042話
暫くすると、先程とは違う猫が暗闇から姿を現す。
正確には猫の集団だ‼
野良猫が、これほどの数で行動するのを始めて見た。
犬とは違い群れない習性だと知っていたからだ。
そして、ボス? リーダー? らしき先頭の猫と西田さんは先程と同じように猫の鳴き真似で会話? をしていた。
立ち上がると近くのごみ置き場からレタスの葉などを集め始めた。
……刑事の目の前で、あまりにも堂々とした窃盗行為に笑みが浮かんだ。
西田さん自身、犯罪を犯している意識がないのだろう。
今、俺がここで「窃盗の現行犯で逮捕します。10年以下の懲役または50万円以下の罰金に科せられます」と言ったら、どんな顔をするだろう。
おもむろにレタスの葉などを地面に並べて、その上に半生のおやつらしきものを垂らしていた。
皿の代わりになる物を探していたのだろう。
先頭の猫が毒見役なのか最初に食べている。
冷静に観察するが、間違いなく西田さんと猫の意思疎通は出来ている。
夢ではないかと掌をつねるが、痛みを感じる。
目の前で起きていることは間違いなく現実だ。
ほんの一瞬だったが、俺が現実確認している隙に、猫の群れが西田さんに向かって来た。
思わず襲われているかと思い、反射的に体が動くが猫たちは西田さんの前に並べてあるおやつを無我夢中で舐めている。
西田さんは缶を開けて、次の準備をして猫を呼んでいた。
やはり、猫の鳴き真似で会話をしているようにしか思えない。
猫たちと戯れているようにしか見えなかったが、西田さんが小さく悲鳴をあげたので駆け寄る。
数匹の猫は俺に警戒してか、俺から距離を取った。
流石の防衛本能だ。
気にせず食べている猫たちは、食欲には勝てなかったのだろう。
「どうかしましたか‼」
「すみません。猫がお礼にあれをくれようとしたので……」
西田さんの指差す先に一匹の猫が居た。
口元には大半の人なら発見と同時に駆除する黒い害虫を咥えていた。
(なるほど)
俺は悲鳴をあげた理由を理解する。
当たり前だが西田さんも普通の人なんだと思った自分に気付く。
「にゃぁ~」
西田さんは猫が近づいて来ないように、必死で説得しているように思えた。
同じような猫の鳴き真似だが、微妙に違うと感じるのは俺自身が西田さんの影響を受けているからだろうか?
西田さんの説得が通じたのか、猫はその場に害虫を置いて近付いて来る。
この短時間で何度も体験しているので、確証はないが確信はしている。
「賀来さん。ありがとうございました」
「いいえ、構いませんが……」
猫たちの用事が終わったのか、立ち上がって礼を言われる。
俺は猫たちが俺たちが去るのを律儀に待っている。と、思うのは俺の勝手な感想だったが、俺たちが路地裏の角を曲がるまで、その場から動く様子は無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今、戻りました」
西田さんを自宅まで送り届けたので、警察署に戻って来た。
数人の署員が興味津々で俺のほうを見ていた。
「楽しい夜のドライブだったか?」
「津田さんまで……」
俺を最初に揶揄ったのは津田さんだった。
だが、それ以降は西田さんの様子について真剣な話に変わる。
自分が変だと思われるかも知れないので、猫と会話が出来ることは黙っておくことにした。
「そうか。ただの猫好きか。でも、どうして駅前の路地裏にいる猫たちに餌をあげているんだ?」
「そういえば、そうですね」
津田さんの指摘で俺は気付かされる。
そして、事件の進捗についても教えてくれた。
まず、逮捕した男はバイトだったので、詳しいことは知らされていないのか、取り調べをしても詳細なことまで聞きだせていない。
あの部屋から出て行った残りの二人についても防犯カメラから行き先をある程度判明しているらしく今、別の刑事たちが逮捕に向かっているそうだ。
正確には参考重要人で取り調べをすることになる。
車で逃走していた男は他県まで移動しているらしいが、最終的な場所までは特定できていないので、引き続き調査をしているそうだ。
ナンバーから身元の判明しているが車が無いため、自宅を張り込んでいる。
並行して押収したスマホのデータ復元をしているそうだが、こちらは復元できる可能性が高いことは以前の事件からも分かっていた。
「今日も泊りですか」
「そういうことだ」
これから続く終わりの見えない連泊を予想しながら、俺は書類に目を通すことにした。
「お疲れ」
同僚の若月が珈琲を差し入れてくれた。
話しながら隣の席に座る。
「これって、黒幕まで辿り着けると思う?」
「さざ、どうだろうな」
俺は差し入れてくれた珈琲を口に運ぶ。
「なぁ、変なことを聞いていいか?」
「なに?」
「猫……動物と会話が出来ると思うか?」
「出来るわよ」
即答する若月に俺は驚き、言葉が出なかった。
「実家で飼っている犬や猫だけど、名前呼ぶと寄ってくるし、御飯だと叫べば食事の場所まで走って来るわよ」
「それって、会話か?」
「お互いの言いたいことが理解しあえているんだから、会話は成立しているでしょう?」
「それはそうだが……」
思っていた回答を違っていたが、若月の言い分も間違いとは思えないので、否定することが出来ない。
「質問を変える。犬や猫の鳴き真似をして、犬や猫に伝わったり逆に犬や猫の泣ぎ声から何を言っているか理解出来るか?」
「出来ると思うわよ」
「本当か‼」
「えぇ」
若月はスマホを取り出す。
「こんなアプリを使えば簡単よ」
俺にスマホの画面を見せる。
またしても俺の期待する回答では無かった。
「西田さんが猫と会話が出来るってことを信じているの?」
「なんで、お前が知っているんだ?」
「
「あぁ、入り口付近で寝ていたな」
「あの猫が西田さんの飼っている猫で、
「そうか」
若月の話を聞いて、その常連客達が猫と会話が出来ることを、本当に信じているのか疑問だった。
「まぁ、店の売り文句みたいなんでしょうね」
若月はスマホを仕舞うと、店の宣伝だと結論付けていた。
「それと彼女……西田さんは今回の標的となった久保田美緒さん、
「探偵事務所⁈」
思わぬ話に俺は驚く。
メイド二人が探偵? とても務まるとは思えない。
「賀来の言いたいことは分かるわよ。家出猫専門の探偵事務所らしいわ」
「家出猫専門?」
「えぇ、最近は需要があるらしく、全国でも幾つかあるわ」
ニュースやネット情報に疎い訳では無いが、猫専門の探偵事務所があることは初耳だった。
まぁ、接触する探偵と言えば、浮気調査の際の盗撮行為だったり、不法侵入だったりと悪しき探偵が多い。
見た目で判断することはしないが、あの西田さんと探偵が一致しないでいた。
「へぇ、彼女に興味津々って顔してるわね」
「なにを言っている」
揶揄う若月を無視して、書類を見直していた――。
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