035話

 私は薄暗い部屋の中で隔離されていた。

 何故、自分がこのような状況に置かれていることを理解出来ないでいる。

 数時間前まで、いつもと変わらない平凡な時間を過ごしていたのだが……。


「おはようございます」


 元気な挨拶でma couleurマ・クルールに入って来た。


「あれ? 今日は髪型が違うね」

「はい、今日はツインテールにしているんです」


 マスターと美緒ちゃんが楽しそうに話をしている。


「祐希ちゃんも、美緒ちゃんと同じ髪型にしてみたら?」


 マスターの突拍子も無い提案に、私は言葉が出なかった。


「いいですね!」


 何故か美緒ちゃんもマスターの提案に同調していた。

 今までメイド服は着ていたが、髪型まで服に合わせてセットしたことは無い。

 仕事の邪魔になるので、ピンでとめたり、ゴムで縛ったりするくらいだ。

 熱いときなどは、途中でポニーテールや、団子にしたりすることもあったが、それは見た目でなく動きやすさ重視のためだ。

 嬉しそうな美緒ちゃんの顔を見ていると、断る言葉がでなかった。

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「はい、出来ました」


 美緒ちゃんが、時間にして数分で私をツインテールにした。

 手で結び目を触ると、かなり高い位置になっている。


「高い方が祐希ちゃんに似合うと思ったけど、思った通り」


 嬉しそうに笑う美緒ちゃんに何も言えなかった。


「良く似合っているよ」


 マスターもツインテールを褒めてくれる。

 私の記憶では、この高さのツインテールは初めてだと思う。

 鏡を見ていないので、自分自身似合っているのかは不明だ。


 仕事中も、この髪型は好評だった。

 初見だからこそ褒めてくれているのだとも思う。

 ただ、悪い気はしないので機会があれば、今日のように服装に合わせた髪型の変更もしてみようと思った。

 美緒ちゃんとは背格好も似ているからか、姉妹のようだとお客さんから揶揄われる。

 若干、私の方が横幅が広い気もするが……。



 ma couleurマ・クルールの昼休み。

 私と美緒ちゃんは時間をずらして休憩に入る。

 先に私が休憩に入ることになったので、ボスを連れて商店街で買い物をする。

 ボスを連れて行かないと機嫌が悪くなるので、仕方なしに連れていくだけだ。

 決してボスの言葉に従って、おやつなどを買う訳では無い。

 夕飯の食材で足りない物を幾つかの店で購入する。


「動くな」


 背後から小さな声が聞こえる。

 脇腹には何かを押し付けられた感触がある。


「そのまま歩いて商店街を抜けろ。大声を出したり逃げる素振りがあれば、この商店街で銃をぶっ放す」


 私は自分の置かれた状況が分からなかったが、とりあえず危険な状態なことだけは確かだ。

 ポケットに仕舞ってあるスマホで助けを呼ぼうとしたが、背後にいる声の主はそれを許さなかった。

 そのままスマホをポケットから出すように指示される。

 スマホを確認すると背後の男にスマホを取り上げられた。

 これで助けを呼ぶ手段が無くなった。

 私が歩いていると、往来する人たちから声を掛けられる。

 危害が加えられないように、簡単な挨拶をしながら、そのまま進む。

 商店街を抜けると、黒いワンボックスが駐車してあり、それに乗るようにと指示される。

 車から三人の男が降りてきて、私を囲う。

 男たちは帽子を深く被り、色の濃いサングラスにマスクをしていた。

 顔が分からないような工作をしていることは、一目瞭然だった。

 そして男たちは、通行人から私を見えないように壁を作っているようだった。


「リュックを下していいですか?」

「俺が下ろすから、変な動きをしたら……分かっているよな」

「はい。それと、猫が車酔いするので外に出してもいいですか?」

「猫だと⁈」


 リュックのジッパーを少しだけ下ろすと、リュックの中にボス……猫が居るのを確認する。


「フッ」


 馬鹿にしたように笑うと、リュックの中からボスを出そうとする。

 警戒するボスは取り出そうとする手を引っ掻く。

 攻撃に一瞬怯んだ隙にボスはリュックから飛び出す。

 が、逃げるわけでなく、その場で後ろ足で顔を書いている。


(ボス……さすが、根性が座っている)


 そんなことを考える時ではない。


『ボス。助けを呼んできて』

『助け? 祐希は今、危険なのか?』

『そうよ。とりあえず車のナンバーを覚えて、誰かに伝えて』

『ナンバーってなんだ』


 ……私もどうかしていた。

 ボスが、猫が数字を知っている訳がない。

 今度いや、生きて帰ってきたら、きちんと教えようと固く誓った。


「おい! この女、頭おかしいんじゃないのか⁈」


 ボスと話す私を見て、私を囲っていた男の一人が怪訝そうな表情で話す。


「この、くそ猫‼」


 引っ掻かれた男は、危機感ゼロのボスを蹴ろうとする。


『ボス、逃げ――』


 思わず大声で叫ぼうとして、言葉を止めて周囲の男たちの顔色を見る。

 途中で叫ぶのを止めたので、少なからずとも私が騒ぐつもりが無いことを理解したのだと、良い方向へと考える。

 ボスは私の声に反応してか、私の意図を理解したのか分からないが、商店街の方へと走って行った。

 私は、その後ろ姿を見ながら安心する。

 と言っても、これから自分がどうなるかを想像するが、一度は死んだと思った命なので、他人に比べて”生きる”という概念が気薄なのかも知れない。


「くそっ!」


 怒りを抑えきれないボスに引っかき傷をつけられた男を、他の男たちは宥める。

 残った男たちから、私は静かに車へ乗るように指示されるので、大人しく車へと乗り座る。

 私乗ると同時に、乱暴に車のドアを閉じた。

 私の左右に一人が座り、私の動きを封じるようだ。

 結束バンドで、両手を縛られると目隠しされる。

 この時、自分ながら気付くのが遅いと思いながら、誘拐されたのだと確信する。

 同時に、「どうして私を誘拐するのだ?」という疑問も浮かんで来た。

 財産……一軒家と少しの財産から考えても、誘拐するなら他を選ぶべきだ。

 それ以外でも考えるが……何も思いつかない。

 秘密裏に猫を探して欲しいと頼む大富豪かとも、楽観的に考えたが……。

 耳から入って来る車の音や、街の騒音を注意深く聞く。

 少しでも情報が必要だと感じていたからだ。


 前方から話し声が聞こえる。

 多分、方向からして助手席に乗っている男が電話をしているのだろう。

 しかし、この同乗している男たちは、「おい」「お前」「金髪」などと決して名前で呼ぼうとしない。

 きちんと訓練された組織のように感じるが……ここ日本に漫画のような犯罪組織があるのかと考える。

 その間も、車は到着地点に向かって走り続けていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「降りろ‼」


 男の一人が私に命令をする。

 目隠しされているので命令されたのが私かの確証はないが、状況的に私に向かって話したことは間違いないだろう。

 手探り……いや、足探りで車を降りる。

 降りた後、体の向きを強引に変えられて歩くように言われる。

 つまずかないように、ゆっくりと歩く。

 その後も強引に体の向きを変えられて、最後は背中を軽く押されてよろける。

 しかし、両手は結束バンドで縛られているので、手をつくことが出来ずに頭から転ぶ。


「っ!」


 私は出そうになる言葉を押さえる。

 しかし、小さい言葉を発したことに気付いた男は、転んだ私から目隠しを強く剥がすと、耳に引っ掛かり痛みを感じる。

 どれくらい時間が経ったか分からないが、目に飛び込んできたのは暗いながらも古びた壁と照明器具が取り付けられていない天井。

 小さな窓から微かな光と街の雑音が聞こえる。

 どこかの雑居ビルの一室なのは間違いない。

 錠が締まる音と同時に、この部屋に閉じ込められる。


「ボスは無事に逃げて、ma couleurマ・クルールの猫と気付かれて、マスターの元に帰ることができたかな……」


 薄らと入り込む光を眺めながら、ボスの無事を祈る。

 扉の外では何か大声で話をしているのか、街の音よりもよく聞こえた。

 私は扉に耳を当てて、内容を聞こうとした。


「間違いない。言われた指示通りに誘拐をした」

「本当だ‼」


 途切れ途切れだが会話を聞いていたが、どうやら電話で口論しているようだった。


「……分かった」


 この会話が最後なのか、怒りに満ちた叫びが扉の向こうから聞こえる。

 他の男たちが電話をしていた男に内容を聞こうとすると、男の琴線に触れたのか、扉を通しても怒号が聞き取れた。


「あぁ、なんか依頼は失敗だとかで文句を言われた」

「そんなことないだろう。あの店から出てきた女を拉致しろって指示だから、指示通りだろう?」

「そうだ。指示のあったツインテールの女だったし、連絡を貰った特徴と合っている」

「俺も間違いないと思う」

「くそっ! 闇バイトだからって、踏み倒す気か‼」


 なにかを投げたか蹴ったかは分からないが、大きな音がしていた。


(闇バイトって……)


 男たちから出た”闇バイト”という言葉に驚く。

 ニュースでよく聞く言葉が、まさか自分の身に及ぶとは考えもしなかったからだ。

 それよりもツインテール……まさか‼

 私は美緒ちゃんと間違えられて誘拐されたことに気付く。

 でも、美緒ちゃんを誘拐する理由って……。

 たしか、両親ともに弁護士だし、自宅の大きさからも、かなりの資産家なのは間違いない。


(うん、美緒ちゃんなら誘拐されてもおかしくない)


 そう思いながら、これから自分はこの後、どうなるのか不安になる。

 着信音が扉の向こうから聞こえる。

 どうやら依頼人とやらが再度、男たちに電話をしてきたようだ。

 先程とは違い大声で無いため、 扉越しには会話を聞き取れない。

 足音が近付いて来るのが聞こえたので、私は扉から離れる。

 予想通り扉が開くと、男たちは私が逃げないようにと扉を囲うように立っていた。


「おい、お前の名前は⁈」


 いきなりのことで私は驚き、答えるのを躊躇した。


「名前は‼」


 私が答えないことで苛立ったのか、先程以上の声で私を恫喝するように質問する。


「西田……西田祐希です」


 私が名前を告げると、男たちは顔を見合わせて首を横に振っていた。

 帽子にサングラス、マスクをしているので表情が分からないが、間違いなく残念な表情をしていたことだけは確信できた。

 私の名前を聞いた男たちは力一杯、扉を閉めた。

 施錠の音が聞こえなかったので、もしかしたら部屋から抜け出せる……いいや、男たちを刺激することになるし、私の脚力で男たちから逃げ切れるわけがない。

 そういえば……以前にも男たちに追われたことを思い出す。

 もしかしたら、今回拉致されたことは、それと関係しているのか?

 しかし、先程の男たちの反応からして、私にさほど興味がある反応では無かった。

 やはり、美緒ちゃんと間違えて触られたと思って間違いないだろう。

 差し込む街灯や聞こえて来る音から、この部屋は低層階だと気付く。

 1階もしくは、2階程度ではないか?

 窓から飛び降りれば……とも思ったが、窓は開かないような細工をされているし、外には鉄格子があるので、外に出ることさえ出来ない。

 私は普通の人では出来ないイチかバチかの賭けに出る。


『助けて!』


 猫に向けて叫ぶので、多分男たちには「にゃぁ~にゃぁ~」としか聞こえていないはずだ。

 これは美緒ちゃんとボスに協力してもらった実験で確証を得ている。

 しかし、助けに来る猫などいなかった。

 私は男たちに気付かれないように、何度も何度も猫たちに向かって助けを呼び続けた――。

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