043話

「祐希、時間よ」


 私は麻衣ちゃんの声で目を覚ます。スマホが無いため、アラームをかけることが出来ないので、麻衣ちゃんのスマホにアラームをかけてもらっていた。昨日の疲れが思っていた以上だったのか、熟睡していた。


「おはよう、麻衣ちゃん」

「おはよう。本当にバイト行くの?」

「うん。休んだりしたら、マスターたちも心配するだろうし、顔出した方が安心してくれると思うから」

「そう」


 麻衣ちゃんは私の意見を尊重してくれているのか、それ以上は聞いてこない。

 その優しさを感じながら布団から起き上がる。


「うーん」


 背伸びをして首を一回転する。疲労が抜け切れていない。

 麻衣ちゃんが仕事に行く時間に合わせて、一緒に家を出る。

 ma couleurマ・クルールまでは麻衣ちゃんが車で送ってくれた。


「とりあえず、スマホは今日中に買いなさいよ」

「うん。スマホが無いと困るから、休憩時間に手続きしてくる」


 心配そうな表情の麻衣ちゃんを見送り、私はma couleurマ・クルールへと向かう。

 普段はネット検索で調べものをするくらいしか使っていない。

 メールやSNSも交流のある人数は数人だけだ。

 今回のように不慮の出来事の場合に、連絡手段がないということは致命的だと実感する。

 商店街を歩くと、顔馴染みの人たちから声を掛けられる。

 私が事件に巻き込まれたことは知られていないようだ。



「おはようございます」


 私は普段通りに店の扉を開けて挨拶をする。


「祐希ちゃーん!」


 私の顔を見るなり、美緒ちゃんが飛びついて来た。


「ごめんね、私のせいで」


 泣きながら何度も何度も謝罪する美緒ちゃん。

 私が何度も「美緒ちゃんのせいじゃないよ」と言っても、植え付けられた罪悪感は簡単に払拭することは出来ないのだろう。


「あれ? マスターは?」


 店にマスターの姿が無いことに気付く。


「そう! 一美さんに赤ちゃんが生まれたんですって!」

「えっ、いつ生まれたの⁈」

「今朝の四時くらいだそうです。マスターから連絡がありました」

「そうなんだ」

「女の子らしいですよ」

「へぇー」


 私はマスターが娘を溺愛する姿を想像する。


「それで今日と明日は臨時休業なんです。祐希ちゃんに連絡が取れないので、私が店で待っていたんです」

「そうなんだ。わざわざ、ゴメンね」

「いいんですよ。私も祐希ちゃんに謝りたかったし、私の両親も一度、正式にお礼と謝罪をしたいと言っています」

「そんなに気を使って貰わなくてもいいよ。……それよりボスはマスターの家にいるのよね?」

「はい。鍵はマスターの両親に預けてあるので、勝手に入ってくれていいそうです」

「そう……じゃぁ、あとで行ってみようかな」

「私も一緒に行っていいですか?」

「別にいいけど、十時くらいまでは時間を潰すけど大丈夫?」

「十時になにかあるんですか?」

「うん。スマホを紛失したので、新しく買わないと行けないから、ショップに行く予定」

「それって、私の代わりに攫われたからですよね?」

「まぁ、事件のせいだけど、別に美緒ちゃんのせいじゃないよ」


 美緒ちゃんは私の返事と同時に、スマホを取り出して電話をかけだした。

 相手は御両親のどちらかのようだ。


「祐希ちゃん。新しいスマホ代は私が払います」

「えっ、別にいいよ」


 とても魅力的な提案だが、スマホを無くしたのは私がスマホを取り出したためだ。

 何度も美緒ちゃんに断るが、決して引くことはなかった。

 なんでも私への迷惑料なのだから、父親からも必ず支払うようにと言われているそうだ。

 私は契約した本人でしか支払いが出来ないのでは? とあやふやな知識を話すと、美緒ちゃんも納得する表情をした。

 結局、私と一緒にスマホショップに行き、購入金額を確認することで落ち着いた。


 店に電気が灯っていると、営業していると勘違いをさせてしまうかも知れないと思い、火の元と戸締りを確認して、ma couleurマ・クルールを出る。

 といっても、まだ、七時半くらいだ。

 時間を潰す必要がある。

 商店街を歩いていると、飯尾さんと藍木さんに遭遇する。


「あれ? お店はどうしたの?」

「今日と明日は臨時休業にしたんです」

「臨時休業? マスターになにかあったの?」


 私と美緒ちゃんの二人で歩いていたので、臨時休業になった原因がマスターにあるのだと飯尾さんは思ったのだろう。

 噂好きに二人に、一美さんが出産したことを話すかを悩んでいたが、いずれは知られると思い、私は出産のことを話す。


「そうなんだ! それはめでたいね。俺たちも、お祝いを用意しないとな」

「そうだな。それより、これからどうする?」


 飯尾さんと藍木さんはma couleurマ・クルールに行くつもりだったのだろうが、行き先を失い路頭に迷っている。


「そうだな……」


 飯尾さんは悩んでいた。

 この時間に空いている店を思い出しているのだろう。


「二十四時間営業のファミレスでも行くか?」

「そうだな……少し歩くけど、祐希ちゃんと美緒ちゃんも行くなら、おじさんたちが奢ってあげるよ」

「ありがとうございます。でも、自分で支払いますので大丈夫です」

「はははっ、振られちゃったな」


 藍木さんの誘いに乗る美緒ちゃんだったが、金銭感覚はきちんとしていた。

 常連さんに支払わせることはしなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ファミレスに移動した私たちは、六人掛けテーブルに案内された。

 飲み物はドリンクバーになっていた。

 暫く入っていないファミレスだったが、モーニングセットも提供していることを知らなかった。

 しかもドリンクバーって……実質、飲み放題ってことだ。

 自分が時代の流れに乗れず、取り残されている気分になった。


「しかし、この町もどうなるのかね」

「そうだよな」


 市長親子が逮捕されたことで、良くも悪くも影響が出ていた。

 市長に賄賂を贈って公共事業の仕事を貰っていた建設業者や、商社も芋づる式に逮捕されて、連日のニュースやワイドショーで報道されている。

 このことで全国からの知名度が一気に上がるが、それは悪いイメージでだ。

 私のことは公になっていないようだと安心していると、藍木さんが見ていたスマホ画面をテーブルの中央に置く。


「これって……」


 新しいニュースとして、市長の私設秘書が闇バイトで誘拐や恐喝などをしていたと報道される。

 どうやら、私だけでなく自分より権力が無い者などには、市長が裏から圧力をかけていたようだ。

 しかも足がつきにくい闇バイトを利用していたのだが、闇バイトを運営していた相手が息子の竜美の友人だったことも分かり、余罪が幾つも出てきたそうだ。

 主犯格の男や、運営に関わっていた人物が映像で映し出される。


「あっ!」


 私は思わず声をあげてしまった。

 映し出された男に見覚えがあったからだ。

 私を誘拐した実行犯の一人で、連絡を取り合っていた男だ!

 報道では逃亡していた者もいたそうで、別々の場所で逮捕したようだ。

 大事な案件はバイトとして参加して、失敗をしないように監視していたのかも知れない。


「どうかした?」

「いえ、ちょっと思い出した事があって、すみません」


 私は声を出したことを誤魔化す。


「このファミレスも、どうなるんだろうね?」

「本当だよな。市長に振り回されて、いい迷惑だぜ」


 今いるファミレスも閉店すると店内に貼り紙があった。

 だが、それは新しい商業施設にテナントとして入るため、移転するという内容だった。

 移転先の商業施設が無くなった……この土地の契約もあるので、どうなるのだろうか?

 飯尾さんも藍木さんも地元愛が強い常連客だ。

 生まれ育った町だからこそ、寂れていく町を見るのが忍びないのだろう。

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