018話

「本当に猫探偵をやればいいのに」

「冗談はやめて下さい」


 マスターに森上さんの猫を見つけたことを報告した。


「一美さんの目は本気だったよ。僕としては、日中は今のままバイトを続けて欲しいんだけどね。僕の思いだけで祐希ちゃんを引き止めることは出来ないしね」


 苦笑いするマスターを見たら、言葉を返せなかった。


「それはそうと、譲渡会の日は家まで迎えに行くよ」

「ありがとうございます」


 猫を迎え入れたいマスターと一美さんに猫との通訳として同行する。

 もし猫を迎え入れたら、店に連れて来ることになると思う。

 一応、店の外に出してあるウェルカムボードには、店内にボスがいることを書いてある。

 猫アレルギーの人への注意喚起だ。

 私も料理にボスの毛が入らないように、ブラッシングは必ずするし、粘着シートで服の毛も念入りに取っている。

 まぁ、猫のいる喫茶店と認知され始めているので、クレームに発展することは無い。


「そういえば、祐希ちゃん。来週の金曜日だけど、閉店後に雑誌の取材があるから、申し訳ないけど残ってくれるかな」

「雑誌って――」


 マスターの思いがけない言葉に思わず聞き返す。


「タウン雑誌の店紹介だよ」


 雑誌に掲載された店の店主が、自分のおすすめ店を紹介するリレー方式の企画らしく、前回はマスターと交流のある人からの紹介らしい。

 私も何度か会っているので、紹介してくれた”割烹 ひな”の女将”日奈ひな”さんだ。

 実家の割烹料理店をマスター同様に継いだ二代目同士だった。

 それと同時に日奈さんとマスターは、バイク仲間でもある。

 国道沿いの靍野輪業つるのりんぎょうの常連客だ。

 一度だけ仕事着である着物に身を包んだ日奈さんと出会ったが、日奈さんと気付かないくらい印象が違っていた。

 日奈さんはマスターが作るパスタのファンなので、必ずメニューにないパスタを特別に注文する。

 マスターも”割烹 ひな”に一美さんと来店する時に、日奈さんと同じようにメニューにない料理を注文するのでお互い様らしい。

 いつか私も一緒にと言われていたので、店に行くのを楽しみにしていた。


「その取材に私が居ても……いいんですか?」

「うん。一応、猫とメイドがいる店ってことになっているから」

「……マスターは、それでいいんですか?」

「ん、どうして」

「マスターの店なのに、私やボスがメインでいいんですか?」

「うん、別にいいよ。僕と一美さんも、ボスや祐希ちゃんには感謝しているからね」


 私の意図する答えと違い解答だった。

 マスターの料理は美味しい。

 その料理を伝えるのでなく、猫とメイドがいる店として紹介されても問題無いのだろうか?

 私は再度、マスターに自分の質問を明確に伝えた。


「う~ん。別に拘りは無いかな。今回だって、日奈さんの紹介でなければ取材を受けなかったしね。タウン誌だから大きな影響もないと思っているから、面白おかしくした方がいいんじゃないかって、一美さんと話していたんだ」

「そう……なんですか」


 マスターと一美さんが納得しているのであれば、私がこれ以上言うことは無い。

 従業員として、マスターの意向に従うだけだ。

 ただ、最近のタウン誌の影響力を知らない私やマスターは、気軽に考えていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふぅ~」


 ランチタイムが終わり店内からお客さんが居なくなる。


「祐希ちゃん。休憩していいよ」

「はい、ありがとうございます」


 私は奥の部屋で休憩を取ることにした。

 途中でボスの頭を撫でると、睡眠を邪魔されたのか不機嫌そうに私を見たので、そのまま奥の部屋へと歩いていった。

 スマホを取り出してメッセージアプリでメッセージやメールを確認する。

 現在、メッセージやメールを送ってくるのは限られている。

 一応、習慣のようなものだ。

 カレンダーアプリにma couleurマ・クルールの取材日を入力する。

 タウン誌とはいえ雑誌に載ることは初めてなので、今から緊張していた。

 ボスもトリマーに綺麗にしてもらった方が良いのか? と、いろいろ考えてしまった。


『おい!』


 気付くとボスが休憩していた部屋に入ってきた。


『なに?』

『腹減った』

『ちょっと待っててね』


 私はキャリーバッグからボスの小分けにした御飯を出して、手からボスに食べてもらう。

 店の繁忙時間に御飯の要求などはしてこないので、ボスなりに気を使っているのだと思う。


『満足した?』

『……もうないのか?』

『ゴメンね。家に帰ってからね』


 ボスは御飯が無いと分かると、用済みの私から去って行った。

 入れ替わりにマスターが、サンドウィッチとオレンジジュースを持って来てくれた。

 ゆっくり食事が出来ないこともあるが、これから遅くまで働く訳でも無いのでマスターがまかないとして、軽食を作ってくれる。

 スマホで週末に行く保護猫譲渡会の情報を見る。

 何匹かがホームページで紹介されているので、写真を見ながらその仔の性格を想像する。

 最終的に決めるのはマスターと一美さんになるから、見ても意味が無いことは分かっているが、少しでも二人の力になれることをしたいと思っている。

 しかし冷静に考えてみると決めるのは、保護猫団体の人たちだ。

 マスターや一美さんは、迎え入れたい仔を選ぶだけだった。

 もちろん当事者の猫も家族を選ぶ権利が無い。


 サンドウィッチを食べていると、マスターが部屋に入ってきた。

 なにか慌てているようにも見える。


「どうかしたんですか?」

「猫のお礼をしたいって人が、祐希ちゃんに会いに来ているよ」


 ……森上さんだと確信する。


「今、行きます」


 私は立ち上がりフロアに駆け足で戻る。

 フロアに戻った私を見つけた森上さんは、椅子から立ち上がって一礼する。


「ありがとうございました」

「いえ、どういたしまして」

「あの……これ、謝礼です」


 森上さんは封筒を私に差し出す。

 明らかにお札が入っていることくらいは私でも分かる。


「すみません。あくまでボランティアですので、受け取るわけにはいきません」

「いえ、しかし……」

「受け取るわけにはいきませんから、その分お店に通って下さい」


 お互いの妥協点を探りながら出した答えだった。


「西田さんが、そうおっしゃるなら」


 森上さんは私の意見を尊重してくれた。


「私の知人にも、このお店の宣伝もしておきます」

「宜しく御願いします」


 私は慣れてきた営業スマイルを、森上さんに向けた。


「クロちゃんの体調はどうですか?」

「はい。今朝、動物病院に連れて行きましたが、問題無かったです」

「それは良かったですね」

「はい、これも西田さんのおかげです」


 森上さんは再度、頭を下げた。


「仕事に戻りますが、ゆっくりして行って下さい」

「はい。こちらこそ、お仕事中にすみませんでした」


 私は森上さんの元を離れる。


「良かったの?」


 仕事に戻ると言った手前、フロアに立っているわけにもいかないので、マスターのいる厨房にやって来た。

 一部始終を見ていたマスターが心配そうに話してくれた


「何がですか?」

「えっ! 何って、お礼のことだよ」

「あぁ、別にいいんです。お金を貰うのは気が引けますし」

「でも、祐希ちゃんの噂が広まると、今のお客さんのように、これからも猫を探して欲しいって依頼が来ると思うよ。毎回、今のように断ると無料タダだからって人も来ちゃうよ。断るなら次回からは、きちんと断らないといけないよ」

「……そうですね」


 マスターの言うことは間違っていないし、私のことを心配してくれたうえでの助言だ。

 だけど、猫と話すことが出来る私としては、困っている飼い主や、心細い思いをしている仔を放っておくことは、多分……出来ないと思う。

 そう考えれば、一美さんのいう探偵という選択は間違っていないと思うし、良い選択だと思う。


 仕事が終わりマスターの言葉が気になり、スマホから探偵について調べる。

 探偵を開業するには、前日までに警察署へ書類提出すればいいことを知る。

 資格や経験年数などが必要だと思っていたので、届け出を出せば誰でも探偵に慣れることは私にとって衝撃だった。

 思ったよりも簡単に開業が出来るということは、裏を返せば悪徳な探偵社も存在するということになる。

 一般の人たちが探偵のお世話になることは滅多に無いだろう。

 私の偏見だが、探偵とはアンダーグランド的な職業だと思っている。

 事故前であれば検索することがない”探偵”というキーワードを見ながら、一美さんに詳しく聞いてみようかと思い始めていた。

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