038話
私が警察に保護されて、すぐに美緒ちゃんと間違えられて誘拐されたことを伝える。
そして証拠として雑居ビルに犯人を監禁したことを伝え、ポケットに仕舞ってあった男のスマホを提出する。
私の話を聞いた警官は疑心暗鬼だった。
たしかにメイド服を着ている時点で怪し過ぎる。
しかし、私の状況から事件性があることは明確なので無視することは出来ない。
駅前の交番で手に負える事件では無いと判断したのか、すぐに無線で応援を呼んでいた。
すると、警察無線で特定の警察官にしか伝えられていない誘拐事件のことだと気付いたのか、警察無線から慌ただしい声が聞こえる。
そして当たり前だが、私は解放されることなく、交番から警察署へと運転手付きの特殊車両で移動させられた。
移動中に警察無線で、雑居ビルに私が監禁した男を逮捕したことや、美緒ちゃんの両親の弁護士事務所に連絡したことなどを教えてくれた。
私が心配しているのだろうが、外出から戻って来ない私なのでマスターにも伝わっているかが気になっていた。
気遣いが出来る美緒ちゃんに伝われば、すぐにマスターへ連絡してくれるだろうと考え直す。
連れて来られた警察署でも私の存在は異質だった。
警察署内では、あまり見かけない風貌だからか視線が突き刺さる。
私は交番の警察官から”賀来”という刑事に案内を引き継がれた。
「手首以外に怪我とかはしていませんか?」
「同じ姿勢だったたせいか、両腕と肩に少しだけ痛みがありましたが、痛みは引いている気がします」
「そうですか。では先に警察医に診てもらいましょう」
賀来さんと言う刑事は、警察医がいる場所に私の行き先を変更する。
診察の結果、筋肉が固まっていたのと、無理に動かしたせいで軽い炎症が出ているとのことだった。
手首にも軽い擦り傷と診断される。
そして取調室へと移動する。
テレビで見るような机と椅子しかない。
部屋には上司なのか年配の男性が既にいた。
彼は”津田”だと私に名乗り、警察署まで来てもらった礼を言われた。
私が奥の椅子に座ると、賀来さんも対面に座ると、上司なのか年配の男性が賀来さんの隣に座る。
賀来さん主導で話が進んだ。
攫われた時や、脱出した時の状況を詳しく聞かれた。
そして犯人の特徴なども細かく聞かれる。
私は話を盛ることなく正直に話す。
もちろん、自分が猫と会話が出来ることは伏せてだ。
「このような言い方は失礼ですが、本当に災難でしたね」
「はい」
私は即答すると、部屋の扉を叩く音がした。
椅子から立とうとする賀来さんを津田さんが止めて、津田さんが扉を開けて対応した。
「賀来。西田さんも疲れているようだし、今日はこれくらいにしようか」
「そうですね。西田さん、大変申し訳ありませんが後日もう一度、お話を聞かせて頂くかと思いますが、御協力頂けますか?」
「はい」
断ることのできない頼みだと理解している。
国家権力に盾突くほど愚かではない。
一市民として、警察に協力することは当たりまえだ。
それよりも、帰りをどうしようかと悩んでいると、津田さんが賀来さんに送るようにと伝えて退室して行った。
目立たないように一般車両の車を用意してくれたが、男性と二人の空間に慣れていないので緊張していた。
「あっ、あの!」
私は思い切って言葉を発した。
「はい何でしょうか?」
「その……家ではなくて別の所でもいいですか?」
「はい構いませんが、どちらまで?」
「どこでもいいんですが、猫の御飯やおやつが売っている所までお願い出来ますか?」
「はい、構いませんよ。そういえば、猫を飼われているんでしたよね?」
「はい」
ボスは今、マスターと一美さんの家で保護されている。
それは先程、事情聴衆部屋? で賀来さんから教えて貰った。
しかし、私が飼うのはボスの物ではなく、脱出に協力してくれたアインと、その仲間たちにだ。
今、財布に入っているお金の分だけ購入するつもりだ。
何匹の猫が協力してくれたか分からないからだ。
「分かりました。ちょっと待って下さいね」
賀来さんは路肩に車を止めると、スマホを取り出して電話を始めた。
どうやら、発信先は警察署のようだ。
「はい、猫の……はい、そうです。ありがとうございます」
通話を切ると同時に、車を発進させる。
「この先に一軒、ホームセンターがあるのですが、そこでも構いませんか?」
「はい、御願いします」
しかし、この選択が間違っていた。
ホームセンターに入るスーツ姿の長身男性と、ツインテールのメイド服に包まれた低身長の私。
一応、送り届けるまでは警護するということだったので、私と並んで歩く。
周囲の異様な視線が突き刺さる。
刑事だから、恥ずかしないのだろうか? と職業偏見を考えながら、ペット用品売り場まで歩いた。
私は目的の物と、お買い得用の猫缶を購入する。
「有難う御座いました」
ホームセンターを出ると賀来さんに、お礼の言葉を言う。
私は見送る為、車まで行くと賀来さんは車に乗ろうとしない。
お互いに相手の様子を見ていた。
「あの……お気をつけて」
「はい⁈」
私は意を決して、別れの言葉を口にすると、賀来さんは驚くような声をあげる。
「御自宅まで送りますよ」
「いえ、でも……駅前に、どうしても用事があるので」
「では、駅前に寄りますよ」
「そんな、申し訳無いですよ」
「大丈夫です。これも仕事ですので」
賀来さんは表情を崩すことなく答える。
「行きましょうか」
「はい、御願いします」
威圧感を感じながらも、賀来さんの行為に甘えることにする。
駅前に向かう途中でも、賀来さんは世間話などはしない。
これが刑事だからなのか、賀来さんの性格なのかは私では分からない。
無言の重い空気の車中に私は耐えられるのか、徐々に不安になってきた。
人見知り……いや、コミュ障を無理に直そうとは思っていないのも、私の悪い所なのかも知れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
車をコインパーキングに停めて、最初にアインと会った場所まで歩く。
しかし、ホームセンターとは比べものにならない人の数。
それだけの視線が私に突き刺さる。
正確には私たちにだが……。
路地裏に行く私を賀来さんは不思議そうに付いて来る。
(あまり近いと、アインたちを呼ぶときに変な人間だと思われる)
不安な私だったが、刑事を振り切るような行動は出来ないし、そんな素振りでも見せれば、私への不信感しか植え付けない。
私は”変な人”というレッテルを貼られることを覚悟して、アインを呼ぶことにした。
何もない路地裏で立ち止まった私に、なにか言いたそうな賀来さんだった。
「ちょっと、待っていてくれますか?」
賀来さんが頷くと、私はしゃがむ。
『アイン。私……祐希よ。さっきのお礼に来たわ』
暫くすると、一匹の猫が姿を現す。
『アインさんに、何の用だ?』
『さっきのお礼に来たのよ』
『さっきって、なんだ?』
話を進めるうちに、目の前に居る猫は、私の救出に関わっていないことを知る。
そして、私は『ここで、待っているから』とアインへの伝言を頼んだ。
半信半疑の猫に向かって、必殺の”ちゅ~る”を出して、食べるように促す。
警戒しながらも、私が猫と会話出来ているからか、寄って来て私の掌に出した”ちゅ~る”を舐める。
『うぉーーーーー‼』
あまりの美味しさに悲鳴をあげた。
後ろの賀来さんから、驚く声が小さく聞こえた。
『これをアインたちに食べさせる約束をしているのよ』
『分かった。アインさんに伝えて来る』
猫は颯爽と去って行った。
「すみません。もう少しだけ待ってくれますか?」
「はい、構いませんが……」
猫と会話をすることを追求したかったのだと思う。
「おいおい、こんな所に変な奴がいるぜ!」
チンピラ風……今は反社風というのかも知れない。
賀来さんにも気付くが、向こうは三人なので気にする様子も無かった。
「彼女に何か用か?」
眼光を光らせながら、反社風の三人を威嚇する。
「おいおい、彼女の前だからって、いい恰好見せるなよ」
と同時に、男たちは賀来さんの方を突き飛ばしたり、馬鹿にするようにスーツを引っ張る。
しかし、賀来さんは動じることなく男の一人の片手を後ろに回して拘束する。
「てめぇ‼」
仲間を痛めつけられた男たちは賀来さんへ攻撃をしようとする。
「お前ら、公務執行妨害の現行犯逮捕されたいのか?」
殺気の籠った言葉を発した後に、片手で警察手帳を男たちに見せる。
「い、いや……」
相手が警察だと分かった瞬間に、男たちは委縮する。
賀来さんは拘束していた男を前に押し出すと、男はバランスが取れずに倒れた。
「お前ら、今回は見逃してやるが次は無いぞ」
賀来さんの迫力に押された反社風の男たちは、いそいそと退散する。
「有難う御座います」
「いいえ、市民を守るのは警察の務めですから」
表情を崩すことなく答える賀来さんを見て、私が苦手かも知れないと思った。
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