016話

『……面倒だ』


 ボスはクロの捜索の文句を言う。


『文句言わないで協力してよ』

『協力しているだろう』


 ボスと二人で森上さんの自宅付近で、猫に聞き込み調査を行っている。

 猫のことは猫に聞くのが一番だ。


 ボスが猫が居そうな場所で、野良猫を呼んでくれる。

 しかし、この一帯は野良猫にとって暮らしにくいのか、なかなか野良猫に巡り合えなかった。

 ボスをリュックの中に入れて捜索は出来ないので、抱きかかえている。

 腕の筋肉がボスのおかげで、かなり鍛えられた。

 だが、私はマッチョになりたいわけではないので、ボスに感謝はしない。


「ちょっと、いいですか」


 声を掛けられたので、振り返ると警察官二人が立っていた。


「失礼ですが、ここで何をされていたのですか?」

「その……知人に頼まれて猫を探していました」

「たしかに、猫の鳴き真似をしていたけど……身分を証明出来るものをお持ちですか?」

「はい」


 私は運転免許証を警察官に渡すと、少し驚いた表情を浮かべる。

 もしかしたら学生証の提示を求められていたのかも知れない。

 外見的に高校生に間違えられたのだと気付く。

 受け取った運転免許証と私を交互に見て、本人だと確認できたようで運転免許証を返してもらった。


「そのリュックの中身も確認させて頂けますか?」

「はい」


 私はボスを地面に置く。


「リードとかはないんですか?」


 私が無造作にボスを地面に置いたので、警察官たちは驚いていた。


「あっ、大丈夫です。逃げないので、大丈夫です」


 ボスは我関せずといった感じで、後ろ足で体を搔いていた。

 私が平然と答えるので警察官は、自分たちが間違ているのか? と、お互いに顔を見合わせていた。

 しかし、私は自分でも常識外れのことを言っている自覚がある。

 猫が絶対に逃げない保証など、人間の自分には分かるはずがないからだ。


「どうぞ」


 私はリュックを警察官に差し出す。

 警察官の一人が受け取ると早速、中身を確認し始めた。

 二人でリュックを確認するようだ。

 入っているのはボスのおやつや、ビニール袋などだけだ。

 なにも怪しい物などは無い。

 リュックを調べている間にボスを再度、抱きかかえる。


『おい、あいつらは何をしているんだ?』

『怪しい物を持っていないかを確認しているの』

『怪しい物ってなんだ?』

『……』


 ボスに薬物と言ったところで分かるはずもない。

 又、質問されるのが分かっている。


『包丁とかナイフのような刃物のことかな』

『……家の中で使う物だな』


 ボスは納得してくれた。

 包丁は家や、バイト先で見慣れているし、ナイフも包丁の小さいのだ教えてことがあるので覚えていたのだろう。


「……大丈夫ですか?」


 リュックをのぞき込んでいた警察官と目が合う。

 心配そうな……いや、可哀そうな目で私を見ていた。

 目の前で猫と会話していたので、気が変になったとでも思ったのだろう。


「あっ……はい、大丈夫です」


 私は動じることなく、普通を装い警察官に応える。


「御協力有難う御座いました」


 もう一人の警察官が私にリュックを返却してくれた。


「この辺りは空き巣が多く、不審者の目撃情報も多いので、夜遅く一人で出歩くことは極力控えて下さいね」

「はい、ありがとうございます。気を付けます」

「それと飼い猫が第三者に危害を加えると、飼い主に罰則がありますので注意して下さい」

「はい、分かりました」


 その不審者に私も間違えられたのだが……警察官からしたら、別の意味で不審者だと思われているかも知れない。

 それにリードを着けていないボスのことも注意された……。

 それよりもショックだったことは、生まれて初めて職務質問を受けたことだ。

 なにも悪いことをしていないが、警察官の前だと犯罪でも犯した気分になるのは、どうしてだろう――。

 警察官はパトロールに戻っていったので、私もクロ捜索を再開する。


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 職務質問を受けてから三十分以上が経過した。


「しかし、見つからないな」


『おい、もう帰ろうぜ』


 ボスは疲れたようだ。


『そうね。今日はここまでにしようか』

『おう』


 クロ捜索一日目が終わる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――翌日。


「聞いたわよ、祐希ちゃん」


 朝の挨拶もそこそこに、異様にテンションの高い一美さんがいた。


「本気で猫探偵始めてみない」


 猫探偵でなく、家出猫専門探偵と言ったほうが正解だろう。


「もう一美さん。冗談はやめて下さいよ」

「私は本気よ。祐希ちゃんの才能を生かせないなんて、猫界の損失よ」

「そんな大袈裟ですって」


 別に猫を探すことが嫌なわけではない。

 むしろ、猫の言葉が分かるようになってから、猫のことを調べるようになった。

 言葉が通じる私の中で人間も猫も、同じ序列になってきている。

 家族として猫と一緒に暮らしている人たちにとっては、当たり前のことだろう。

 私は幼少期より、動物と過ごしたことが無い。

 家族が動物嫌いというわけではないが、動物を飼う機会が無かっただけだ。

 もしかしたら、私かお姉ちゃんが動物に興味を持っていたら、犬や猫などと暮らしていたかも知れない。


 猫について調べていく中で、猫を飼うまでにペットショップで購入する以外にもあることを知る。

 それが保護猫だった。

 恥ずかしい話だが、犬や猫のペットはペットショップで購入するか、知人に生まれた子を譲ってもらうや、拾ってくるくらいしか知らなかった。

 ブリーダーと言われる人たちがいることさえも知らなかった。

 私は保護猫についても調べてみた。

 考えたことも無かったが、たしかにペットショップで売れ残った犬や猫はどうなるのか。

 もちろん、ボスだけでも手一杯なので、これ以上増やすつもりはない。

 それに一人暮らしで日中に家を空ける私は、そもそも里親の募集条件に当てはまらないことを知る。

 庭というほど大きくはないが、ボスを慕う猫がたまに集まってくることがある。

 時間のある時は、私もその猫たちの井戸端会議に参加している。

 一応は客人……客猫なので、もてなす意味でおやつを提供する。

 おやつ目当ての子もいるのか、少しずつ集まってくる数は増えている。

 野良猫に御飯などを、むやみに与えるのは駄目だとも書いてるサイトもあった。

 だが定期的に御飯を上げる”餌やり”さんという存在もいることを知る。

 近所に迷惑を掛けられないので、簡易的な砂場を庭の一角に造った。

 用をたすときは必ず、砂場でするように言い聞かせているので、近所からのクレームは無い。

 部屋の中で、優雅に自分専用のトイレで用をたすボスに憧れている猫もいるようだが――。


 ボスがいなければ、ボスと話すことが出来なければ、私はあの家で一人ぼっちだった。

 ボスには言えないがボスのおかげで落ち込む時間もないし、私の話し相手になってくれていることには、とても感謝している。

 まぁ、気付いたのはつい先日だったのだが……。


 もちろん、この猫と話せる能力も、いつまであるのかも分からない……。

 厄介だと思っていた能力だったが、今の私には必要不可欠な能力なっている。


「祐希ちゃん。私は本気だからね。その証拠に、私たちも猫を飼うことにしたのよ」

「えっ!」


 私は驚きマスターの方を見ると、マスターは笑っていた。


「今度の日曜日を午後休みにしたのは、保護猫の譲渡会があるからなのよ」

「保護猫ですか……」


 保護猫は元野良猫になる。

 野良猫であれば、私の家に集まってくる猫もいるが、大きな猫ばかりだ。

 大きな猫は人間に慣れ難いと、調べたサイトに載っていた気がする。

 ボスの仲間たちも今更、人間と一緒に暮らすことなど考えていないかも知れない。


「あの……妊婦の場合、里親になるのは難しいかも知れませんよ」

「そうなの?」


 団体によっては、妊婦や小さな子供がいる家庭をNGにしている場合もある。

 理由は私にも分からないが、子供が生まれて環境が変わったり、小さな子供による過剰な接し方が猫にはストレスになるのかもしれないと推測している。

 私は一美さんが当日、ショックを受けないようにと、情報だけを伝えた。

 近年の猫ブームで、猫を飼う人が増えていることは知っている。

 統計学から言えば、私もその一人にカウントされる。

 保護猫を里親に託すので、保護猫団体も猫の幸せを考えてのことだと思う。

 だから、保護猫団体が悪いとは思っていない。

 そういった団体の考えは理解できるし、むしろきちんと人間と猫にとっても良いことだと思っている。


「そうなんだ……」


 一美さんは、肩を落としていた。


「いえ、妊婦さんが駄目と決まったわけではないですし、譲渡会に行ってみるのは、いいと思いますよ」

「そうね」


 マスターと一美さんであれば、愛情をもって育てれくれるのは間違いない。

 しかし、猫の気持ちもあるから難しい。

 気に入った猫をトライアルまでしてもらえるように、少しだけど期待をする。


「もしかして、ボスを預かる前から猫を飼う気でしたか?」


 私はマスターと一美さんに質問をする。


「うん。ボス見ていたら、猫がいるのも悪く無いかなって思ってね」


 笑いながら視線を合わせるマスターと一美さん。


「そうなんですね。いい子に巡り合えるといいですね」

「そこで相談なんだけど、その……祐希ちゃんも一緒に来ない?」

「えっ‼」


 私が一緒に行く理由など……思い当たる。

 一美さんは私が猫と話を出来ることを信じてくれている。

 通訳としての同行なのだろう。

 そもそも、里親希望でない人が行っていい場所なのだろうか?


「心配いらないよ」


 私の考えを読んだかのように、マスターがスマホの画面を見せてくれた。

 譲渡会の場所は猫カフェだった。

 猫カフェに、シェルター保護した猫たちがいる場所が併設されている建物らしい。

 予約制というわけでなく、何匹かを見て回るスタイルらしい。

 入場料という名の寄付金を払えば、だれでも猫カフェに入ることが出来る。

 当日は猫カフェは休業なので、譲渡会を目的とした人しか訪れない。


「分かりました」


 普段、お世話になっている二人なので、少しでも恩返しが出来ればと思い、同行することにした。


「ありがとう、祐希ちゃん」


 笑顔の一美さんとマスターだった。


「猫探偵の話は諦めないからね」


 話が逸れたので、もう話題にならないと思っていたが駄目だった。

 一美さんのなかでは、私の猫探偵の話はつづくようだ――。

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