041話

 俺は覆面パトカーに乗り込み、西田さんを迎えに行く。

 車中で津田さんが言った一言が頭から離れなかった。

 警察官に隠し事?

 それをして西田さんになんのメリットがあるのか?

 デメリットしかないはずだ……。


 入り口で待つ西田さんは好奇の目に晒されていた。

 警察署には不釣り合いな格好だからだろう。


「お待たせしました」

「有難う御座います」


 西田さんを後部座席に乗せて車を発進させた。

 移動中の車中では会話もなく静かなものだった。

 自分が無口なのは仕事中だからと、俺は自分に言い聞かせる。

 暫くの間、車外の音がBGMになっていた。


「あっ、あの!」


 西田さんが突然、俺に話し掛けてきた。


「はい何でしょうか?」


 もしかしたら、事件のことかと思い俺は答える。


「その……家ではなくて別の所でもいいですか?」


 しかし、その答えは俺の予想とは違っていたが、冷静に対応する。


「はい構いませんが、どちらまで?」

「どこでもいいんですが、猫の御飯やおやつが売っている所までお願い出来ますか?」

「はい、構いませんよ。そういえば、猫を飼われているんでしたよね?」

「はい」

「分かりました。ちょっと待って下さいね」


 ペットを飼ったことが無い俺にとっては、行き先が分からないので路肩に車を停めて、警察署に電話をかける。

 俺の電話の内容が可笑しかったのか、電話口で笑っているのが分かる。

 残っている署員に聞くため一旦、保留音に切り替わる。


「お待たせしました」


 署員は幾つかの売り場を教えてくれた。

 電話を切ると同時に、車を発進させて西田さんに行き先を告げる。


「この先に一軒、ホームセンターがあるのですが、そこでも構いませんか?」

「はい、御願いします」


 生まれてこの方、メイドの格好をした女性とホームセンターに入店したことは無い。

 いいや、そもそも女性と二人で、どこかに行ったことなど……あっ、後輩の女性刑事と聞き込みはあるか。

 これも業務中なので、同じだと思えばいい。

 そう自分に言い聞かせるが、意識してしまったことで変に緊張しているのが自分でも分かる。

 

 入店すると、周囲の異様な視線が突き刺さった。

 不釣り合いな二人が歩いているのだから、気になるのも当然だろう。

 西田さんは慣れているのか、売り場を確認しながらペット用品売り場まで歩いて、目当ての商品を購入していた。

 カゴでも持とうかとも思ったが、必要以上の接触は避けるべきだと思い、西田さんの買い物を眺めていた。


「有難う御座いました」


 ホームセンターを出ると、西田さんから礼の言葉を貰う。

 西田さんは一向に車に乗ろうとしない。

 もしかして、こういう場合は俺がドアを開けるべきだったのか?

 俺も西田さんも、相手の様子を伺っているようだ。


「あの……お気をつけて」

「はい⁈」


 西田さんが俺に別れの言葉を口にしたので、驚くというより焦りながら返答をする。


「御自宅まで送りますよ」

「いえ、でも……駅前に、どうしても用事があるので」

「では、駅前に寄りますよ」

「そんな、申し訳無いですよ」

「大丈夫です。これも仕事ですので」


 俺は津田さんに言われたことを思い出していた。

 そう「西田さんから、目を離すな」だ。

 俺は出来るだけ表情を崩さないように冷静に答えた。


「行きましょうか」

「はい、御願いします」


 西田さんも納得してくれたのか、乗車をしてくれた。

 しかし、駅前に用事とは事件に関係があるかも知れない。

 俺は、そんなことを考えながら車を走らせた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 刑事が駐車違反をする訳にも行かないので、西田さんが降ろして欲しい場所を聞いてから、近くのコインパーキングに車を停める。

 隣を歩きながら西田さんの警護を兼ねるが、やはりここでも往来する人々の注目の的なのか、常に視線を感じていた。

 監禁されていた事件現場から離れていく。

 そして、西田さんが路地裏へと迷うことなく入って行った。


(こんな場所に用事って……)


 西田さんには失礼だが、何を考えているのかが、俺には理解できなかった。

 同時に、子供の頃に感じていた不思議な期待感が胸を襲う。

 西田さんの足が止まった。

 周囲を見渡しているようにも見受けられるので、もしかしたら誰かと待ち合わせでもしているのか?

 警察署で話せなかったこと……いや、刑事を連れて怪しい取引等しないだろう。

 もし、そうであるなら密告して相手を捕まえた方がいいはずだ。


「ちょっと、待っていてくれますか?」


 西田さんの言葉に俺が頷くと、西田さんはしゃがんだ。

 そして俺は目の前の光景に驚く。

 いきなり西田さんが、「にゃぁ~にゃぁ~」と猫の鳴き真似を始めたのだ。


(俺は一体、何を見せられているのだ?)


 俺など居なかったとばかりに、何度も猫の鳴き真似を続けていると、一匹の猫が姿を現した。

 西田さんが今度は現れた猫と会話でもするように、猫の鳴き真似をしている。

 本当に会話をしているのか、猫が西田さんに近付き始めた。

 レジ袋から先程のホームセンターで購入した物を取り出すと、猫に与えていた。

 猫が警戒しながら、西田さんの掌に置かれたおやつ? を舐め始めると、大きく鳴き声をあげた。

 不意を突かれた俺は少しだけ驚く。

 掌のおやつを食べると猫は颯爽と去って行った。


「すみません。もう少しだけ待ってくれますか?」

「はい、構いませんが……」


 西田さんの言葉に返事をするが、俺は「猫と会話をすることが出来るのか?」と現実的でない質問を問い掛けようと思ったが、馬鹿にされると思い言葉を飲み込んだ。


「おいおい、こんな所に変な奴がいるぜ!」


背後から汚い言葉が聞こえたので、振り返ると見るからに反社の風貌をした男たち三人が立っていた。


「彼女に何か用か?」


 眼光を光らせながら、三人を威嚇する。


「おいおい、彼女の前だからって、いい恰好見せるなよ」


 多勢なので強気なのか。俺を軽く突き飛ばしたり、馬鹿にするようにスーツの襟とを掴んだりして威嚇してきた。


(面倒臭いな)


 そう思いながらも、未だ捕まっていない犯人の可能性や、西田さんに危害を加えることも考えて、スーツの襟を掴んでいた男の手を後ろに回して拘束する。


「てめぇ‼」


 仲間を痛めつけられた男たちは賀来さんへ攻撃をしようとする。


「お前ら、公務執行妨害の現行犯逮捕されたいのか?」


 殺気の籠った言葉を発した後に、片手で警察手帳を男たちに見せる。


「い、いや……」


 俺が警察だと分かった瞬間、男たちの顔が青ざめる。

 拘束していた男を前に押し出すと、男はバランスが取れずに倒れた。


「お前ら、今回は見逃してやるが次は無いぞ」


 俺に歯向かっても得をしないと考えた男たちは、一目散に逃げて行った。


「有難う御座います」

「いいえ、市民を守るのは警察の務めですから」


 今の件で、私は冷静さを取り戻す。

 いい大人が、夢のような馬鹿話をして軽蔑されることを話さなくて良かったと、心の底から思っていた。

 署員に話をしても、「頭でもぶつけたか?」と心配されるだけだろう。

 とりあえず、西田さんに勘付かれないように平然を装った。

 西田さんは、先程去って行った猫が戻って来るのを待っているのか、暗闇の方を見たまま動かない。

 声も掛けづらかったので、俺は静観していた。

 賑やかな人の声や、街の音を聞きながら、猫と会話が出来る? 目の前のことをもう一度、冷静に考えていた――。

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