第13話

「え?」


 自分が見たものが、あゆむには信じられなかった。


 しかし目の前に千代の姿はなく、買ったばかりの服たちが無残に残されているだけだった。


「野山さん!」


 あゆむは荷物もそのままに、車を追った。


 黒いワンボックスカーには、あゆむが見ただけで三人の男が乗っていた。

 その男たちの卑劣な手に、千代の体は掴まれ、引きずられ、連れていかれた。

 悔しくて吐きそうになりながら、あゆむは走った。


 すでに車は見えなくなっていたが、それでも車が向かった方向へ走り続けた。

 街から外れ、いつの間にかネオンや喧噪も消え、不気味な静けさがあゆむを包んでいた。


「野山を攫ったって、どういうことですか!」


 無我夢中で走っていると聞き覚えのある怒号が聞こえた。


 見ると人気のない工事現場の前で、牙を剝き出しにして電話をする信一と、険しい顔の忠と義雄の姿があった。


「だからよぉ、お前たちのためなんだって」


 電話は他の二人にも聞こえるようスピーカーになっていて、内容はあゆむにも聞くことができた。


 あゆむは物陰に隠れ、会話の内容に耳をすました。


「昨日、いい女を見つけたんだよ。うさ耳のな。もともと攫うつもりだったけど、お前たちの高校の制服着てたし、金取られたっていうゴリラといっしょにいたからよ。金は用意できなかったけど、代わりに金ぶんどったクソゴリラの女やりますんでってことにすりゃあ、あの人も許してくれるさ。計画はお前ら、実行は俺様ってことで伝えとくからよ」

「待ってください、俺たちはそんな」

「じゃ、切るぞ。この女めっちゃ暴れるから、縛るの大変だわ。あの人が終わったら、俺様たちも楽しむからよ。お前らも、同級生相手とかそそるだろ? 女のスマホも確保してるから、あとの脅しも完璧だからよ。じゃ、はやく来いよ」


 電話は切られ、辺りに静寂が漂った。


「クソがぁ!」


 信一が叫び、金網を殴った。


「どうする、信一」

「助けにいく。野山は関係ねぇ」


 信一は即答した。


「だよな、オレも」

「お前らは来るな」


 歩き始めた二人を、信一は怖い顔で止めた。


「あぁ? お前一人で行くってのか?」

「それはさすがに無茶でしょ」

「もとはといえば、俺の妹があの人の車に傷つけて、修理費払えって言われたことが始まりだ。お前らにはここまで手伝ってもらったけど、もうこれ以上他の奴らを巻きこみたくねぇ!」

「っざけんな!」


 吠える信一を、義雄が怒りを乗せて殴った。


「野山はともかく、オレらは無関係じゃねぇだろ! なんのために今までやってきたと思ってんだ! あのクソ野郎が、金が払えないなら体で払えとか言い出すから、それをさせねぇためだろうが!」

「幼馴染のおれたちにとっても、妹みたいなもんだからさ。そんなの許せないって話だったじゃん。だれも犠牲にせず、おれたちで解決しようって今までがんばってきたんじゃないの。ここでさよならとか、友達やめちゃうよ?」


 三人の会話を、あゆむは息を殺して聞いていた。


 信一たちが、千代を攫った奴らと関わりがあることは間違いない。会話を聞いていれば、千代がどこに連れていかれたのか、わかるかもしれないと思っていた。必要ならば、また殴ってでも聞き出すつもりだった。


 しかし、あゆむの胸中は信一たちへの罪悪感に満ちていた。


「……すまん、お前ら。最後まで付き合ってくれ」

「おうよ!」

「もちろん。あーでも、おれたちってなんでこんな風になるんだろうね」


 忠が空を見上げながら、どこか悔しそうに呟いた。


「なにがだ?」

「ほら、なんでも裏目に出るっていうか。中学のとき、リンチしてる高校生止めたのに、おれたちが暴れたみたいな噂になるし。入学したてのときも、女の子襲ってるクズの三年ボコったら、同級生に怖がられるし」

「あー、そんなんあったな」


 義雄が他人事のように笑った。


「そうだな……そのせいでだれも俺たちの話なんて聞いてくれなくて、金も貨してくれなかった。でも、早乙女だけは、貸してくれたんだ」


 あゆむは、初めて信一たちにお金を差し出したときのことを思い出した。


 三人は頼みがあると言って、出せるだけでいいとあゆむに言った。


 最初は、あゆむも困ってるならと思い、手持ちのお金を善意で差し出した。


 その後、自分は騙されたんだと思っていたが、思い返せば三人はずっと「貸してくれ」と言っていた。


「全部払ったら、ちょっとずつ返すつもりだったんだけどな」

「オレらは返すって言ってたのによ、あのゴリラ殴ってきやがって!」

「いやぁ、おれは義雄の言い方が悪かったと思うよ。あれはカツアゲと勘違いされても仕方ない」

「オレのせいかよ!」


 これから待ち受ける危険を、三人はよくわかっているはずだった。

 なのに、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「全部終わったら、早乙女にも謝んねぇとな」

「だね。じゃあ、行こう。二丁目の廃倉庫。こっからなら、急げば間に合うよ」

「おう!」


 三人は、それぞれの尻尾を揺らして走り出した。

 

 一方、三人に見つからないところに、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたゴリラがいた。

 

 自分の愚かさを罵り、悔しさと悲しさで涙を流した。

 

 信一たちのあとを、あゆむは泣いたまま追った。


 自分も言いたいことがある。


 自分もやるべきことがある。


 涙の奥には曇りのない光が宿っていた。

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