010話
モンキーを譲ってもらった初の日曜日。
運転にも慣れてきたが、走っていると人に見られることが多くなって気がする。
最初は気のせいかと思っていたが、気のせいではない。
なぜなら、信号待ちをしているとツーリングの人たちから声を掛けられた。
小さな私がモンキーに似合っていると褒めて? くれた。
私というより、モンキーを知っている人は見ているのだろう。
モンキーは玄関に入れている。
少し狭くなるけど、お客が来る事も無いし、私一人であれば十分に通れる。
なによりも盗難防止になる。
治安が悪い地域ではないが、出来るだけのことはするつもりだ。
父親の車を駐車していた場所は、持ち主が返ってくるかのようにカーポートが悲しく立っている。
朝早いので、空気が冷たい。
まるで冷たい水の中に体を浸したかのようだ。
ただ、通勤時間が短縮できることと、マスターがモンキーで通勤する私を嬉しそうに見てくれているので、モンキーで通勤をしている。
「おはようございます」
「おはよう、祐希ちゃん。寒くなかった?」
「はい、大丈夫です」
「珈琲入れておいたから、飲むといいよ」
「ありがとうございます」
開店前からバイトに入ることが多くなった私は、バイト前にマスターからモーニングセットを食べさせてもらっている。
もちろん
私はモーニングセットを食べてから、メイド服に着替える。
万が一、メイド服を汚してしまうと申し訳ないからだ。
「祐希ちゃん、おはよう」
「おはようございます、一美さん」
奥から一美さんが出てきた。
手にはタブレットを持っていた。
「それを持っているということは――」
「えぇ、今日は美緒ちゃんとアイドルトークをする日なの」
美緒ちゃんと言うのは、アイドル好きの大学生のことで、学年で言えば私の一つ下ということもあり、私も”美緒ちゃん”と呼んでいる。
大学は麻衣ちゃんの通っていた大学なので、かなり頭が良い。
私では逆立ちしても入れるような大学ではないし、全国でも有名な大学だ。
地下アイドルしていた一美さんを知っていたらしく、その一美さんが地元の喫茶店で働いていると知って、
一美さんは照れながらもサインをして、美緒ちゃんとのツーショット写真も撮った。
それ以降も、アイドル好きの二人は
元地下アイドルと、アイドル好き大学生の話は、一般人にはディープ過ぎて話に入り込めない。
二人の周りだけは異質な空間になっていた。
一美さんと美緒ちゃんがアイドルトークをするのは一番奥の二人テーブルになる。
タブレットをテーブルに置いて、準備をする一美さんは嬉しそうだ。
お客さん同士も仲が良いし、余程のことが無い限り一見さんが来店することは無い。
そして、それぞれ自分の定位置があるので、開店と同時に常連客はその位置に座る。
ただ、モンキーを店内に置くことになったので、若干だがレイアウトが変わってしまったので、この週末はどうなるのか少しだけ緊張していた。
店の外で掃き掃除をしていると開店時間が近づいたのか、常連客が姿を現し始めた。
「おはようございます」
「おはようございます、もう少しで開店ですので寒いですが御待ち下さい」
「大丈夫よ。秋田育ちの私には普通だから」
物静かな美人な女性が笑顔を返してくれる。
常連客の”
雪のように白い肌に、綺麗な仕草で奏でる音さえ美しい。
名は体を表すと言うのを、絢音さんを見て実感した。
絢音さんは小説家で、出版された小説は何度もテレビで紹介されている。
名字の”
本名なのか
ネットでも情報が無いと、常連客の藍木さんが言っていた。
私は絢音さんのことを調べている藍木さんに、少しだけ引いたが顔には出ていなかったと思う。
「祐希ちゃーーーーん」
遠くから私の名前を呼んで走ってくる人物がいた。
美緒ちゃんだ。
相変わらず元気一杯だ。
私には美緒ちゃんのテンションまで上げることは一生出来ないだろうと会う度に思うし、羨ましくも思えた。
「はぁ、はぁ……一美さんは来てる?」
「はい。美緒ちゃんが来てもいいように準備していますよ」
「やった‼」
元気娘という言葉がピッタリだ。
「絢音さん、おはよございます」
「おはようございます。朝から元気一杯ですね」
「はい、元気だけが私の取柄ですから」
何度も見ている光景だ。
「あっ、絢音さん」
私は思い出したように絢音さんに声を掛ける。
「はい、なんですか?」
「店内のレイアウトを少し変えましたので、事前に御連絡しておこうと思いまして」
「そうなのですね。わざわざ、ありがとうございます」
御礼を言う所作まで綺麗だと感心してしまった。
店の扉が開いて、マスターが顔を出す。
「絢音さんに美緒ちゃん、おはよう。寒いのに待たせて申し訳無かったね」
絢音さんと美緒ちゃんに挨拶をして、扉に掛けてある札を”CLOSE”から”OPEN”に変える。
店内に入ると絢音さんが一瞬、足を見て店内を見渡す。
自分の新たな席を探したのだろう。
美緒ちゃんは一美さんの座っている席に一直線だった。
絢音さんは悩むことなく、いつも座っていた場所に近いテーブルに座る。
マスターは注文を聞きながら、厨房へと戻って行く。
私も掃除の後片付けをして、店内に戻った。
「おはようさん」
家にでも帰って来たような口調で飯尾さんと、藍木さんが入ってきた。
店内のレイアウト変更後に何度も来店しているので、気に留めることもなく空いている自分たちの定位置にしているテーブル席に座る。
「絢音さんに美緒ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「あっ、飯尾さんに藍木さん、おはようございます」
静の絢音さんと、動の美緒ちゃん。
この言葉が妙にしっくりきた。
「マスター、いつものね」
「はい」
常連客ともなれば、「いつもの」で十分に通じる。
私も注文を受けなくて済むので正直、楽だった。
物静かに珈琲を飲みながら、テーブルに置いたパソコンでキーボードを叩く絢音さん。
執筆しているのだろうが、余計な詮索は御法度だ。
そのキーボードを叩く音さえ打ち消しているのが、店内で話をする一美さんと美緒ちゃん、そして飯尾さんと藍木さんの二人組。
私は厨房に入り、マスターの手伝いをする。
この後、鬼のように忙しくなるからだ。
決して大きくはない。
ただ、日曜日のモーニングタイムと平日のランチタイムは物凄く忙しい。
ここ
大盛りメニューも存在する。
制限時間は四十分で食べきれば料金は
もちろん、一人での挑戦だ。
しかし、失敗すれば二万円という高額の罰則がある。
これは冷やかしなどの挑戦者を排除するためらしい。
本当に食べきれる自信のある人だけに挑戦して欲しいそうだ。
東京でバイトしていた時の経験を基にしていると、マスターが言っていた。
実際、挑戦したのは私が知っているだけでも三組だけだ。
一組目は、柔道をしている大学生だったが、友人に唆されて挑戦したようだ。
二組目は、大食い自慢の専門学生。
この二組は、四分の一以上残して失格だった。
マスターの好意で、残りはタッパーに詰めて持って帰ってもらった。
三組目は、一美さんの友人だった。
お客さんがいない、閉店後の特別挑戦だったが、マスターはこの人を負かすために大盛りメニューを研究していると意気込んでいた。
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