008話
マスターから原付バイクを譲ってもらえることになった。
一美さんは
私はマスターの納得する金額で譲って貰うことにした。
一応、七万円で譲ってもらうことになった。
しかも、一万円の七回払いかという格安条件で譲ってもらった。
書類手続きや、必要な金額はマスターが支払ってくれた。
任意保険の手続きは私のほうでしか出来ないので、マスターに言われた通り保険に加入をした。
マスターから陸運局への手続きを終えたと昨日、連絡を貰った。
今日、お店に持ってきてくれるそうだ。
いつもより一時間ほど早く出て、マスターたちと合流する約束だった。
購入する前にマスターから「バイク見なくても大丈夫?」と聞かれたが、乗れれば問題無いので興味がなかった。
その後も「古いよ」「僕の趣味で改造しているよ」などと、いろいろ注意してくれたが、原付バイクであれば大差は無いと思っている。
距離も二千キロ乗っていないと言われたが、それが良いのか悪いのかさえ、私には判断できない。
私がマスターから原付バイク譲ってもらうことを知った麻衣ちゃんは、物凄い勢いで反対をした。
私を大事に思ってくれる麻衣ちゃんの気持ちも理解出来る。
結局、最後は私の意思を尊重してくれることで納得してくれた。
ただ、安全運転を約束させられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……えっ!」
マスターが持って来た原付バイクを見た私の第一声だった。
私の想像している原付バイクとは違う。
両膝を揃えて乗るのをイメージしていたが、小さな玩具のようで跨って乗るスタイルになっている。
「これ……って、」
「うん、今日から祐希ちゃんのバイクだよ」
「原付バイクですよね?」
「もちろん、五十CCだよ。ホンダのモンキーっていうバイクだよ」
マスターの説明によると、私が想像しているのは”スクーター”と呼ばれるバイクの種類だった。
今思えば、マスターの言葉をしっかりと聞いておけば良かったと思う。
このモンキーは現在販売されていないそうで、中古でも新車価格よりも高くなっている物もあるそうだ。
新車が手に入らないため希少なバイクなので、盗難にだけは注意するようにと何度も言われる。
他にもいろいろと説明を受けたが、知識のない私にはチンプンカンプンだ。
しかし、新車より高いと言われるバイクを七万円で譲ってもらっていいのかの方が、私には気になっていた。
「だから、祐希ちゃんには似合うって言ったでしょ」
一美さんがはバイクを運んだ車から降りてきた。
「祐希ちゃんが乗れるように、カスタマイズし直したし、お洒落だと思うよ」
マスターは嬉しそうに笑う。
……カスタマイズし直した?
私に譲ってくれる原付バイクに、手放す原付バイクにお金を掛けて改造したということなのだろう?
赤色をベースにしているが、たしかにマスターが乗るには似合わない。
というよりも、このモンキーにマスターが乗る姿を想像すると、サーカスのクマが小さな自転車に乗る姿と重なり、笑いそうになった。
「まぁ、自分が手塩にかけて改造したバイクを知らない人に乗られるよりも、よく知っている人に乗ってもらった方が安心するわよね」
「うん。手間暇かけた分、愛情も増すからね」
バイクの話をするマスターは本当に嬉しそうだった。
マスターのバイク好きは知っていたが、こんなにバイク好きだとは知らなかった。
「ハンドルの間隔って、こんなに狭いのですか?」
「あぁ、そうか!」
マスターは笑いながら、ハンドルを触りながら何かをしている。
すると、ハンドルが開いて自転車と同じような感じになった。
「モンキーのハンドルは折りたためるんだよ」
ハンドルが折りたためる?
私にはハンドルを折りたたむメリットが分からなかったが、自動車で運搬したりするときに重宝するらしい。
マスターのモンキーへの愛情は熱かった。
かなりの熱弁で「大人のプラモデルだ!」と語る。
「これで少しは、趣味の時間を家庭へ使ってくれるわね」
嫌みっぽく一美さんに言われたマスターは苦笑いをする。
「まぁ、モンキーに付いていた部品やらも処分してくれたから、部屋も広くなるし、私的には良いこと尽くしね」
マスターは反論さえしないので、自分でも自覚があったようだ。
「そんなに大事なバイクを譲ってもらって、本当にいいんですか?」
マスターが原付バイクのことを”バイク”と言うので、私も”バイク”と言うことにする。
「まぁ、心残りはあるけど、どこかで区切りを付けないといけないしね」
モンキーを撫でながら話すマスターは、どことなく寂しそうだった。
「まぁ、モンキーは祐希ちゃんが乗ってくれるんだから、良かったんじゃない?」
「うん、そうだね」
前に聞いたとき、バイクの売却は一美さんでなく、マスター自身から提案したそうだ。
父親になる覚悟だと言っていたらしい。
日が立つにつれて、寂しそうなマスターに一美さんは売却の話を白紙にすることも話したそうだが、マスターの意思は固かったそうだ。
「祐希ちゃんが貰ってくれるって聞いてから、この人はモンキーを弄ってばかりだったしね」
「一美さん、それは内緒だよ」
マスターは照れくさそうに笑う。
「なにか変なところがあれば、遠慮なく言ってね。僕のお世話になっているバイク屋で、国道沿いにある”
「ありがとうございます」
国道は通ったことはあるが、マスターの言った店は見聞きしたことが無かった。
バイクに、これだけ愛情を注げるマスターだから、生まれてくる子供にも優しい父親に成れるのだろうと、話を聞きながら思う。
「それと、たまには乗せて貰ってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
一美さんの視線を気にしながら、マスターが私に小声で話すが、一美さんの耳にも届いていたのだと思う。
しかし、一美さんは少し笑うだけでマスターを怒ったりはしなかった。
「あっ!」
マスターは思い出したように車の後部座席を開ける。
「これは僕たちからのプレゼント」
マスターからヘルメットを貰う。
「ヘルメットも高いし、プレゼントするよ」
「えっ、でも――」
「僕からの気持ちだよ。だから、大事に乗ってね」
原付バイクに乗るに辺り、ヘルメットの購入が必須なことは知っていた。
当然、ある程度の値段も知っている。
「これは私からね」
一美さんからリュックらしきものを手渡される。
「ボス用のリュックよ」
背負えるリュックキャリーのようだ。
私が普通のリュックにボスを入れて移動しているので、気を使ってくれたのかも知れない。
「ボスは気に入ってくれるかな?」
心配そうな一美さんを安心させるために、ボスを店の中から抱えて連れ出す。
『なんだ?』
『これ、一美さんがボスにって、くれたの。入ってくれる?』
ボスは一美さんを見上げると、そのままリュックの中へと入っていった。
『……まぁまぁだな』
『こっちの方が広いし、ボスの体でも少し余裕があるね』
『ふん。仕方ないから、これからはこっちを使えよ』
『はいはい』
ボスは文句を言いながらも、気に入っている様子だった。
「祐希ちゃん、モンキーに跨ってみて」
「はい」
私はマスターに貰ってヘルメットを被り、モンキーに跨る。
身長の低い私は当然だが、普通の人よりも少し足が短い。
信号待ちの時などに足が地面に着くか少し不安はあったが、モンキーは私の心配が嘘のように、しっかりと地面に足が付いた。
でも、自分が自分じゃない感じがする。
「祐希ちゃん、可愛いわよ」
一美さんはスマホで私の写真を撮りまくっていた。
商店街にいた人たちも、何事かとチラチラとこちらを見ていた。
その後も、マスターからエンジンの掛け方や給油方法、モンキー特有の曲がるときの注意点などを教えてもらう。
エンジンを掛けて、店の前を少しだけ走ろうとする。
しかし、ギアチェンジが上手くいかなかった。
本当に、このモンキーを乗りこなせるのか不安になっていた。
「慣れれば簡単だから」
マスターは簡単に言ってくれる。
何度か店の前を往復すると、なんとなくコツが分かってきた。
しかし、そろそろ開店の準備をしないといけないので、練習はここまでだった。
モンキーの盗難を防ぐため、マスターは店の中にモンキー置き場を作ってくれた。
そのせいでボスのお気に入りの場所が無くなってしまったので、ボスは私に事情を説明するように要求するので、私が渋々説明をすると文句を言っていた。
モンキーにお気に入りの場所を取られたと、敵対心を燃やしていた。
猫と猿(モンキー)も相性が悪いのかと、勝手な想像をしてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れさまでした」
私はバイト終えて、帰宅の準備をする。
「あっ、祐希ちゃん。これ、僕が使っていたのだけど、良かったら使って」
マスターは盗難防止用のチェーンロックをくれた。
受け取ろうとすると、思っていた以上の重さに落としそうになる。
「ありがとうございます」
私はマスターに礼を言って、モンキーを手で押しながら店の外に出る。
一美さんは昼過ぎには帰っているので、既に店にはいない。
店の前でエンジンを掛けて出発しようとする。
案の定、簡単に出発が出来るわけなく失敗する。
背中のリュックでボスが文句を言っているが、聞き流しながらモンキーに集中をする。
すぐに朝の練習をした時のコツを思い出して、出発することが出来た。
走り出してすぐに、気持ちい感触に包まれる。
よく「風を感じる」とバイクに乗っている人たちが言っているが、その意味が理解できた。
もちろん、速度は雲泥の差だが――。
私は原付バイクに乗るということで、いろいろと情報収集をするためスマホで調べた。
……二段階右折。
聞いたこともあるような無いような言葉が出てきた。
もちろん、講習の時には聞いていたのだろうが記憶にない。
五十CC以下の原付バイクでは、二段階右折をしなければならない。
この二段階右折というのが、思っていた以上に複雑だった。
原付バイクを事故から守る法律のようだが、かなり難しい。
果たして実践できるのか……走りながら、その時が来ないように願っていた。
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