014話

「もう、お腹いっぱい」


 天井を見上げながら葉月が苦しそうに話す。 


「葉月、食べ過ぎだよ」

「だって美味しいんだから仕方ないよ」


 満足そうな表情でお腹を叩く。


「でも、祐希が元気そうで本当に良かったよ」

「本当だよ」

「連絡遅くなって、本当にゴメンね」


 何か月も会っていなかったのが嘘のように、私たち三人の会話はスムーズだった。


「それだけ元気だったら、大学に戻ってくるのも時間の問題ね。今なら単位も何とかなるだろうしね」

「そうそう。分からないことがあったら私たちに聞いてくれればいいしね」

「そういう葉月だって、私のノート写していたじゃない」

「それは、たまたま……だよ」


 葉月は誤魔化すように、楓から視線を逸らす。


「そのことなんだけど――」


 私は二人に大学を止めようと思うことを伝える決意をする。

 こんなに私のことを心配してくれる二人にこれ以上、嘘はつきたくなかったからだ。


「なんでよ‼」


 葉月が泣きそうな表情で私を問いただす。


「葉月、落ち着きなって」

「でもさ‼」

「祐希だって、悩んでいたんじゃないの?」

「うん。でも、これが私の出した結論なんだ。ゴメンね」


 私の言葉を聞いた葉月は涙目になっていた。


「別に大学を辞めたからと言って、祐希と会えなくなるわけじゃないでしょう」

「でもさ――」


 葉月は何かを言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。


「本当にゴメンね」


 私は二人に対して、もう一度謝罪した。


「はい、この話はこれで終わりね」


 楓が手を叩いて、大学の話を終えようとした。

 葉月も頷く。


「じゃあ、デザートでも食べようかな」

「葉月、まだ食べられるの⁈」

「うん。甘いものは別腹だよ」


 驚く楓を葉月は笑いながら話す。


「祐希や楓も食べるでしょう?」

「いや、私はもう無理だよ」

「同じく」

「え~、」


 葉月はデザートを一人だけ食べるのが不満なのか私と楓を誘うが、私たちも満腹状態なので、これ以上は何も入らない。

 葉月も大食いの素質があるのではないか? と少し興味本位で考えてみた。

 結局、葉月だけがデザートを食べたのだが満足しなかったのか、別の種類のデザートを追加注文していた。


 その後、他愛もない話をするが、久しぶりに心が休まる感じがして居心地が良かった。

 大学で楓と葉月と過ごしたあの教室が目に浮かんだ――。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「この家、こんなに広かったっけ?」


 静まり返った部屋で、私は呟く。

 この家に一人なのは、何時以来だろうか――。

 学校から帰って来ても、常に母は「おかえり」と私を温かく迎えてくれていた。

 事故で家族を失って、戻って来た時はボスと一緒だった。


「寂しい……な」


 静寂と冬に温度に身をつつみながら、時間に比例するかのように温度も凝縮しているように感じた。

 先程まで楓と葉月たちと騒いでいたから、余計とそう感じるのかも知れない。

 私は家族の遺影の前に座り線香に火を付けると、今日あったことの報告をする。


「今日、楓と葉月……大学の友達に会ったよ。久しぶりだったから緊張したかな。私の快気祝いってことで、二人に奢ってもらったんだよ」


 目の前に家族がいるように――以前の食卓で話をしていたように遺影に向かって語り掛ける。

 当たり前だが言葉が返ってくることは無い。


「それでね……お父さんもお母さん、お姉ちゃんも怒るかも知れないけど……私、大学を辞めることにしたんだ」


 今まで心に仕舞っていて、口にしなかったことを伝えた。

 頭の中で家族に叱られるイメージが浮かぶ。

 慌てる母に、考えこむ父。

 そして、私から視線を外さない姉。


「なにか理由があるんだろう?」


 父なら私に、こう言うと思う。

 頭の中で家族との会話をしながら、事情を説明する。

 私を気遣う母と、遺産は自由に使えと言う父。


「祐希が悩んで出した答えなら、いいんじゃない」


 どこからか、姉が私にそういった気がして、周囲を見渡す。


「疲れているのかな?」


 目の前の線香が消えかかっていた。

 時計を見ると、遺影の前に座って三十分以上経っていることに気付く。

 独り言を永遠と話していたのだと思うと、自分のことながら頭が大丈夫かと思ってしまった。


 私は風呂のスイッチを入れてリビングに戻る。

 リモコンでテレビをつけてソファに寝転ぶと、居ないはずのボスの匂いが漂ってきた。


(ボスは、この辺りでいつも寝ているからな……)


 ボスの残り香で寂しさを紛らわす。


「あれ?」


 テレビで流れるニュースから聞き覚えのある地名が聞こえてきた。

 ma couleurマ・クルールに行くときに渡る一級河川の河川敷で死体が発見されたらしい。

 竹林に覆われている場所で、普段は人の往来が無い。

 たまたま、犬の散歩をしていた人が飼い犬が吠えるので、吠える方向を見ると人の手らしき物が見えたので、竹林の中に入って行ったそうだ。

 死体は一体だが、暴行された跡があるとニュースでは言っていた。

 まだ、身元が分かる物が無いので他殺の方向で捜査を進めていると言い終わると、現場からの中継が終わり、画面がスタジオへと切り替わった。

 アナウンサーが一言話すと、番組はコマーシャルに入った。 


「えっ!」


 背後に気配を感じて振り返る。


「誰も居ないよね……」


 一人だから神経質になっているのだと思いながら、玄関の戸締りを再度確認する。

 こんなに心細いとは思っていなかったし、寂しいとは思ってもみなかった。

 今の私にとって、ボスの存在は思っていた以上に大きいのだと気付かされた。


「ボス、元気でやっているかな。マスターたちに迷惑かけていなければいいんだけど……」


 ボスの心配をしたが、すぐにマスターと一美さんの心配に頭を切り替えた。

 私の知っているボスなら、環境が変わったことくらいで動じる筈がない。


「もしかして、美味しい御飯や、おやつを食べていたら……帰って来てからの御飯に文句を言うんじゃ……」


 私は一抹の不安を抱きながら、テレビを見ているとコマーシャルが終わり、番組は次のニュースへと変わっていた。

 明日のma couleurマ・クルールで飯尾さんと藍木さんの話題は、このニュースになるだろう


 その時、部屋中に音が響いた。私の体が一瞬だけ硬直する。

 音の正体は、入浴可能になったことを伝える音だった。

 普段は聞きなれている音だけど、一人だと恐怖心を煽る音にさえ聞こえるから不思議だ。


「ふぅ~」


 私は息を吐きだして、気合を入れるかのように立ち上がる。


「ボスも入る?」


 居ないはずのボスに話し掛ける。


「あっ……」


 すぐに気付くが、無意識にいつもの習慣が出ていた。

 ボスは入浴はしないが、風呂の蓋の上で私の入浴を見守っている。

 多分、温かいから季節的に良い場所なのだろう。

 湯船に浸かっていると普段気にならない汚れなどが目に入る。

 その汚れが不気味な形に見えるのは錯覚だと分かっていても、恐怖を拭い去ることは出来なかった。

 髪の毛を洗っている時でさえ背後に誰か立っているのではないかと、気が気でなかった。

 ここまで自分が小心者だったのかと、知らなかった自分の一面を知る。

 そのため、いつもよりも早く入浴を切り上げることになる。


 ・

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 環境には悪いと知りながらも、防犯の意味合いも含めてリビングの電気をつけたままにする。

 再び静寂な空間となったリビングを見渡してから、二階の自分の部屋へと移動をする。

 部屋に入ろうとする自分の部屋の前に立ち、ドアノブを握る。

 いつもとさほど変わらないはずなのに、今日はドアノブが一層冷たく感じた。

 何気なく対面にある姉の部屋のドアを見る。

 そして、姉の部屋のドアノブを無意識に握りドアを開けて、姉の部屋に入る。

 姉の部屋の電気をつけると、私は姉のベッドの横に座る。

 ここは姉が、いつも座っていたであろう場所だ。

 私が中学生になると、お互いの部屋を行き来することは、あまりなくなった。

 姉が私の部屋に来るので、姉の部屋に行く必要が無かったこともあるが、高校生の姉の部屋に気軽に入ることは駄目なような気がしていたからだ。

 今になっては、私の変なこだわりだったのだと反省する。

 事故の後、姉の部屋見た時に私の記憶と変わっていない部屋のままだった。

 本の種類が教科書から、参考書や専門書に変わったくらいだと思う。


 私は罪悪感を感じながら寂しさには勝てず、姉のベッドに寝転がる。


(お姉ちゃんの匂いだ)


 安心出来る匂いに包まれて私は夢路へと旅立った――。

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