047話

 ウメ、ヤマ、タマの三匹が久保田家の家族になって一月が経った。

 この間、ma couleurマ・クルールは猫同伴可能な店とした。

 これは一美さんの案だ。

 犬と違って、猫を連れて外出させることは無い。

 猫を散歩する人もいるので、そういった店でも良いのではないかということだった。

 ただ、ma couleurマ・クルールにはボスもいるため、そのことを知ったうえでの来店となる。

 以前からma couleurマ・クルールのホームページを作ろうと話していた。

 美緒ちゃんが大学の友人に世間話程度に話をしたところ、是非勉強がてら製作させて欲しいとのことだったので、勉強がてら作成させて欲しいとのことなので、正式に依頼をすることにした。

 看板猫のボスを前面に出すホームページは、思っていた以上の出来にマスターたちも満足していた。

 猫はキャリーの中か、ハーネスやリードを着けていれば一緒に食事もできる。

 食事もできると言ったのは、マスターが猫用の食事の研究も初めて、今では休日になるとオレオとノワールに手作りご飯をあげている。

 時間のある時は、私も試食などに立ち会う。

 と言っても、食べるのはボスも含めて三匹の猫だ。

 私は感想を聞いて、マスターに伝えるだけだ。

 離乳食に似ていることもあり思い付いたそうだが、話を聞いた私はマスターの探求心に驚かされた。

 そして、マスターの猫用の食事に加えて、数量限定のデザートなどもある。

 テイクアウトもあるため、帰りに買って行かれるお客さんもある。

 思った以上に好評のようだ。

 私も猫に話し掛けて感想を聞いたりしているので、いろいろと改善している。

 猫用の食事などを私も手伝って作ることもある。

 思った以上に楽しいことに気付く。

 家でもボスに作ってあげるが、毎回文句を言いながらも完食してくれる。

 

 商店街もシャッターが閉じている店が多いため、日に日に活気がなくなっていくのを実感していた。

 多分、ma couleurマ・クルールの売り上げは上がっていること自体、商店街では異例なことだと思う。

 そう考えると、前市長の犯した罪は大きい。


「いらっしゃいませ」


 振り返ると、美緒ちゃんの母親と史緒里さんが立っていた。

 たまにma couleurマ・クルールに美緒ちゃんの母親が三匹連れて来店してくれる。

 二人の来店に美緒ちゃんも気付く。

 ma couleurマ・クルールでは、マスターの娘自慢と、美緒ちゃんの猫自慢が毎日の日課になっていた。

 猫対決になると、マスターも猫自慢へと移行してお互いに譲らない。

 注文はいつもと変わらず、珈琲二つ。

 追加でマスター特性の猫用おやつを四つ。

 ウメ、ヤマ、タマの三匹に、店のマスコットであるボスの分で計四つだ。

 ボスも分かっているのか、気付くとテーブル付近にいた。


『ちゃっかりしているわね』

『こいつらの教育料だ』


 当たり前だとばかりにボスは言い切る。

 私は二人にお礼を言い、注文をマスターに通す。

 先に珈琲が出来ると思いながら、私は厨房の近くで待機する。

 美緒ちゃんは母親と史緒里さんのテーブルで、猫たちと戯れている。

 くだらない話で盛り上がっていた常連客の飯尾さんや藍木さんたちも、猫と戯れる美緒ちゃんたちの微笑ましい光景を優しい表情で見ていた。


「祐希ちゃん。お待たせ」


 出来上がった珈琲と、その横に見慣れない物が置かれていた。


「マスターこれって?」

「試作品のケーキなんだけど、オレオとノワールも食べてはくれるんだけど、完食まではいかないから、なにが悪いのか知りたいんだよね」


 私が居ないとオレオとノワールの意見が聞けないので、マスター的には丁度良い機会なのだろう。


「分かりました。感想聞いておきますね」


 オレオとノワールにあげたものよりも小さめのサイズを三つを、珈琲と一緒に運ぶ。


「あれ? これは頼んでいませんが」


 不思議そうな顔で私を見る美緒ちゃんの母親に、私は説明をする。


「はい。マスターの試作品ですが、食べて感想を聞いて欲しいと言われたので、協力頂ければと思いまして」

「そういうことなら、喜んで協力させて頂くわ」


 ボスも食べようと近寄って来た。


『ボスの分は無いわよ』

『なんでだ?』

『あとで、マスターがくれると思うわよ』

『本当か?』

『本当よ』


 私が嘘を言っているのを見抜いたのか疑っていた。

 だが、優しいマスターがボスだけ試作品を食べさせないとは思わないので、私は毅然とした態度で答えた。

 食べ終わった三匹から話を聞く。

 それぞれ食の好みも違うのか、口々に意見を出す。

 ただ共通していたのは、もう少し小さいくらいがちょうどいいことだった。

 さきほど、マスターがオレオとノワールが完食しないと言っていたが、これよりも大きいものを与えていたのであれば、完食できないのも無理ないと思った。


『このあと、御飯来るけど食べられる?』


 私はウメ、ヤマ、タマの三匹に尋ねる。

 三匹とも『大丈夫』と即答する。

 世間話として環境について聞いてみたが、三匹とも満足しているようだった。

 ただ、父親には若干の苦手意識があるのか警戒をしているようだった。

 家族で唯一の男性ということも影響しているのかも知れない。

 少しだけ父親に同情する。


 ――翌日。

 開店と同時に入店したのは麻衣ちゃんだった。

 店内にはマスターと一緒に一美さんに娘の奈々ちゃんもいる。

 ボスの横には、オレオとノワールもいる。

 それからも、常連客が次々と入店して来る。

 挨拶のようにボスの頭を撫でると、隣にいるオレオとノワールも撫でてくれよとばかりに、頭を出す。


「分かっているって」


 笑顔でオレオとノワールの頭を両手で撫でる。

 奥で奈々ちゃんの世話をする姿も見慣れた風景だ。

 店を大きくしたが、ほとんどのお客さんが常連客は有難いことに、今でも通って来てくれる。

 私も変わりない日常を送っている。

 ボスの我儘も、以前に比べて多くなった……気がする。


 猫と会話が出来る能力が、いつ無くなるか分からない。

 自分が必要とされるのは、この能力があるからだと知っている。

 私が存在する意味を見つけるまで、もう少し時間がかかるかも知れない。

 ただ、両親やお姉ちゃんに恥ずかしく無いような生き方をしようと思う。

 心配なのは、ボスの我儘を聞いてあげられないかも知れないので、ボスにストレスが溜まって、今以上に肥満になったらどうしようかと思うことくらいだ。


 私に奇譚な生活は、これからも続くだろう。

 


 

 

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Purrfectなボスと、変質メイドの異聞奇譚⁉ 地蔵 @jizou_0204

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