039話

 アインを待っている間に、賀来さんと会話でもしようと思ったが、思い付く話題が無かった。

 せめて猫との会話でも振ってくれたなら、変な人間として話をしようと考えていた。

 時間にして十五分から二十分程度だったと思うが、一言も話すことは無かった。

 まぁ、反社風の輩が来ないように、賀来さんが周囲を警戒していたのも話す機会が無かった原因の一つだった。

 そして賀来さんは目の前の光景に驚きの表情を見せる。

 数にして十匹以上の猫が徒党を組んで、静かに私たちの方へと歩いて来たからだ。


『よぉ!』


 上機嫌なアインが話し掛けてきた。


『さっきは有難うね。きちんと約束を守るわよ』


 アインは嬉しそうだった。

 思っていた以上に猫の数が多かったことに、私は焦っていた。

 しかし、表情に出さないように気を付ける。

 私はレジ袋から買ってきた猫缶やおやつを出す。

 ここで私は”ちゅ~る”の皿を買い忘れたことに気付くが、その分をおやつを余分に購入出来たのだと、自分の間違いを否定した。

 以前同様に飲食店の裏になるので、食材に使用したであろうレタスの葉など皿の代わりになりそうな物を急いで拾う。

 後ろの賀来さんからしたら異常行動に見えるだろう。

 拾ったレタスの葉などを適当に地面に置くと、私はそのうえに”ちゅ~る”を出す。

 警戒する部下の猫を安心させるように、最初はアインが食べると警戒していた部下たちが我先にと駆け寄って来た。

 私は続けて猫缶の蓋を上げると、アインが匂いに釣られて寄って来た。


『これも美味しいと思うから、食べてみて』

『おぉ』


 私が話し終えると同時に、アインは猫缶を食べる。


『こっ、これは‼』


 アインは我を忘れて、無我夢中で食べていた。

 他の猫たちも気になっていたが、アインが食べ終わるまでは、自分に食べる権利が無いので、恨めしそうにアインを見ていた。

 そして、アインが猫缶から離れると、猫缶に猫たちが群がる。

 テレビで見た池の鯉に餌をあげた時の風景に似ていた。


『おい、仲間たちが礼を持って来た』

『お礼? ……きゃ!』


 私は首を傾げながら、猫が咥えていた物体を見て、思わず悲鳴をあげた。

 そう黒くて光っている害虫。


「どうかしましたか‼」


 私に悲鳴で賀来さんが危険を感じたのか、すぐに駆け寄って来てくれた。


「すみません。猫がお礼にあれをくれようとしたので……」


 私は黒い害虫を咥えている猫を指差す。

 猫は私が喜んでいると思ったのか御満悦の表情だ。

 人の……いや、猫の善意を踏みにじる行為は避けるべきだが、苦手な物を克服しようとする意志が私には無い。

 生涯、この害虫と向き合う度に逃げたくなる心情なのは変わらないと思う。

 私は落ち着いて、『気持ちだけで頂く』と少し引きつった笑顔を猫に返すと、猫も満足そうにして、その場に害虫を置いて近寄って来てくれた。

 心の中で、


 私はアインたちに再度、お礼を言うとアインたちは揃って私の方を向く。


『おう、俺たちの力が必要ならいつでも言ってくれ。今、この場にいない仲間たちにも、お前のことは伝えておく』


 何時でも協力してくれると約束してくれた。

 本当であれば、迷い猫の捜索の時にだけ協力をお願いしたい。

 今回は、あくまでもイレギュラーなのだが、アインたちに話をしても分からないだろうと思い、私は『ありがとう』と感謝の言葉を伝えた。


「賀来さん。ありがとうございました」

「いいえ、構いませんが……」


 賀来さんはアインたちの方を不思議そうに見ていた。

 私が猫と会話が出来るとは思っていないので、当たり前だろう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「有難う御座いました」

「いいえ。又、捜査に御協力の頂くと思いますので、宜しく御願い致します」

「はい」


 私は玄関前で賀来さんの車が見えなくなるまで、見送っていた。

 家に入ろうとすると、隣から麻衣ちゃんが出てきた。


「あぁ、麻衣ちゃん‼」

「祐希も彼氏が出来たの?」


 そうやら麻衣ちゃんは、賀来さんを私の彼氏だと勘違いしているようだ。

 たしかに男女二人だったし、家まで送ってもらったシチュエーションを考えれば、勘違いするのも無理はない。


「違うよ。刑事さんに送ってもらっただけ」

「刑事ですって!」

「あっ……」


 私は正直に話してしまったことを後悔する。

 麻衣ちゃんに余計な心配を掛けてしまうと思ったからだ。


「ちょっと、詳しく聞かせてくれる」


 麻衣ちゃんの言葉に私は逆らうことなく、家へとあげた。


 冷蔵庫からお茶を出そうとするが、麻衣ちゃんは一刻も早く話を聞きたいようだったので、私は開けた冷蔵庫の扉を閉める。

 そして、美緒ちゃんと間違えられて誘拐されたことを話すと、麻衣ちゃんが予想以上に心配をしてくれた。


「やっぱり、探偵なんて……」


 今回は探偵とは無関係だと分かっているはずだが、私から危険要素を少しでも取り払いたいと思っての発言だ。


「とりあえず、心配だから今晩は私の家に泊まりなさい」

「えっ、悪いよ。それに大丈夫だから」

「大丈夫かなんて分からないでしょう。まだ捕まっていない犯人だっているんでしょう」

「そうだけど……」


 確かに麻衣ちゃんの言うとおりだ。

 もし、犯人が自分たちの素性がバレる前に私を始末? しようとするのであれば、自宅まで来ることは考えられる。

 もちろん、人間違いである私の素性などを調べたうえでだ。


「あっ、麻衣ちゃん。一美さんに電話したいんだけど、電話借りていい?」

「そうね。一美にも連絡しておいた方が、一美も安心するわね」


 麻衣ちゃんはスマホを出して、電話帳から一美さんを探して電話をかける。


「大変なのよ、祐希ちゃんが‼」


 電話に出た一美さんは開口一番に叫んだ。

 隣で待機していた私にも聞こえるくらいの大声だったので、麻衣ちゃんは耳が痛かった筈だ。

 スピーカーに切り替えようとするときだったので、後手に回った麻衣ちゃんは後悔しているようだった。


「一美、落ち着きなって」

「で、でも」

「岡部……旦那から無事だって連絡は無かったの?」

「うん。一応、美緒ちゃんから連絡がきたけど」

「でしょう。それに祐希は今、帰宅して私の隣にいるわ」

「本当‼」

「えぇ、祐希に変わるわ」

「一美さん、祐希です」

「祐希ちゃん、大丈夫だった。怪我とかしていない?」


 普段より早口で話す一美さんなので、本当に私のことを心配してくれたのだと心から感じていた。

 隣にマスターもいるのか、一美さんの声に交じってマスターの声が聞こえる。


「はい、少し怪我はしていますが大したことありません」


 私は誘拐された時の状況や、監禁されていた時、脱出できた理由等を簡単に説明する。

 もちろん、アインたちに協力して貰ったことも正直に話した。

 一美さんとマスターは疑うことなく、私の話を聞いてくれた。


「事情聴衆で何度か警察に行くことになると思います。すみませんが、お店に迷惑をかけるかと思います」

「全然、大丈夫だから気にしないでいいよ」

「そうよ」


 マスターと一美さんの優しい言葉が胸の染み渡る。

 麻衣ちゃんは何か言いたげだったが、私の表情を見て言葉を飲み込んだように思えた。

 ボスも元気にしている言うことを聞いて、私は安心した。

 なにより、私が攫われた場所まで案内したことが凄いと、マスターと一美さんは興奮気味に話していた。

 そして自分たち以上に美緒ちゃんが、私を巻き込んでしまったことを気に病んでいると教えてくれた。

 私自身、美緒ちゃんのせいだと思っていないので、美緒ちゃんを責めるつもりは毛頭ない。

 今回のことで美緒ちゃんが心に傷を負っているのであれば、私が何とかしてあげようと思った。

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