Purrfectなボスと、変質メイドの異聞奇譚⁉
地蔵
001話
『ボス! どうして、私に乗っているんですか‼』
『なんだ、お前は俺を置いて逃げるつもりなのか?』
『そんな事言っていません。自分で走って下さいよ』
『俺は長距離走れないんだよ。そんなことくらい、お前も知っているだろうが!』
『……太っているからでしょう。もう少しダイエットした方がいいですよ』
『うるさい! お前こそ、体力不足なんじゃないのか?』
『仕方ないでしょう、病み上がりなんだから』
『お前も瘦せたほうが……』
『なんですって‼』
煙のような白い息を吐きなりながら、泣きそうな気持ちで必死に走る。
ただでさえ息苦しいのに……なんで、こんな漫才のようなことをしなければならないのか……。
無駄な体力を使ってしまった。
それよりも……後ろから追ってくる二人組の男に捕まれば、何をされるか分かったものじゃない。
『
『もう、これ以上は無理!』
心臓が破裂しそうだ。
こんなに一生懸命走ったのは何時以来だろう……人はなぜ走るのか? って、そんなことを考えている場合じゃない。
(そもそも、追われる原因を作ったのはボスなのに!)
納得いかない気持ちは後回しにして、今の状況を回避することだけを考えるようにする。
後ろから迫って来る足音は、徐々に大きくなっていることには気付いている。
「待ちやがれ!」
もう‼ なんで、そんな必死で追いかけて来るのよ。
私は、きちんと謝ったじゃない。
あっ! もしかして私に一目ぼれしちゃったとか。
どう考えても、それは無いよな……。
本当は、物凄く高価な物だったのかな?
追いかける男の人たちも、自分の失態が上の者に知られるから、必死で追いかけているのかも……。
もしそうなら、貧乏人の私には支払えないし……強制的に変な店で働かせられるかも……。
うん、そうだ。昔の人は言った「逃げるが勝ち」と‼
「待てと、言っているだろう!」
後ろから聞こえた男たちの声に「待てと言われて、待つ馬鹿はいません!」と、心の中でつっこみをいれながら、必死で足の回転を上げる。
……あれ? 足音が遠のいている?
身長が百五十三センチしかない女性の私が、追いかけっこの勝負に勝ったってこと?
私よりも短足だった? それとも、私以上に体力が無い?
まぁ、少し見ただけだけど健康的な感じでは無かったけど……。
『いいぞ、祐希! 相手はバテてきている。このまま、逃げ切れ!』
後ろの様子を確認したボスが、私に発破を掛ける。
このまま、勝利を確実にするため、ボスの言葉に後押しされるように、私は加速する。
そう、気持ちだけだが……。
路地を曲がったところで、大通りと合流した。
私は逃げ切ったことを確信した。
田舎とはいえ、県庁所在地の名が付いた駅の駅前通りだ。
帰宅ラッシュにあたる時間なので、それなりに人の往来も多い。
人込みに紛れれば、男たちは追って来られないだろう。
もし、追い付かれて捕まっても大声を出せば、私が被害者だと周囲の人たちに分かり、警察を呼んでくれるかも知れない。
とりあえず、もう少し走ってみる。
『おい、人が多すぎる。早く、俺を隠せ』
『あっ、確かに……ってか、ボスが降りれば、いいんじゃないですか?』
『疲れたから休憩だ』
『……走っていたの私ですよね』
周囲を見渡すと、すれ違う人たちが、私の方を、チラッと見ているのが分かる。
私がリュックの上に乗っている”茶虎猫のボス”と会話をしている姿で、変人だと思い、関わりあうのを止めようと見ていたのだろう。
以前にも猫との会話を聞いていた人が、「何を猫の鳴き真似しているの?」と言っていたので、他の人からは「みゃーみゃー」や、「にゃにゃにゃにゃー」と言った感じに聞こえているのだろう。
確かに、近くにそんな人がいたら、私も「変人」だと思う……。
『祐希、はやくしろ!』
『はいはい、分かりましたよ』
行き交う人たちからの好奇の視線を感じながら、足早に移動する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あー、疲れた」
建物の影に隠れて、一息つく。
『おい、もたもたするな。すぐに、移動するぞ』
『……分かっています』
背負っていたリュックを下ろして、足元にいたボスを抱きかかえる。
『もっと優しく持て』
『十分に優しくしていますけど……』
文句をいうボスを、リュックの中に入れる。
『狭いですけど、暫くは我慢してくださいね』
『仕方ない。帰ったら美味い飯を食わせろよ』
『……はいはい』
そもそも、ペットを連れての移動はペット専用キャリーケースに入れるのが普通だ。
当然、お値段もそれなりにする。
私もボスが可哀そうだと思い、なけなしのお金でリュック型のペット専用キャリーケースを購入した。
しかし、ボスがキャリーケースに入るのを拒否するので、仕方なく私のリュックに入れて移動しているだけだ。
今となっては、ボス専用の移動リュックとなっている。
最初こそ、「息苦しくないのか?」と心配もしたが、ボス曰く「快適な空間」らしい。
『祐希は変装しろよ』
『分かっています』
分かっていることを言われたので、少し怒り気味に言葉を返す。
口うるさいボスに、「あんたは私の父親か!」と言いたい気分だった。
被っていた赤色のニット帽を脱いで、リュックの横にあるポケットから、新しい黒色のニット帽を出すと同時に、赤色のニット帽を仕舞う。
「んっ、と……」
肩まである髪をまとめて、出したニット帽を深く被る。
リュックの別のポケットから、黒縁の眼鏡を出して「変装になっているかな?」と、思いながら眼鏡を掛ける。
もちろん、伊達眼鏡だ。
「あっ、マスク、マスク」
捨てようと思い、リュックの中に入れておいた使ったマスクを思い出して、取り出す。
衛生的には、一度使用したマスクは駄目だろうが……今は、そんな事言っていられない。
『腹が減った。家まで待てん。おい、おやつは無いのか!』
『……』
『おい‼』
食い意地の張ったボスらしいと思いながらも、ボスの言葉を無視してニット帽を少し上げ、マスクの紐を耳に掛ける。
『祐希、聞こえているんだろう』
眼鏡とニット帽を直す。
『祐希! ……”
『フルネームで呼ばないでください!』
『お前が俺の言葉を無視するからだろう』
『おやつはありません』
『じゃあ、コンビニで買ってくれ』
『……そんなお金はありません』
『ケチだな』
『私は貧乏なんです‼』
私のバイト代で、おやつを買ってあげているのに……。
コンビニという言葉を知っている猫も、世界広しとはいえボスくらいだろう。
「よいしょっと」
勢いをつけてリュックを背負う。
『おい! もっと、丁寧に扱え』
『丁寧に扱っていますよ』
リュックの中にいたボスが文句を言う。
『暴れないで下さいよ』
『分かっている』
「はぁ~~~。なんで、こんな事に……」
深く長いため息をつきながら、追ってきた男たちがいないかを警戒しながら、重い足取りで大通りへと戻り、歩き始めた。
(……怪しい奴め)
ビルのガラスに映った自分の姿を見て、足を止める。
露出している顔の皮膚面積が殆どない。
銀行やコンビニに入れば、強盗と思われても仕方が無い風貌だ。
しかし、見た目的には中学生だな……いや、小学生に間違えられるかも……それは無いかな。
これは、客観的に自分を見た感想だ。
顔を隠しているとはいえ、とても大学二年生の二十一歳には見えないだろう。
まぁ、大学生と言っても、今は休学中なので、肩書だけの大学生である。
(しかし、なんで猫と会話が出来るようになったんだろう……)
事故の後遺症かは分からないが、事故後に猫と会話が出来るようになった。
大学二年生になりたての春、家族との旅行中に交通事故に遭い、つい二月前まで入院生活を送っていた。
停車中の車に後方から猛スピードのトラックに突っ込まれて、両親と姉は即死だった。
奇跡的に私だけが、一命をとりとめた。
脳の手術もしたせいか、切開部のみ少し髪が短い。
他人にすれば、気付かないかも知れないが私は気にしていた。
そもそも脳の手術はしたけど、声帯の手術はしていない。
それなのに、猫の言葉が話せることのほうが、私にとっては不思議だった。
体力が無いのも、入院生活が長かったことが原因だ。
リュックの中にいるボスと呼ばれる茶虎の猫。
ボスと呼ばれている理由は私にも分からない。
他の猫たちが「ボス」と呼んでいたので、私もそう呼んでいる。
地域のボス猫なのかと思ったが違うと、ボスは言っていた。
しかし、猫同士の争いになれば、かなりの強者だと他の猫たちは口を揃えて反していた。
因みにボスは「俺は祐希の飼猫ではない」と言っているが、今は私の家で一緒に暮らしている。
ボスが外出したい時は、一緒に散歩もする。
散歩といっても私が抱いたり、私のパーカーの胸元に入り込んだりして、自ら歩くことはしない。
『私はボスのタクシーじゃありませんよ』
ころころと、変わる行き先を言われて、嫌味の一つでも言うがボスには人間の単語が通じない。
『タクシーってなんだ?』
『お金を払えば、好きな場所まで連れて行ってくれる乗り物です』
『お金ってなんだ?』
ボスの質問にも疲れるが、言葉と知識が一致していないことが多い。
私が説明すると理解してくれる。
コンビニについてもそうだった。
人間に対して、世界一詳しい猫と言っても過言では無いだろう。
私がバイトのある時は、一緒に出勤をする。
これでもボスは、バイト先の看板猫なのだ。
『おい、もっと揺れないように歩け』
『これでも、気を使っているつもりなんです』
歩きながら、小声でボスと会話をする。
小さな声で呟いているだけなので、通行している人たちにも気付かれてはいない。
男たちに気付かれていないと思いながら、足早に移動する。
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