない生徒には暴力。
可愛い女子生徒には、相手の意見関係なしで脅しに近い言葉で、半ば強引な交際を迫る。
しかし、中学三年に転校してきた一人の生徒により、竜美の学校生活は一変する。
彼女は容姿端麗という言葉がピッタリだった。
しかもそれを鼻に掛けることなかった。
常識があり、誰にでも優しかったので、学校に溶け込むのに時間がかからなかった。
当然、目立つ彼女に竜美が気付かないはずがない。
今まで通り、自分の思い通りになると思っていた。
しかし、彼女は竜美の誘いを断る。
それも傍若な振る舞いをする諫める発言をすると、竜美は彼女の顔を拳で殴った。
その反動で倒れ込んだ彼女に馬乗りになり、何度も何度も彼女の顔を殴り続けた。
騒ぎを聞きつけた教師が竜美を取り押さえる。
自分に逆らう教師にも立腹し、暴れることを止めなかった。
竜美に殴られた彼女の父親も国会議員だったことが、この一件で生徒たちに知り渡る。
しかし竜美と違い、父親の権力をかざすことなく、優しく接してくれていた彼女を罵る生徒はいなかった。
むしろ、竜美に反抗したことを称賛する声の方が大きかったのだ。
彼女の父親は、竜美の父親よりも格が上の国会議員の娘だった。
教師たちも、自分の立ち位置をよく理解している。
自慢の娘を殴られた父親の怒りが収まることは無く、竜美はその報いを受けることとなる。
権力のない竜美に従うものはいなかった。
竜美は、その後一度も登校することは無く、中学三年の冬に学校を去ったと、美緒ちゃんが教えてくれた。
噂では何日も拷問を受けていたとか、転校すると言っているが実際は殺されたなどと、面白可笑しい話が広がっていた。
父親もこの件で次の選挙では、党の公認を貰えずに国会の場から去った。
そして、数年後の市長選に出馬をして当選した。
「半分は、お姉ちゃんから聞いたり、学校の先輩から聞いた話ですけどね。ただ、転校先でも素行が悪く、高校に入ってもすぐに辞めたっていう噂を聞きましたよ」
「へぇ~」
自分が危ない目にあったかも知れない相手の話だったが、客観的に聞いていた。
どこか知らない世界の話に思えたからだ。
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