040話
署内は一気に慌ただしい空気に包まれていた。
それは、久保田弁護士事務所代表の娘が誘拐されたという相談があったからだ。
もちろん、警察に知らせるなという強迫はあったそうなので、極秘行動となる。
ただし、普通の誘拐事件と違うのは誘拐したとされた娘の無事が確認されたことだ。
その代わりに、娘のバイト先で女性が一人行方不明になっていた。
背格好に加えて、風貌も似ていたので娘と間違えて、その女性を攫ったことは間違いない。
犯人たちが、間違って攫ったことに気付くのは時間の問題だ。
攫われた女性の安否は不明だが、無駄に時間を浪費すれば生存率が下がる可能性がある。
見せしめに女性を殺害するからだ。
しかし、計画的な犯行のようでずさんな感じも見受けられる今回の事件。
久保田氏によれば市長の顧問を外れたことが、起因しているようだが……。
娘たちには黙っているようだが、久保田弁護士事務所は市長と対立していた大型商業施設反対の団体の相談窓口でもあった。
そのことで私怨もあったのだろうが、裁判まで発展していないので表立って久保田弁護士事務所の名前は出ていない。
俺は仲間を引き連れて、次女の美緒がバイトしている
美緒の代わりに攫われたのは”西田 祐希”という女性だ。
店にいるデブ猫が、攫われた女性の場所まで案内したと、にわかに信じられない話をしていた。
犬なら百歩譲っても考えられるが、猫だ……。
長時間店内にいると怪しまれるので、何人かの刑事と入れ替わって様子を伺う。
他の刑事が付近の防犯カメラなどから犯人の手がかりになるようなことを調べていた。
「あの猫、本当に凄いですよ」
その言葉は過剰な表現では無かった。
ツインテールのメイド服姿の女性の背後に、ぴったりとくっついて移動する犯人。
明らかに何かを背中に突き付けている。
そして、ワンボックス車へ連れ込んだ映像が決定的だった。
普通なら事前に防犯カメラの位置を確認して犯行に及ぶはずだ。
ナンバーを照会したところ、同じ車種だったのでナンバーを偽装しているわけではなさそうだ。
ここでも犯人たちへの違和感を感じた。
そして、リュックから飛び出た猫が、一目散に
ただ、長距離走には向いていないので、数メートル走っては歩く、そしてまた走る。
商店街では人気猫なのか、歩いていると往来する人々たちから触られたり、話し掛けられたりしていた。
音声まで確認できていないが、かなり好かれているようだ。
なにより、急いでいるのか分からなくなる猫の行動に首を傾げた。
多分、猫なりに急いでいるのだろうと、自分を納得させる。
無事に
(猫って、賢いんだな)
映像を見終わった私の感想だった。
犯人から連絡を想定して、久保田弁護士事務所と自宅に戻った母親に偽装して入り込む。
が、一向に犯人たちから連絡が来ることは無かった。
そして事態が急変する。
攫われた”西田 祐希”が交番に保護されたと連絡が入ったのだ。
自力での脱出……通常では考えられない。
とりあえず、こちらに向かっているので詳しく聞けばいいだろう。
「賀来。そろそろ署に着くそうだ。入口まで迎えに行ってくれるか?」
「はい、津田さん」
尊敬する先輩刑事の津田さんから指示に従って、俺は玄関で被害者を待つことにした。
暫く待つと一台のパトカーが到着する。
後部座席から下りて来る女性を見て、確かに”久保田 美緒”と間違えられても仕方がない容姿だと思う。
ただし、直感的に”小動物”という言葉の方がしっくりきた。
おれは警察手帳を見せて身分を証明してから、署内を案内した。
「手首以外に怪我とかはしていませんか?」
少しだけ見えた手首が少しだけ出血していることに気付いた俺は気になり、西田さんに確認する。
「同じ姿勢だったたせいか、両腕と肩に少しだけ痛みがありましたが、痛みは引いている気がします」
「そうですか。では先に警察医に診てもらいましょう」
放っておけないので先に、警察医に怪我を診てもらってから、取調室に行くことにした。
「お疲れのところ、わざわざ御足労頂き申し訳御座いません」
既に部屋にいた津田さんが、西田さんに頭を下げて挨拶をしていた。
「どうぞ、こちらにお座りください」
西田さんを奥の椅子に座らせてから、俺は対面に座ると津田さんが隣に座った。
「早速ですが――」
俺が幾つか質問をして、西田さんに回答をしてもらう。
津田さんには補足してもらう。
防犯カメラで確認したが、被害者の口から攫われた時の状況を再度確認した。
犯人たちの特徴なども細かく聞いたが、やはり顔を隠していたので詳しい情報を得ることは出来なかった。
そして、話は監禁された部屋からの脱出についてだ。
猫が騒ぐので、部屋に入って来て文句を言っていた隙を見計らって、部屋から脱出して、逆に犯人の一人を閉じ込めた。
他にも三人犯人の姿が無かったので、犯人のスマホを奪って脱出したそうだが――。
普通であれば、最低でも二人がかりで見張りをするはずだ。
女性だから舐めていたのか、攫った被害者が実は違っていたため、イレギュラーな対応が迫れていたかは、今の段階で判断は出来ない。
攫った時に使った車両は今、行き先の確認作業をしている。
捕まえた犯人も署に到着しようだが、移送中も「闇バイトに募集しただけだ」ということを、必死で訴えていたそうだ。
証拠品として押収したスマホも、一定期間でメッセージが消えるアプリを使用しているのか、確証できるものは残っていなかったようだ。
最近、この手の犯罪に良く利用されているアプリのようなので、犯罪御用達のアプリになっている。
俺たちとしても頭が痛い問題だ。
しかし、動揺しているかと思ったが落ち着いて冷静に話す西田さんに、俺は驚いていた。
自分の身に起きたことなのに、他人事というか俯瞰的にも話す。
隣にいる津田さんも同じ印象だろう。
「このような言い方は失礼ですが、本当に災難でしたね」
話を一通り聞き終えた俺は西田さんに慰めの言葉をかけると、西田さんは小さな声で「はい」と即答した。
部屋の扉を叩く音がしたので椅子から立とうとすと、津田さんに止められた。
津田さんの目を見ると、「引き続き気になることがあれば聞け」と言っているようだった。
津田さんは扉を開けて、部屋の外で話を聞いていた。
その後も気になったことなどを、もう一度思い出してもらっていた。
数分後、部屋の外で話をしていた津田さんが戻って来た。
「賀来。西田さんも疲れているようだし、今日はこれくらいにしようか」
「そうですね。西田さん、大変申し訳ありませんが後日もう一度、お話を聞かせて頂くかと思いますが、御協力頂けますか?」
「はい」
形式的なやりとりだ。
やましいことの有無に関わらず、警察官からの依頼であれば、余程のことが無い限り断ることは出来ないだろう。
「賀来。西田さんを自宅までお送りしろ」
「はい」
「西田さん。表に車を回すので、玄関で少しだけ待っていてもらえますか?」
「そんな、悪いです」
「いえいえ、捜査に協力して貰っているので、これくらいはさせて下さい」
帰り道に襲われる可能性もあるが、多くの警察官を導入も出来ない。
「賀来。彼女から目を離すな」
「どうしてですか? 逃げている犯人たちから襲われるのは当たり前だが、あまりにも落ち着いているのが、どうにも引っ掛かってな。もしかしたら、俺たちに話していないことがあるかも知れん」
「刑事の勘……ってやつですか?」
「まぁ、そんなとこだ」
「分かりました」
「それよりもお前こそ、女と二人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
津田さんが俺を揶揄う。
女性が苦手ではないが、女性と話すと「不機嫌そうだ」と大抵に人から言われる。
よく言われるのが「笑えばモテるのに」だ。
まぁ、高校と大学が男子校だったのも多少は影響しているのだろう。
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