037話

 ここに連れて来られて、どれくらい経っただろう。

 窓から入って来ていた太陽の光から、街頭やネオンの鮮やかな光へと変わったので、夜になったのだろう。


「っ‼」


 結束バンドで縛られた手の痛みが増す。

 長時間の拘束で血流が悪くなっているのか、結束バンドで縛られている部分に鬱血しているようだ。

 気にしていなかったが、同じ体勢のままなので腕や肩にも痛みを感じる。

 これがあと何時間も続けば、痛みが増すことになる。


 痛みを感じながらも、私は何度も猫に向かって助けを呼んだ。

 誰も応えてはくれなかった。

 しかし、陽が沈んでからの方が猫は活発に行動をすることを知っていたので、私は諦めることなく、猫に向かって助けを呼び続けた。

 時折、扉の外で大声で叫んでいる声が聞こえて来る、

 その度に、私は扉に近寄り耳を立てる。

 話から四人とも顔見知りではく、今日が初見なことが分かった。

 お互いの素性を知らないから、名前で呼ばない。

 ネットで募集していた闇バイトに応募して集まってだけの四人。

 メッセージアプリで指示を受け取っていたのか、それぞれが別の仕事内容だった。

 私を攫ってくる実行犯、車を用意兼運転手、そして私を攫ってきた後に監視する者。

 ただ、話の内容から車を用意した運転手は、私たちを降ろした時点で仕事を終えたらしく、隣の県まで移動中らしい。

 事件発覚を遅らせるためか、発覚しても捜査を混乱させるためのアリバイ作りのために別行動にしたのだと考える。

 犯罪計画を聞きながら感心していた。

 そして、ここに残った三人で交代して監視するらしい。

 私を攫った実行犯が実質的リーダーになるのか、以降の指示をしている彼の声しかしなかった。

 指示メッセージも彼が受信しているのだろう。

 ただ、今回は私を美緒ちゃんと間違えて攫ってしまった。

 つまり、依頼内容をまだ達成していない。

 かつ、私をどのように処理するかで口論を始めていた。

 その時、リーダーの男の声で場が沈まる。

 よく聞こえないが、メッセージがどうこうと言っているように聞こえた。


「ふざけるな‼」


 いきなり大声が扉越しに聞こえた。


「報酬は支払えないだと‼」

「前金だけで満足できるわけないだろう」


 やはり、美緒ちゃんと間違えて私を攫ったことで、計画に狂っているようだ。

 前金と成功報酬ということで、バイトを雇っているのだと会話から理解する。


「とりあえず、この場所で待機するように書いてある。次の指示が来るまで待てだそうだ」

「くそっ!」


 なにかを蹴ったのか投げたのか分からないが、壁に物があたった音が聞こえた。

 私はこれ以上の情報は得られないと思い、猫に助けを呼ぶため静かに移動する。

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 助けを呼ぶことに集中していた私は、扉が開くことに気付くのが遅れた。


「やっぱり、居ねぇな……お前が叫んでいたのか」


 永遠に続く猫の鳴き声が耳障りだったのか、隣の部屋で私を見張っていた男が部屋を見渡して、攫われた時にボスに向かって話していたことを見ていたので、私に聞いたのだろう。

 私は男の問いに対して、頭を横に振る。


「ちっ!」


 苛立っているからか、間違えて攫ってしまった私に怒りの矛先を向けたのか分からないが、睨むと舌打ちをして部屋を出て行った。


(う~ん)


 猫たちに助けを呼んでも、誰も来ない。

 自分の能力を過大評価していたことを反省する。

 しかし、ここで止める私ではない。

 声を小さくして、猫に向かってもう一度助けを呼ぶ。

 ただし、助けの呼び方を変えた。

 ただ『助けて』と叫ぶより、『助けてくれたら、美味しい御飯をあげる』や、『可愛い仔がいるよ』と罪悪感を感じながら、自分なりに甘い声で猫を誘う。

 すると、一匹の猫が窓から覗く。

 覗いた部屋を見渡すと猫が居ないことに戸惑っていた。

 私も部屋を覗く猫を見て戸惑った。

 そう、窓から覗く見覚えのあるサビ猫だったからだ。


『アイン?』

『ん?』


 私が名前を呼ぶと不思議そうに私を見る。

 一度私を見たと思うのだが、向こうは気付かなかったのだろうか?

 話し掛けたのが私だということさえ分かっていないようだった。

 サビ猫のアイン。

 私が昔、知り合った猫の一匹だ。

 でも向こうは覚えていないようだ。


『この間、お世話になった人間の祐希よ』


 私は話し掛けているのが自分だと分かるように、アインに向かって手を振る。


『あぁ、あの変わった人間か』


 私を思い出したかのように窓から部屋に入ろうと、


『ちょっと悪いんだけど、ここって何処か分かる?』

『餌場だ』

『……』


 確かに人間と猫では建物のいや、街への概念が違う。

 しかし、アインがいるということは駅前付近の行動範囲内だということだ。

 ただ、ここからボスのいる場所まで猫が行ける距離ではない。

 それ以外で助けを呼ぶ方法を探すしかない。


『おい、美味い御飯ってのは、どこにあるんだ?』

『あっ……』


 私は気まずそうに答える。


『その、ちょっと落として……』

『なんだ、無いのかよ。外で仲間が待っているのに』


 アインは怒ることなく、食べ物が無いことを知ると興味を無くす。

 怪しいと思い、この辺りを仕切っているアインが様子をみにきたのだろう。

 体を反転させて、私の視界から消えようとする。


『まっ、待って‼』


 唯一の希望が消える危機感から、私は必死でアインを呼び止める。


『ん?』


 アインは私の声に足を止めて振り返る。

 しかし、私は次の言葉が出てこなかった。


『ちょっとだけ待っていてくれる……かな?』

『いいことあるのか? ……この間のやつでもくれるのか?』

『この間のやつ?』


 私はそれが”ちゅ~る”のことを言っていることだと思い出す。


『あげたいんだけど、外の人たちに取られちゃって、今無いんだよね』

『外にはあるのか?』

『外って言っても、私の後ろにある部屋にあると思うんだけど……』

『どうやって』

『リュックがあれば、リュックに入っているけど』


 私は窓越しにアインと会話をする。

 そしてアインと話し合い……いや、交渉を続けた。

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 アインとの交渉中に何度も、男たちが部屋の様子を見に来ていた。

 しかし、窓際のアインを見ると、鬱陶しい声の主だと思ったのか、追い払うように窓を何度か叩く。

 アインは声をあげて、窓から逃げるように消える。

 それに満足したのか、男は隣の部屋へと戻って行く。

 その時、隣の部屋の様子を少し見たが、他の男の姿は無かった。


(もしかして、一人だけ?)


 私は隣の部屋を見ていないことに気付かれないようにする。

 男が部屋から出ていくと、小さな声でアインを呼び戻す。

 戻って来てくれたアインに他の猫たちと、窓際で大声で鳴くように頼む。

 もちろん、報酬は美味しいおやつだ。

 それも一匹につき一本という破格の報酬にした。

 破格と言うのは、私の財布事情だ……。

 二つ返事でアインは承諾する。



「うるせぇ!」


 ただでさえ癇に障る猫の声。

 それが大合唱になったことで、苛立ちが最高潮に達したのか怒号をあげながら、部屋に入って来た。

 私が無害だと決めつけているからか、扉の近くにいるに関わらず、気にすることなく窓に並んでいるアインたち猫へ一目散に向かって行った。

 そして男は追い払うように窓ガラスを殴ると、窓ガラスが激しく割れる。

 男も窓ガラスが割れたことに驚いていた。

 私は、その一瞬を逃さずに監禁されていた部屋から出て、外から鍵を掛ける。

 男は監禁されたことに気付かず、割れた窓から外に向かって文句を言う。

 そして、そのまま外へ出ようと静かに移動する。

 テーブルの上に私の私物は無い。

 スマホでもあれば連絡が出来ると思ったが、居場所が判明するから捨てたのだろう。

 

(新しいスマホに変えたばかりなのに……あれ?)


 自分の置かれている状況とは不釣り合いな機種変更のことを考えていた私だったが、監禁した男のスマホが置いてあることに気付く。

 ゲームの途中らしく、ロックは外れている。

 通話も可能だ……が、知り合いの電話番号など覚えていない。

 警察に電話しようにも、此処が何処か分からない。

 私は男のスマホをメイド服のポケットに入れて、静かに雑居ビルから脱出する。

 大通りに出ると、私は大袈裟に倒れた。

 両手を結束バンドに縛られたツインテールのメイド。

 目立たない訳がない。

 そして、力一杯大声で通行人に訴えた。


「助けて下さい!」


 明らかに異常な事態に、通行人がざわつき始める。

 この騒ぎに気付けば、あの雑居ビルに戻って来た仲間の男も、危機を感じて戻ることは無い。

 そして、これだけの群衆の中で私をもう一度、攫うような真似はしないだろう。

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